第一章 死体漁りのやり方
第1話 表と裏
機械と魔法が失われ、城壁と炎に守られた王国バッリスタ。城下町は円形になっており、レンガ造りの町並みは美しく、少し大通りに出ればマーケットが広がり、様々な冒険者が行き交う活気づいた国だ。
富裕層が円形の中心に集められ、王城はさらにその中央にそびえ立つため、門側に近い貧困層からはまるで塔のようにしか見えない。
そんな太陽にすらも見放されたスラムを歩いていたアルマーニは、癖の強い短髪の黒髪を揺らして、重い荷物を背にさらに細い路地に踏み込んでいた。
「よおアルマーニ、今から一杯どうだ?」
家もなくただ酒を飲むだけの老人に両手を合わせ「すまねぇ」と、軽く断りを入れると、アルマーニは路地を進んでいく。
タダ酒を断ってまでアルマーニがたどり着いたのは、恋人が待つカフェでも、頑固親父がいる鍛冶屋でもなく、暗い外装をした魔法書店だった。
中に入るとこれまた暗い内装で、ぼんやりと蝋燭の明かりで照らされた巻物や本が、紅い布を敷いた台に置かれている。
紙に囲まれたその奥には、店内に似合わない真っ白なスーツを着こなした青髪の青年が、椅子に座り本を読んでいた。
「ようワイス、元気そうだな」
ワイスと呼ばれた顔立ちの良い青年は、顔を上げてアルマーニの顔を見ると、あからさまに嫌そうな表情に変えて溜め息を吐いた。
「やあアル、君は相変わらず臭いね。せめて風呂に入って血を洗い流してから来てくれないかい?」
「悪いが俺はお前と違ってただのおっさんなんでな。加齢臭とでも思って我慢しろって」
「無理言うな」
直球なワイスに対してアルマーニは笑って誤魔化すと、カウンターの上に血で濡れた皮鎧を下ろす。
ワイスは鼻と口元を押さえて、怪訝そうにアルマーニを見上げる。
「まぁいいや。長い付き合いだろ? とにかくこれを買い取ってくれ! 銅貨一枚でいい!」
「君は一体死体漁りを始めて何年になるんだい?」
「あーそろそろ五年だな」
「なら分かるだろう。皮は血が染みると使い物にならないんだ。金具が再利用出来るとして、5ペリが最高だね」
5ペリ。これで何が買えるものか。
銅貨一枚で100ペリ、銀貨一枚で1000ペリ。
金貨一枚で10000ペリとなるのだが、一桁となれば紙幣だ。紙幣などそこら辺を風で舞う紙と変わりない。
つまり、最低の価値。
価値があるだけマシなものか。
こんな金具にだって再利用の価値はあるということ。
分かりやすくアルマーニは肩を落とした。分かってはいたことだが、現実は厳しい。
「これじゃあパンの一切れも買えねぇよ……」
パンの端切れでも最低10ペリするものだ。
紙幣だけで買えるものなど、それこそベルトの金具くらいか。
「パンもいいが、アル。そろそろボスが借金の集金に来る日じゃないか?」
「ヤベェ忘れてた」
血濡れの皮鎧を布袋で覆い被せ、ペラペラの紙幣を五枚数えてアルマーニに手渡す。
集金という言葉を聞いて顔を青くするアルマーニは、お金はしっかり受け取って金貨袋の中身と睨めっこを始める。
どう数えても全財産500ペリ程しかなかった。
暫く眺めていたワイスは深い溜め息を吐くと、布袋を被せた皮鎧を足元に置き、懐から一枚の紙を取り出すと、それをアルマーニの目の前に置いた。
「本当に君は昔からそうだね。そんな君にいい情報だ」
目を見開いて金と睨めっこしていたアルマーニはその紙に視線を落とすと「なんだこりゃ」と、声に出して文字を追っていった。
ワイスが出した紙は、表の冒険者用の依頼書であった。
バッリスタは常に魔物に囲まれているため、魔物討伐や未開地の地図作成などを依頼として貼りだし、冒険者に達成してもらうことで金品を報酬として対価を支払い、王国側の協会と冒険者が成り立つように出来ている。
ただし表協会は入会金と最低限な装備が必要であり、それを達成すれば晴れて冒険者として証明するための腕輪を与えられ、王国の外に出歩くことが出来るのだ。
対してアルマーニは裏協会に属しており、表沙汰には出来ない依頼や、暗殺、略奪などを受けることで生活している。
表協会と違い、誰でも依頼を受けることが出来る裏協会は、ある種犯罪者の巣窟となっている点は大きい。
アルマーニの場合、死体から金品を巻き上げて生活しているため、特に表協会の依頼書など受けることはないのだが……今回は違った。
「王国が冒険者を集めて廃神殿の攻略に向かうらしいよ」
「はぁー廃神殿かねぇ。何人くらいで行くんだ?」
「募集人数は百人程。出来高制で最高報酬は金貨五枚と魔法書が貰える」
ワイスが発した報酬額に、依頼書を片手に震えだすアルマーニ。
「……俺にまともな仕事をしろってのがなぁ」
「別にまともじゃなくてもいいんじゃないかい? 僕は君の“仕事”がやりやすいと思って見せたまでさ」
ワイスは小さく息をついて魔法書の続きを読む。アルマーニは震えながら悩んでいたが、ワイスの深意を理解したのか、依頼書をカウンターの上に置いた。
廃神殿は元々魔法が盛んであったが、大陸が一度滅ぼされてからは、大量の魔法と宝石が埋められてしまったと噂されている。
盗賊や魔物の侵入を防ぐため張られた結界や罠が多く、王国の許可が無ければ入ることさえ出来ない。
この一大イベントは是が非でも参加したい者が多いだろう。百名程が集まるとなれば、それだけ死者もでるということ。
「……参加するのはタダか?」
「ああタダだね。だが、上級冒険者から上の者でしか参加は認められていない」
「んだよ、じゃあ元から俺は無理じゃねぇか」
結局ぬか喜びかよ、と落胆するアルマーニ。するとワイスは小さく笑い、カウンターの引き出しを開けてあるものを取り出した。
カウンターに置かれたのは、アメジストという宝石が埋め込まれた腕輪だった。
「冒険者制度は穴だらけだからね。偽物の腕輪なんていくらでも作れる」
「お~さすが、裏協会は怖いねぇ」
得意気に話すワイスに、アルマーニは悪い笑みで返し、腕輪を装備した。
アメジストは上級冒険者の証明であり、エメラルドが中級者、ルビーが初心者、無色の原石は駆け出しという意味があり、見ただけでその者の実力が分かる。
昇級試験は一人で受けるため、必ず不正は出来ないというのだが、腕輪自体が本人と照合する方法が開発されていないために、表協会でも悪人は多いという。
「それさえあれば依頼を受けて、表協会の正門を通れる。その代わり──」
「分かってるって。魔法関連のお宝が欲しいんだろ? 見付けたら真っ先に持ってきてやるよ」
「ああ、いつも通りお願いするよ相棒」
「ホントこういう時だけだよなぁ、まぁいいや」
ワイスが差し出してきた拳を、アルマーニは一瞬迷い、汚れた手袋を外し苦笑いをして拳を当てた。
「ご武運を。死体漁りの相棒」
「そういうところが嫌味なんだよテメェは」
キラキラした笑顔のワイスにげんなりして、アルマーニは吐き捨てるように言って踵を返す。
店の扉を閉めるまで未だ笑顔で手を振っていた。なんとも腹が立つが、ワイスがいなければここまで生きていないと思うと、素直に感謝の言葉が浮かんでくる。
その感謝を伝えることはないのだが。
「んーこの格好じゃさすがに無理か」
表協会の依頼。しかも王国から直々の依頼だとそれ相応の身嗜みが必要となるだろう。
特に上級装備の一つや二つなければ、他の冒険者に舐められて終わりだ。相手にされなければ有り難いが、下手にちょっかい出されると目立ってしまう。それだけは避けたい。
だが、アルマーニに上級装備を買う金はない。現時点では初心者装備ですら揃えられないだろう。
「──まぁいいや。なんとかなるだろ」
楽観的なアルマーニは口笛を吹きながら、表協会がある地区へと歩き出そうとして、はたと気付いた。
「……せめて風呂くらいは入るか」
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