死体漁りのアルマーニ

ハマグリ士郎

プロローグ

プロローグ



「待て! 待ってくれ!」


 湿った土壁を背にして男が叫んだ。

 たいまつが無ければろくに目の前も見えない洞窟の中では、男の命乞いはよく響き、またゴブリンの声もよく聞こえる。


 男は戦士のようであった。

 血で濡れた片手剣。上等な皮鎧。だが盾はなく、一番重要である兜も被ってはいない。そのせいで、ゴブリンに殴られたであろう額からは血が流れ、左目を潰されていた。



「くそ! 来るな! 誰か、誰かいないのか!!」



 男は幾度となく叫び続ける。

 そんな男をあざ笑うように、ゴブリンは仲間を呼んでヘラヘラ笑って指を差していた。

 

 ゴブリンは馬鹿だが、その見た目の醜悪さは一、二を争うものだ。パーツが全てバラついた不細工な顔は、人間のそれとは違う。牛か豚か、形容し難い顔つきだ。緑とも青ともいえぬ色の身体は、腹だけが異様に膨らみ、その中身は想像よりも酷いものか。


 そんな気持ちの悪いゴブリンが男に対してよだれを垂らし、舌舐めずりをしてにじり寄っていく。久し振りの“食事”なのだろう。



「……時間掛かるな。黙って死ねば早ぇのによ」



 暗視ゴーグル越しに壁の死角から様子を見ていた中年は小声で悪態を吐き、男の最期を待っていた。


 助けることはしない。理由は簡単だ。

 これが彼の“仕事”だからである。



「ギャッ、ギャッ!」



 ゴブリン二匹は棍棒を構えると、寄ってたかって足を殴っていく。

 男が振り回す片手剣は空を裂き、その大きな隙を突いたゴブリンは棍棒で男の頭を殴りつけた。

 


「あ゛ぁぁぁっが……!?」



 ばき。どしゃ。ぐしゃり。

 様々な音を立てて男は絶命した。

 ゴブリンは浴びた返り血を舌で舐めると、仲間と喜びを分かち合い踊り始める。


 魔物にも人と同じ感情があるのかと思うと、面白いと思う反面、反吐が出るというものだ。



「ギャギャ」


「ギャッ!」



 ゴブリンはひとしきり踊り終えると、今度は男が所持していた片手剣を拾い、身に着けていた皮鎧を剥ぎ取り始める。



「悪いなぁ。こっからは俺の“仕事”だ」



 ゴブリンが皮鎧を剥ぎ取り終えた瞬間、笑顔のまま頭から股先まで真っ二つに裂かれ、何が起きたかも分からないまま絶命した。


 足元は大量の血で溜まり、中年の男は親指で頬に飛び散ってきた返り血を拭った。

 

 ようやくそこでもう一匹のゴブリンが異変に気付き、「ギャ?」と小さく鳴いて首を傾げる。

 まず下を見て仲間の死体を確認すると、そのまま上へと視線を向け、仲間を殺した新たな冒険者を目視した。



「俺はゴブリンやスライムなんて魔物に用はねぇのよ。ちょーっと分け前が欲しいなーなんて。なぁ?」



 中年冒険者は、冒険者と呼べるような格好ではなかった。布鎧に暗視ゴーグル、愉快な笑みを浮かべる中年の手には、片手斧が握られていた。

 いくら馬鹿なゴブリンでも分かる。仲間を殺したのは奴なのだと。だがそれを知れたところで、勝ち目はなかった。



「ギャァァァッ! ……アアアッ!?」



 ゴブリンは中年冒険者に棍棒を振り下ろそうと。その動きだけで、中年冒険者は肩を竦めて溜め息をつき、軽く斧を振り下ろしたのだ。

 たった一匹で挑んできたゴブリンは呆気なく頭をかち割られ、地面に落とされた。気持ちの悪い液体をぶち撒け、独特の異臭を放つ血が流れていく。


 戦闘は一時的に終了。


 中年冒険者は斧に付着した液体に触れようとしたが、止めた。何よりも汚い。その場で捨てることを選択し、代わりにゴブリンが手に取っていた片手剣を頂く。

 

 絶命した男の傍にしゃがみ込むと、中年冒険者は両手を摺り合わせ持ち物の物色を始めた。


 どうやら駆け出しの冒険者だったようで、持っていた物はショボいものだった。だが、駆け出しにしては高級である薬や投げナイフを所持していたようで、これは良い収穫だった。

 あとは装備だが、上等だった皮鎧は血が染み込んでしまい、普通では買い取って貰えない代物になってしまっている。



 「まぁ一応貰うか」



 中年冒険者は皮鎧を背負い、薬や金貨を布袋にしまうと、さらに大きめな雑嚢にしまい、「よし!」と気合いを入れる。


 同時に、遠くの方から「ギャッ」というゴブリン共の声が聞こえ、急いで中年冒険者は洞窟の出口に向かって走り始める。

 だが、魔物の足は早い。

 出口付近まで来たところで、背負っていた皮鎧にトス、トスと小石が当たる音がし始めたのだ。

 チラリと後ろを見てみると、ゴブリン共が数十を超える数で追い掛けてきている。



「やべぇマジかよっ! 二匹くらい殺したくらいでそんな怒んなよ!」



 人殺しのような言い訳を吐き捨て、中年冒険者は歳を感じさせぬ素早さで洞窟を走り抜ける。出口に辿り着けば勝ちなのだ。

 出口は鉄壁の重扉で造られており、人間にとって最大の守り。



「開けろぉ!」



 鉄壁の扉を叩き知らせる。

 人間の身体が滑り込める隙間が開くのに数秒は掛かる。ゴブリン共が飛ばしてくる弓矢を剣で弾き、それでも肩や膝に矢を受けてしまう。

 

 痛みでどうにかなりそうだが、鉄壁の扉はすでに光を漏らし、ゴブリン共の目を潰していた。



「はぁ、はぁ……っ! 言っただろうが、テメェらに用はねぇってよ」



 息を切らしながら暗視ゴーグルを外した中年冒険者は、満面の笑みでゴブリン共を横目に鉄壁の扉の奥へと入る。



「なんたって俺は“死体漁り”なんだからよぉ」


「ギャァァァッ──!!!!」 



 一匹のゴブリンが鉄壁の扉に飛びかかり腕を伸ばす。

 扉を守る門番は容赦しない。ゴブリンの腕など気にすることなく、重い鉄壁の扉を完全に閉めきり、腕はその場で潰れ、千切れ落ち、終わった。


 もう何も聞こえない。

 血が扉を汚し、中年冒険者は大きく息を吐いてその場に座り込んだ。



「おお、お帰り。アルマーニ」


「ああ……ただいま」



 中年冒険者──アルマーニと呼ばれた彼は、血なまぐさい自分に咽せながら門番に苦笑いを返した。



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