おじさん、帰る?④
「ん?」
肩を叩かれて振り返ったエトピリカの目の前には、ゴツゴツとした手の平の上に乗せられた一つの飴が入った包み紙があった。
「飴ちゃん、食べるかい?」
「アメ……あ、さてはおじさん、食べ物でエトピリカたんを懐柔させようってハラね?そんな事でこのエトピリカたんが心を曲げるとでもむぐ……あまーい!」
口で文句を言いつつも包み紙を開いて口に運ぶエトピリカの表情は、口の中に広がる甘い味に一気に綻んでいく(ちなみに青リンゴ味)。
それを見た男が笑いかけながらも、屈み込んでいた体勢から他に片膝をつき、エトピリカの頭をそっと撫でる。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。ラッキーさんは『絶対に出てはいけない』とは言ってないんだから」
「もごもご、で、でもぉ……」
まだ納得がいかないとばかりに飴を舌の上で転がしながら眉間にシワを寄せるエトピリカを見て、男はラッキービーストへと視線を移す。
「ラッキーさん。さっき話していた『園外探索許可証』というのは、どうすれば貰えますか?」
「定期的ニ開催サレル『園外探索認定試験』ニ合格スル必要ガアルヨ。フレンズダケガ受ケラレル試験ナンダ」
問いかけに答えるラッキービーストに対し、男はさらに言葉を続ける。
「次にその試験が開催される時期とか、詳しい事って分かりますか?」
「調ベテミルヨ。マカセテ」
しばらくの間、ラッキービーストからは無機質な「検索中……検索中……」という声だけが鳴り響き、目の色が緑色に光る。
「検索結果ガ出タヨ。次ノ試験開催日ハ、6月ノ半バダネ。デモ、正確ナ日程ハマダ公表サレテイナイヨ」
目から光が消えて声も止まったラッキービーストが試験の開催時期を伝えると、さらに男が問いかける。
「試験の内容って、どんな事をするんですか?」
「マズ、筆記試験ガアルカラ、文字ヲ読メルノハ大前提ダネ。ソレト、外デ活動スルニアタッテ、フレンズトシテノ能力ヲ一切使ッテハイケナイ運動試験ガアルヨ」
「フレンズとしての能力、と言いますと?」
「具体的ニハ、空ヲ飛ンダリ指定サレタ速度以上ノスピードデ動イテハイケナカッタリ、野生解放ヲ絶対ニ使ッテハイケナカッタリスルヨ」
「え!空飛べないの!?」
ショックを受けたようにまたもラッキービーストを掴み「アワワワワ……」とエラーを起こさせるエトピリカの隣では、男が難しい顔で顎に手を当てている。
「うーん……確かにフレンズさんの体格で空を飛び回ったりするのは危ないな」
男の言葉通り、パークの外はフレンズが空を飛び回る、水中を泳ぎ回る、地上を高速で走り回るといった大胆な動きをするにはとてもじゃないが適さない環境だった。
廃墟となっていつ崩壊するかも分からない建物や、一部の心無い者が不法投棄した事でどんな危険が潜んでいるか分からない河川や池の底。
パークが管轄内に入れる事で徐々に改善されてきてはいるものの、国内区域で管轄外のエリアとなっている場所は未だ劣悪な環境が残されている。
ちなみに男の住むボロアパートの周辺は雑草や小さな虫こそ生きているものの、野生の動物や魚は一切見当たらず、最近は虫の鳴き声すら聞こえてこなくなってきている。
その静寂さたるや幽霊が出てきそうというレベルではなく、むしろ幽霊の一人でも出てきて話し相手になってくれればどれだけ孤独が紛れるかと感じるほどに空虚かつ物悲しい世界を作り出しているほどだった。
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