おじさん、帰る③

「____……以上になります」

「ご苦労だったな。後の処理はやっておくから、今日はもう上がっていいぞ」

「ありがとうございます」


あれから男はラッキービースト3型からデータ更新を受け会社に戻ったものの、社員の一人が急な仕事で物資を届ける事ができなくなった為に他のエリアの工場へも物資を届ける事になり、会社のオフィスに戻ってきた頃には時計の針が午後6時を指そうとしていた。

オフィスで報告を終えた男に白髪の男が労いの言葉をかけ、男から受け取ったパークガイド達のサインが入った紙の束を手に他のデスクにいる社員の方へと立ち去る。


男もそれを見届けるように少しだけ立ち尽くした後、すれ違う1、2人の社員達に頭を下げながらタイムカードを通す。


「お疲れ様でした。お先です」

「お疲れしたー!」

「おう、お疲れー」


何人かの社員と軽く挨拶を交わし、男はオフィスを後にする。

夜の闇に包まれ始めた寂れた田舎道を見て、男は近くに停めてある所々が錆びついた白い自転車にまたがった。


セルリアンによる騒動がほぼ完全に収束してから、ジャパリパークという施設そのものが島一つをも超えるレベルにまで拡大された事に伴い、日本を始めとするヒトの住める場所が爆発的なスピードでどんどんパーク内の居住区になりつつある中、男が自転車を漕ぐ場所は未だパークの外に位置する、いわば夢の国から隔離された世界だった。


パークの管轄外にある人々も時代の流れで次々にパーク内居住区へと移り住むようになり、自分の住む町がゴーストタウンのような静けさに包まれていく現状を目の当たりにしても尚、男はパークへ移り住もうという気にはなれなかった。


そんな男が草むらから虫の寂しげな鳴き声が聞こえてくる田舎道を自転車で走り続けた末にたどり着いたのは、所々に取り付けられている電灯がチカチカと不規則に点滅し、トタンの壁が所々赤く錆び付いている二階建てのアパートだった。


まるでお化け屋敷のような雰囲気を醸し出すその小さな建物こそ、自転車を漕ぐこの男の寝床なのだ。


男はアパートの一階部分の向かって右から二番目の扉の前に自転車を停めると、カゴに載せていた小さな黒い手提げ鞄から取り出した鍵を扉の鍵穴に入れて回し、部屋へと入っていく。


ヒトの気配がしないアパートに男の姿が消えていき、寂しげな闇夜に響き渡る事すらなく誰の耳にも入らない程に小さく鍵のかかる音がひっそりと鳴ってからしばらくした後。


アパートから放たれる弱々しい光は、完全に消え失せた。

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