おじさん、帰る①

「もー、ムシするなんてヒドイですよ!」

「あ、あぁ……ごめんごめん。少しボーッとしてたよ」


目の前で頬をむくれさせるパフィンは苦笑いを浮かべる男に対し、突然頭を男の前に差し出すように上半身を直角90度に綺麗に曲げる。

目の前に下りてきた頭に男は目を点にし、何事かと言いたげに困惑する。


「……ん!」


頭の羽根をパタパタと小刻みに羽ばたかせるパフィンは、まるでそれを理解しろと言わんばかりに更にもう一歩詰め寄る。

少しばかりそれを見つめた男。すると、何かを思い出したかのように男の表情が明るくなっていき____。


「えへへぇ……」


パフィンが満足げに頬を緩ませながら声を漏らした時、男は自分の左手が彼女の頭に乗っている事に気付く。

ほぼ完全に無意識だった。男は自分が何故このようなアクションを取ったのかに驚きつつも、刹那の間に脳裏に浮かび上がった記憶の残滓を反芻する事でおぼろげながら理解を示す。


ああ、そうだ。自分は他所の子に重ねているんだ。かつての自分と共にあった、幸せだったあの頃の____


「お、おじさん!」


またも記憶の底へと沈みかけていた男の意識は、目の前の女の子の悲鳴にも似た大きな声によって現実へと引き上げられる。

それに気付いたガイドとジョフロイネコが振り向くと、ギョッとした顔で男に視線を注ぐ。

その理由が分からなかった男は「えっ」と思わず声を上げるが、すぐさまその原因にパフィンの一声が気付かせてくれた。


「ど……どうして泣いてるんですか?」


その言葉に導かれるように、パフィンの頭を撫でていた左手が男の顔に当てがわれる。

両目から伝うそれに気付いた男は、驚いたように小さな声をあげながらそれを慌てて袖で拭い取る。


「だ……大丈夫ですか?」

「あ、飴ちゃんが欲しかったのならちゃんと言えばいいでち……ジョフも鬼じゃないでち……」

「あ、ああ……大丈夫。大丈夫だから。たぶん、早起きして疲れてたんだな」


気遣うガイドとジョフロイネコに男は慌てて取り繕うように笑うが、突如として襲ってきた気まずい空気を払拭するには至らず、逆に心配するような視線を強める原因になってしまった事に気付いた時、ガイドのポケットから“ピピッピピッ”と機械的な音が聴こえてくる。


ガイドがすぐさまポケットから携帯用の端末らしき機械を取り出して耳元へ持っていき、誰かと会話をするように一言、二言返答する。

ほんの数秒でそのやり取りは終わり、ガイドは少し気まずそうに男の元へ歩み寄る。


「あの……ラッキービーストのメンテナンスが予定より早く終わったようでして。今、事務所に向かっているようです」

「そ、そうでしたか。分かりました」


助け舟が出たとばかりに男はパフィンから離れるように立ち上がる。

刹那、パフィンがどことなく寂しそうに見上げてきたのはきっと気のせいだと自分に言い聞かせつつ、あえて視線を合わさなかった。

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