おじさん、絡まれる②

「す、すいません!私ったら、つい……」

「あ……い、いやいや。何かに熱くなれるっていうのは素敵な事ですよ」


顔を赤くしてペコペコと頭を下げるガイドに、男は我に返ったかのように少し慌て気味にフォローを入れる。

そこから少しの間、小さな苦笑いだけが気まずい雰囲気を作り出してしまったものの、半ば静寂した空気をガイドが即座に打ち破る。


「で、では!早速パークの中へ案内しますね!」

「え?あ、は、はい。よろしくお願いします」


半ば引っ張られるように小屋の裏口への道を歩いていく男は、ほんの一瞬だけ曇った表情を浮かべた。

男は過去に“お客さん”としてパークに来園した事がある。それも一人ではなく____


男の脳裏に過去の映像がフラッシュバックする。

無邪気に笑う幼い少女が「早く、早く」と自分の手を引っ張り、その後ろには黒い髪を後ろで一纏めに縛った女性の姿。

パーク・セントラルを抜け、少女に連れられてやって来たのは、とても綺麗な湖の____。


「ご覧ください!この荘厳な滝と広大な湖を!」


男の目の前に広がる光景は、ガイドの一声でモノクロの過去から鮮やかに彩られた現実へと塗り替えられる。

どうやら物思いに耽っている内に目的の水辺エリアへ到着したようだ。


「別名ナカベチホーとも呼ばれているこの水辺エリアは、水生のフレンズさん達が住んでいたり遊び場にしている事が多いんです。最近は他のエリアに住んでいるフレンズさん達も遊びにくる事が増えていますが……」


意気揚々と解説を始めるガイドがどこか大げさにも見える身振り手振りで周囲を忙しなく動いていた時、背後からガサガサと草の揺れる音が聞こえてくる。


チラリと振り返るが人の気配はなく、気のせいだと思い再びガイドに向き直る。

しかし、ガイドへ視線を戻した瞬間、またしてもガサガサと後ろの草が揺れる音が聞こえてくる。


「……?どうしました?」


ガイドも男が何かを気にかけている事に気付いたのか、解説を一旦止めて男の方へ視線を向き直させる。


「あ、いえ。そこに何かいるのかな、と……」


男が草むらにもう一度視線を向けた時、何かが草むらから勢いよく飛び出してきた。

それはあまりにも素早く跳び上がったので、男とガイドは一瞬何が起きたのか理解できなかった。


しかし、何が起きたのか理解が追い付こうとした瞬間、男の視界は凄まじく揺れ、背中と後頭部に軽い痛みが走った事で自分が仰向けに倒れ込んだ事に気付く。


そして、視界一杯に映り込むはずの青空は、陽の光によって影を帯びた一つの小さな人の姿によって阻まれていた。


「成功でち!」


……『でち?』

男はその小さな人影が発した甲高くも可愛げな声が紡いだ謎のワードに目を白黒させる。

しかし、その思考は慌てた雰囲気のガイドが発した怒号によってことごとく阻止される。


「ジョフさん!何をしてるんですか!」

「でち!?」


『ジョフ』と呼ばれたその人影はビクリと反応しながらも、馬乗りになった男の胸元から離れる事はなかった。

逆光でよく分からなかったが、その人影が身体を動かした事でその姿がよく見えるようになる。


黄色い布に黒い模様があしらわれた吊りスカートにも見えるそれと、首元には何とも大きなリボンを付けている人影は、見た目からして確実に女の子である事が男にも分かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る