最強講師と最弱風紀委員

U―

第1話だから、最強は語らない

私立・〈奏橋かなばし〉魔法学園。世界中から学生が集まる、エリート中のエリート校。豪華な校門を抜けて、1キロメートルはあるであろう直線の道を歩く。向かう先には、巨大な校舎。道の左右には、グラウンドや競技場などのスポーツ施設が並ぶ。そのうちの1つ―サッカーコートでは。学生が遊んでいるように見えた。

傍から見れば、そうだろうが――今、ここを歩いていた彼にはそう見えなかった。

「消えろ」彼はボールに向けて魔力をぶつける。すると、サッカーボールは塵となって消えた。

(ボールの中に魔力が入ってた。あのままシュートしてたら、キーパーは――)


そんなことを考えながら歩き出す。すると、背後から。


「おい、オッサン。何してくれてんだよ。俺らのサッカーを邪魔すんな」先程までボールを持っていた彼が声をかけてきた。それに対して、その男は――。


「ん。ほら、これ見てみろよ。俺に文句を付けると――お前の人生、一瞬で終わりだからな?」手帳を開き、一ページめを見せる。

そこに書かれていた肩書きをみて、生徒は固まる。その肩書きは、世界で最強の魔法士であり、軍師を表すもの。


〈国連直属魔法士・軍師管理執行機関(MBC)機関長〉――〈反業 畦道ほんごう あぜみち


言わずと知れた最強の魔法士にして軍師。誰もがその名を知っている。その名は日本だけでなく、海外でも通用する。

「そもそも。お前らのはサッカーじゃない。あのままシュートしてれば、キーパーは死んでた。これはれっきとした殺人未遂。お前らの事は、しっかりと学園に伝えておく」

たまたま通りかかった、その一瞬でボールに込められた魔力を見抜く。そして消し去る力を、確かに生徒達は見た。だが―それでも。


「お前が本物の反業 畦道なんて保証はどこにもない!お前ら、やっちまえ!!」確かに手帳を見せたはずだが。

彼の言葉に従い、キーパー以外の10人が反業を取り囲む。彼らは、それぞれの魔装を出して構える。

魔装とは、対魔法士、軍師用の武器。魔力を持たない一般人に使っても、その効力はほぼゼロに近い。


「めんどくせぇな。殺さない程度にしてやる。魔法―〈定点固定〉」構えたまま、彼らは固まる。機能しているのは、目と口と耳だけ。急に動けなくなったら彼らは焦る。

「テメェ、何しやがった!!」焦った彼らは激昂する。

「定点固定。対象の動きを止める。ぱっと見では大した能力でもないが――純度の高い魔力を使えば、止められるんだぞ」あえてその能力をひけらかす。

「まぁ――この程度で焦ってんなら、俺に勝てるワケねぇんだよ」と、そこまで言ったところで。背中に何かが当たる。冷たい筒状の何か。それは、銃口だった。


「風紀委員です。学園内で魔法の使用は、大人であっても禁止されています。貴方がどなたか存じませんが――校則違反で連行します」

「おいおい。それ――魔装じゃねぇだろ?脅しにもならねぇよ。魔装を一般人に使うのと同じで、通常の武器は魔法士に意味を成さない。お前が1番分かってんじゃねぇの?軍師さんよぉ」背中に当たる銃口だけで得た情報。どうやってそこまで正確に読み取ったかなんてだれにも分からなかった。

「貴方――何者?」銃口がより強く当たる。

「反業 畦道。それが俺の名前だ。今日からここの講師をする。たった1人の生徒の為だけにな。その生徒ってのが――お前だよ。風紀委員――〈琴羽 縫衣ことのは ぬい〉。魔法学園に入学した、魔力を持たない軍師。アンタを――学園1位にする」


「はい?」彼女は、驚いて銃を下ろした。



――――――――――――――――――――



理事長室。目の前の椅子に座るのは、当学園の理事長―〈奏橋 経恋かなばし きょうこ〉である。赤を基調とした着物を来ている。髪は短く切りそろえられていて、端正な顔立ちをしている。着物を着ているにも関わらず、彼女が履いているのはハイヒール。そのミスマッチな風合いも、何故か違和感を感じない。

一方で、ここに立つ男―反業 畦道は。

髪を脱色し、そこに赤や緑、黄色に青、黒などといった様々な色を付けている。マーブル色―とでも言おうか。服装は至ってシンプルなことに、上下とも紺色のジャージに革靴と、こちらもなかなかに不釣り合いな格好をしていた。彼女を前にしても、怯んだ様子は見えない。それもそのはず―何せ彼は、なのだから。


そして最後に、琴羽 縫衣。学園指定の制服に、〈風紀委員〉の腕章。生まれ持った茶髪を、後ろで結んでいる。縁のないメガネをかけている。腰に付けたホルダーから見えるのは、さっき反業に突きつけた魔装ではない武器。即ち、タダの銃。

彼女は、学園最強と日本最強とがいるこの空間で、謎の恐怖に押しつぶされそうになっていた。


「まさか―反業。お前が来てくれるとは」理事長の言葉に、彼は。

「暇なんだよ。強くなり過ぎると―ね?アンタも分かるだろ?」ニヤリと、どこか意地の悪い笑みで返した。

「ふん。それもそうだが―これはお前に出来ることなのか?魔力を持たない軍師を、学園1位にしろ。正直、私も疑問を抱いているよ。なんでからそんな命令が来たのか未だに謎だが――本当にお前は出来るんだろうな?」反業の目を見て問いかける経恋。それに対して反業は、視線を縫衣に移す。そして――答える。


「分からん。だが―コイツはあまりのデキの悪さに留年してるがまぁ、少なくとももう一度留年はさせねぇ。それは約束しよう。まぁ、三年間でやれるだけやる」


「待ってください。私の知らないところで、そんな勝手な――」縫衣の言葉を。最強の2人が揃って遮る。


「「お前の意志が介入する隙なんてないんだよ」」――と。


「琴羽 縫衣。今日からお前は、反業 畦道が徹底的に教える。拒否権はない。――という事で、頼んだよ――反業」理事長は不敵に笑って、彼を何故か



――――――――――――――――――――



「ここが第1学生寮です。私の部屋の隣に空き部屋があるので、そこを使ってください」

第1学生寮は、外見からはただのアパートだが、その実、奏橋魔法学園に通う生徒が暮らしている。全寮制であるこの学園は。2人の相部屋。当然それは、反業にも適応されるワケで――

「は?今年の1年生が奇数人のせいでお前は一人部屋だろうが。つまり俺と相部屋だ。理事長から聞いてねぇのか?――まぁ安心しろよ。俺、既婚者だから。子供もいるし。今更――高校生なんぞに手は出さねぇ」


「はぁぁぁぁぁ!!??」琴羽は驚く。

「そんなに驚くなって。相部屋なのは仕方ねぇだろ?」

「そこじゃなくて!!既婚者?子持ち?何で貴方みたいな人が――」

「しれっと失礼なことを言うな」

「いや、だったら余計に私と相部屋はマズイんじゃ――?」

「いや、特に何も言われなかった。頑張ってとは言われたが。問題ない。それに、お前の部屋には内側から鍵がかかる。安心しろよ」

元々、ここは本物のアパートだった。間取りは2LDKで、一部屋につき1人。彼らの場合は特別に琴羽 縫衣の安全を念のため考慮して内側に鍵が付けられた。


「見るか?写真」そう言って反業はスマホの中に入っていた画像を見せる。そこには、実に幸せそうな家族が。反業 畦道が抱くのは子供。目元が特に彼にそっくりだった。その隣にいるのは綺麗な女性。もっとその美しさを表すのに適した言葉があるだろうが―今の琴羽には、以外の言葉が思いつかない。真っ黒で長い髪。端正な顔立ち。足が長く、全体的なスタイルの良さは、そう―モデルのようだ。否、琴羽 縫衣は彼女を知っている。

「この人って―ミス・ユニバースの――」

「あぁ。〈反業 聖鳴ほんごうせいな 〉だ。今は芸能活動は休止中だが、それでも人気らしくてな」


琴羽 縫衣は信じられない。信じられなかった。何故――こんな男に、ミス・ユニバースにまでなった女性が。しかも結婚?子供もいる?


「まぁ、俺の話はいいだろ?それより、お前は魔法を覚えなきゃいけないんだから。おら、競技場に行くぞ。準備しろ」玄関の扉を開けて荷物を投げ入れて、練習に向かう。その後ろを付いていく。ポケットにしまった彼の手。その手首には――確かに傷が残っていた。まるで―――そう。


「それからお前には、覚えたい魔法を選ばせてやる。好きなの言え」


「じゃあ――私が望む魔法は―」彼女の答えを聞いて、反業は笑う。

「そうか。いいぜ。それを徹底的に教えてやる」

彼女が希望した魔法。それは。



――――――――――――――――――――



反業は、いくつかある競技場の中で一番小さいものを選んだ。小さいといっても1000人くらいは軽く収容できる。

「さて、お前は軍師でいいんだよな?」


では、そもそも軍師と魔法士の違いを説明しておこう。

魔法士は、魔力を持っていて、魔法を使いながら戦う。軍師は前線で戦う魔法士に指示を出す。当然、魔力はある。なぜなら指示を出すために、魔法を使うからだ。稀に魔法士として戦う軍師がいるが、それは本当に希な話し。例えば――反業や理事長といった、誰もが知っているような人物である。現在の世界では、反業と理事長を含めて10人しかいない。彼らをまとめて人々はこう呼ぶ。

〈十傑〉と。


「軍師ですよ。戦えないんですから。魔力もないですし」彼女―琴羽 縫衣は答えた。反業は、その瞳に悲しそうな印象をうけた。だが―それは口にするべきではない。反業は何も言わずに。

「じゃあはじめ――」

練習を始めようとしたときだった。琴羽の背後からナイフが飛んで来る。いわゆるスペツナズナイフだ。スイッチを押すと刃が飛び出す仕組みになっている。反業は、それに見覚えがあった。それはまさしく、先程の生徒達の1人が持っていたもの。


「〈一喰いひとくい〉!!」反業は咄嗟に魔法を発動する。飛んで来る刃に向けて放ったそれは、黒い煙の塊の様な見た目をしていた。それは、スペツナズナイフに当たると、飲み込み――1×1×1cmの、立法体に圧縮して吐き出し、消えていった。

「さっきの復讐にでも来たのか?勝てねぇクセに。しかもその位置――俺じゃなくて琴羽を狙ったろ」圧縮されたナイフを拾い上げ、指で上に弾く。落ちてきたそれに合わせて―

「〈超拡散弾ミリオン・バレッツ〉」魔法を使う。圧縮されたナイフは元に戻り、その刃先は男子生徒達に向く。そして、それは――魔法の通りになった。なんと、反業の周りには100万本のナイフが現れたのだ。反業は指を鳴らす。するとそれらは―男子生徒達に向かって飛んでいく。だが、反業には元から傷つけるつもりはない。彼らの髪や制服を少し掠める程度だった。

「てか、お前らさ。俺の定点固定ってどうやって解除した?」


「――いや、答えなくていい。僅かに残った魔力の感覚からして――経恋か。強い者は他人に厳しくなければならない。アイツはその自覚がねぇみたいだな。まぁいいや。一人一人はめんどくせぇし、全員まとめて――かかってこいよ」そう言って取り出したのは、反業 畦道の魔装。見た目はただのバタフライナイフ。そして足は――革靴。革靴の踵部分には噴射口が付いていた。


「教師がそんなことして良いのかよ!!」誰かが叫ぶ。しかし――もう反業には聞こえない。聞こえていない。

〈十傑〉――反業 畦道。またの名を。


神に最も近い者ワールドエンド


反業の武器に取り付けられた噴射口。そこから出てくるのは、炎と煙。魔装の中で起きた爆発を、そのまま推進力に変える。起爆型単純加速装置と便宜上は呼ばれている。

「な――っ!?」反業が動いた。生徒達がそう認識するより早く、反業はバタフライナイフを突き立てていく。バタフライナイフには属性が付与されていて、任意の属性に設定できる。今は、雷だった。

ものの数秒で、生徒達は倒れた。


「フゥ――――」長い息を吐いて、反業は琴羽の方を振り返る。ふと琴羽は、反業の手首を見る。そこには、さっきよりもハッキリと傷が浮き出ていた。


「さぁ―再開しようか」バタフライナイフをくるりと回してしまう。

その手つきは慣れたもの。普段から使ってないとあそこまで鮮やかに回せないだろう。

その技に、琴羽は見入る。そんなことなど気づかない彼は、練習を再開した。



――――――――――――――――――――



その後、3時間みっちり練習して、2人は寮に戻った。


琴羽 縫衣は、通常の授業に参加しない。それは、座学も実技も――だ。

実技に関しては、当然ながら反業が教える。座学に関しては、去年のうちにすべて履修し終えてした。彼女――琴羽 縫衣が留年したのは、実技――魔法が使えなかったからなのだ。

「先生」彼女が彼を呼ぶ。

「反業。反業でいい。それに敬語もいらない。俺は別に、先生じゃねえからな」

「――反業さん。本当に私は魔法が使えるようになるの?」いくら敬語は要らないと言われても、やはりそこは上下関係がある。琴羽は少し悩んで、敬語は使わないものの、敬称をつけることにした。

「何言ってんだ、お前は。良いか?お前が、あの魔法を習得したいって言ったんだぞ。だったら、その希望を叶えるのが俺の仕事。俺の役目。安心しろよ。必ず使えるようになる」


世界でも―10人しかいないと言われる、魔法士であり軍師でもある人達。通称―十傑。その中の1人であり、MBCの長。紛れもなく、世界最強の男。その強さから、付けられた二つ名は〈神に最も近い者ワールドエンド〉。使えない魔法などない。戦況を見極める力は正確無比。各国の首脳がこぞって護衛を以来してくる程にその力は絶対的で圧倒的。彼の人生において、は、3回だけ。

その中の1回は――――。



「分かった。反業さんを―――信じてみる。これから、よろしくお願いします」頭を下げた。3秒ほどして、彼女は頭を上げ、笑顔を見せた。

その笑顔は――彼女の母親にそっくりだった。



人生で敗北は3回だけ。その中の1回は。

琴羽 縫衣の母親である、琴羽 天衣てんいとの、だった。



「あぁ。任せておけ」彼女の笑顔に、反業は笑顔で返す。これが―反業がはじめて見せた琴羽 縫衣への、心からの笑顔だった。

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最強講師と最弱風紀委員 U― @Susu450

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