第十八話 天の浮島


 黒髪様は歌う衣にくるんだクナと共に、はがね臭くて固そうな乗り物に乗りこんだ。


鉄の竜ロンティエ天照あめてらし様の力で動く竜だ。昼間のうちに、胸の宝玉に陽光の力を貯える」


 鉄のロンティエの飛行音は、とても静かだった。夜風をなで斬る翼の音は、しゅっしゅと小気味よい。

 翼持つものは上へ上へ、一気に舞い昇っていった。ひたすら、天へ。



 吹き渡る風は凍える咆哮ほうこう。頬を殴る勢いで吹きつけてくる。肌に氷が張りそうな寒さだが、黒髪様が頬に手を触れているおかげで、クナの体は冷えなかった。炎の聖印が、かっかと燃え上がっていたからだ。

 上昇する鉄のロンティエのそばをヴンヴンと、何かの群れが高速でかすめ飛んでいく。


「北より南下してきた白鳥だ。シーロンだったら追いかけっこができたのにな。鉄のロンティエはあいつの半分ほどしか、速さが出ない」 


 黒髪様は出がけに、舞台の隅で呻いているものに向かって、起きて飛ぶよう声をかけた。


『オキレネエ。足ガネエ。手モネエ。翼モネエ……』


 しかし屍龍シーロンはしくしく、静かに悔し涙を流していた。


『使えぬ。いつおまえに乗れるのだ?』

『オマエガヤッタンダロウガァ……!』


 恨みの声は轟音ごうおんにならず、ひょろひょろひゅうひゅう。冷たい夜風に溶け消えた。どうやら黒髪様は、龍に仕置きをしたらしい。オレの四肢を潰しただけでなく、首も半分以上吹き飛ばしやがってと、龍は力なくぐちを垂れていた。


『腐れ魔人メ! 手カゲンシロ畜生!』


 手足を潰すとはずいぶんきつい罰だと、クナは龍に少し同情したけれど。黒髪様は、あれはすでに死んでいるから大丈夫だと、くすくす笑った。


「あいつはかつて龍だったものの成れの果て。腐蟲ふむしに巣食われている」


 腐蟲ふむしは己が身を守るため、宿主やどぬしの腐肉を増殖させて筋肉粒々にする。肉が失われるとただちに再生させるのだが、その修復速度は尋常じんじょうではない。


「シーロンは死なないしかばねだ。体内の蟲玉むしだまを吹き飛ばされない限り、死ぬことはない。だがむしに食われているため、脳みそが少々おかしい。どこもかしこも腐っているということだ。まあ、私も似たようなものだが。この体は死なないが、精神はかなり老いている」

 

 黒髪様の体は不死身? たちまちクナは疑念に囚われた。

 体が老いないのは、かつて竜蝶りゅうちょうの血を利用したことがあったからだろうか。黒髪様の歌う衣は綿蟲わたむしの糸から織られたと、鏡は言っていたけれど。もしかして違うのではないだろうか。本当は竜蝶りゅうちょう繭糸まゆいとからできているのではないか……

 ザッと蒼ざめたクナとは裏腹に、美声の人はしごく上機嫌だった。

 白鳥の群れを見送ったあと、クナたちはひゅんひゅんりんりん不思議な音をたてる物に遭遇した。そのとたん黒髪様は嬉しげに声をあげた。


ひかぐもだ! これにでくわすとは運が良い。渡り鳥と同じく、冬の初めに南へ行くむしだよ」


 耳を澄ましたクナは息を呑んだ。りんりんひゅんひゅん、音のうねりが凄まじい。何百何千どころではなさそうな数が群れている気配だ。


「みんな、歌ってる?」

「羽をこすり合わせている。そして頭は発光している。大きさは、赤子の手ぐらいかな。数えきれぬほどいて、星の海のようだよ」


 夜空にまたたく耀あかるさは、クナにはわからない。だがりんりん響き渡る大合唱はものすごい。手を差し出せば、ぱちりぱちりと指先に何かが触れた。むしたちが寄ってきたようだ。


「明けの明星、龍の涙、女王陛下の首飾り」


 とたんに、黒髪様はうれしげにささやいた。


「ああ、輝く星が君の手に止まった……!」


 蟲の群れを抜けると、鉄の竜はほどなくどずん。しっかりとした固い所に降り立った。

 いつのまにはるかなる大地へ下りたのかと、クナは首をかしげた。鉄のロンティエは空の高みへ昇っていたはずだ。

 黒髪様の腕から解かれたクナは、疑惑の衣を震える手で引っかぶりながらしゃがみ、手探りで地面の感触を確かめた。

 鼻をくすぐるのは、ほんのり青草の匂い。手に触れるのは、とても細かく柔らかい草だ。触れた手を優しく受け止めてくる。


「ずいぶん高度が下がっている。氷雲の中に入っているようだ」

「くものなかに?」


 ぽつりと冷たい粒が頬に落ちた。冷気帯びるそれは、あたりにぱらぱら降ってきた。雪にしては固く、みるまにばらばらと勢いを増してくる。

 ひゃっと身を縮めるクナの頭を、冷たい手が撫でてきた。 


「雷雲でなくてよかった。黒焦げになるのは嫌だからな」


 しかしひょうも痛いと笑って、黒髪様はクナの手を引いてさくさくと草を踏んだ。

 退いたところには木立があるようだ。ざわりと揺れる枝葉の傘のおかげで、氷の粒がまばらになる。

 ざわわ。ざわわ。木々のざわめきがそこかしこから聞こえてくる。


「いい匂い。あ、これって……」


 鼻を襲う甘酸っぱい芳香。あの果物の匂いだ。思わずたくさん食べてしまった、あの――


「雲の上に昇りはじめた」


 ひょうが止んだ。黒髪様は木の下から数歩前へ出た。天気模様を確かめたのか、感慨深いため息が聞こえてくる。


「天河に近づいている」  

「ちかづいてる? ここはすごくたかい、おやまのてっぺんとかじゃないの?」

「ここは島だよ、田舎娘。雲の上に浮かんでいる」


 クナはぐいと腕を引っ張られ、抱き寄せられた。その耳もとで「夫」を名乗る人はささやいた。声に甘さを忍ばせて。


あめ浮島うきしまだ」





「照る天に寿ぎ 天河の水道昇る舟……」


 黒檀こくたんの床が光る松の間。その奥間でさらさらと、黒絹まとう御方は今日も今日とて、鳥ノ子とりのこ紙に筆を走らせる。

 一字一字丁寧に、口の中でぶつぶつ言葉を紡ぎながら。


『――というわけで、シーロンはまだ声が十分に出ません。黒髪様のお戻りは、明朝かと思われます』


 かたわらの大鏡から、蒼い鬼火がおそるおそる告げてくる。紙にしたためる手を止めることなく、松の間の主人たるレイ姫はふんと鼻を鳴らした。


「なんという声じゃ。もっとしゃんとした声音で報告しやれ」

『は、はい。ですがその』

「しつけのなっておらぬしろがねが、我が君のとぎをすることになるとはのう。この数週間にて仕込めなんだは、巫女団長のわらわの不徳のいたすところ。なんとも恥ずかしいが、致し方なかろう」


 ため息まじりにぼやけば、鏡の声はとんでもございませんと短い悲鳴をあげた。なにをそんなにおののきやるかと、巫女団長たる御方はあきれ返り、すずりに筆をぼちゃりと浸した。


「ふん。またぞろ、わらわが嫉妬しているだのなんだの、思っておるのであろ」


 何回複製されようとも、蒼い鬼火の思考は一代目と変わらない。

 蒼衆あおしゅうとはそもそも、天子様の後宮で働くよう作られた下僕だ。万年にとどくかというはるかなる昔、王朝が開かれたころに製造され、以来ずっと後宮に住んできた。分裂複製することで生まれ変わる特質を駆使して、頭数を常に一定に保ち、膨大なる後宮の情報と記憶を継承している。

 すなわちアオビは、すめらの後宮で起きたあらゆることを知っている。

 

「後宮とは伏魔殿ふくまでんじゃからのう。呪詛じゅそ巫蠱ふこも日常茶飯事。天子の寵を争う夫人たちを刺激せぬよう、ゆるゆる見守るが吉であったにちがいないわ」


 レイ姫が今上きんじょうの天子様に「黒ノ塔に輿入れせよ」と命じられるまで、アオビはレイ姫が住まう御殿に仕えていた。

 その御殿には、寵が薄くて、御殿をそっくりひとつ与えられるほどの品位ではない夫人たちが十人、つめこまれていた。アオビは毎日、十人の夫人たちの機嫌をとるのに四苦八苦。かなり神経をすりへらしたことだろう。

 レイ姫と共に黒ノ塔に来てからも、ここは後宮と同じだと思いこんでいるようで、相変わらず勝手に恐れおののき、やきもきしている。 

 レイ姫は暇さえあれば、鳥の子とりのこ紙に字をしたためる。それをアオビは一字も見ることなく、怖い呪詛じゅそだと決めつけているようだ。


「まったく。わらわは、再婚の再婚じゃというのに」


 レイ姫の口から漏れ出る白い吐息が、目下の紙に降りかかる。

 黒髪様は実にお優しいと、黒の薄様の衣をはおる姫は、胸中いつも感謝する。

 アオビを引き連れてこの塔へ輿入れしたとき、レイ姫は夫となる方にきっぱり申し上げたのだ。


『わらわは、黒髪様の巫女団長となりました。すなわちお家を守る務めは精一杯果たしまする。なれど、とぎだけはなにとぞ、ご容赦くださりませ。この黒き喪衣もいを、脱ぐ気はないのでございます』


 気に入らねばどこへなりと、おやりください。今上の天子様のように。

 平伏して黒い単衣ひとえは脱がぬと宣言したレイ姫に、黒髪様は穏やかに言葉をかけてきた。


『なるほど。そなたも、誰かをしのんでいるのだな』


「天河にたどり着きし舟よりくだり 汝たゆたう霊波れいはは穏やかなり……穏やかなり……」


 格子窓から入る冷たい夜風が、墨を乾かす。凍えそうだがしかし、黒き単衣ひとえをまとうレイ姫は、鎧戸を閉めなかった。

 祈りの言葉が窓を抜け、天河へ昇っていくようにしなければならない。

 銀星流れる天の河には、死者の魂がたゆたっているからだ。


 レイ姫の心にあるのは唯一人。

 きらびやかなおくり名で讃えられ、天河に昇りしその人こそは、先代の天子様。

 かつて一度、寵が薄い夫人たちが住まう御殿にお渡りになった。

 暮れる秋風が吹く季節。ちらと雪がちらつき、物寂しく庭園が枯れていた夜だった。

 歌詠みで気を引こうにも、歌にできるものはなく。困り果てて侍る夫人たちの中で、夜伽よとぎの栄誉を得たのは……


「ほほほほ。九十九狐つくもぎつねはいまだに生娘きむすめじゃが、わらわは違うわ」


 レイ姫の神霊力は、純潔の巫女には及ばない。実を言えば九十九つくもかたのほうが、はるかに霊力が強い。とはいえ、他のお家の巫女団長にくらぶれば、段違いの霊力を持っている。

 百蝋ひゃくろうを越えて神殿より輿入こしいれし、たった一度の契りから再び幾星霜。冷水を浴び、祝詞を唱え、歌い、舞い踊る――巫女の修行を一日とて欠かしていないからだ。


「今の天子は父殺し。そんなものには仕えられぬ。たあさまにべったりの若造なぞ、むつかしいきもちわるいわ。九十九つくも共々、後宮から放り出してくれて、嬉しい限りじゃ」


 先代の天子の葬祭が行われたあと、後宮に住まう夫人たちは整理された。

 若くて美しい数人が、若き天子の寵愛を受けるべく残された。そうではない数百人は、めぼしい神官族に下されるか、御陵みささぎへの生け贄にされた。

 レイ姫はできれば殉死じゅんししたかったが、選から漏れた。

 皇太后が直々に名指しして、寵愛が濃かった順に生け贄を決めたからだった。


『あらまあ、我が夫と一緒に眠りたいというの? いいえ、命を大事になさい、イェン家の巫女姫。たった一度しか恩寵を受けなかった女など、我が夫は覚えておらぬでしょう。そばに侍っても無駄ですわ。ほほほほ』


「皇太后はかつて寵を競った相手をことごとく、殉死させた。わらわは、あの残酷なおなごの歯牙にもかけられなかった。なんともちんけな存在よ。それでも……」


 これからも決して、黒い喪衣を脱ぐものか。喪意の証として髪を黒く染めるのもやめるものか。

 レイ姫は窓を見上げて誓った。

 格子こうし窓のすきまから見える、満天の銀星を眺めながら。


「どうか御魂おんみたま安らかに。天におわす、まことの我が君」





「ああ、星がこぼれ落ちそうだ。天河てんががすぐそこにある」


 黒髪様がしみじみ仰った。その澄んだ声に、ほんのりかげのある哀愁をしのばせながら。

 

 天照あめてらしさまがおわす空と、陽光降りそそぐ大地。この世に在るのは天地のみ。くっきり二分されているとクナは思っていた。

 この地は島だというが、およそ浮いているとは思えない。だが竜は一度も下がらなかったから、本当に空の中にあるのだろう。


「この島ははるか昔、大陸がたったひとつの国だったころ浮かべられた。統一王国が広い大陸を見渡してべるためのものだったんだ。今やどの島にもほとんど人はいないが、いまだに何十基と空に浮かんでいる」 

 

 ざわめく木立の向こうから聞こえてくるのは、さわさわ滝が落ちる音。ずいぶん遠くから聞こえてくる。


「うちのむらより、ひろいかも」


 黒髪様はそばの木から、芳香放つものをぽきりともいだ。鼻先にさしだされたそれは、なんともい香りだ。クナは思わずため息をついた。とてもおいしい果物の名前はたしか……


「りんご?」

「黄金の林檎だ。南王国の聖地から株分けされたものだが、母株があった聖地は滅んでしまった。ここが大陸で唯一、実っているところだろうね」


 きんきんこがね。おうごんのいろ。それは天照あめてらしさまの光。

 ここにしかないということは、塔で食べたものもここから獲ってきたもの?

 りんごを受け取ったクナは、いやだめだと食べるのをこらえた。

 おいしい餌でごまかされるものか。

 しゃんしゃん鳴る外套にくるまれている娘は、震えながら問うた。


「このころも。ほんとは、りゅうちょうのいとでおられてるんじゃ?」

「いや。私の衣は白綿蟲しらわたむしの糸から織られている。嘘ではないよ。そんなにおびえないでくれ。君から糸を取るつもりはない」

「でもりゅうちょうは、くだものをあたえてそだてるって……」


 唇を噛むクナの頭に、冷気を帯びた手が降りてきた。


「確かに、竜蝶りゅうちょうには価値がある。月神殿はいけにえの姫を君であがなおうとした。差し出すのが竜蝶りゅうちょうならば、もし身代わりがばれても、文句を言われるどころか感謝されると算段したんだろう。竜蝶りゅうちょうとは、それほどのものだ」

 

 クナは湿った吐息をもらした。胸の内の恐れが震え声になって出てきた。


「かぞくが、つかまるかも……」

「ああ、月のトウイが天子様に差し上げたのは、君の親族かな?」

「ええっ?!」


 どうやらクナの懸念は現実となったようだった。

 褒美を拝領しに帝都へ赴いた黒髪さまは、天子がおわす内裏だいりにて、竜蝶りゅうちょうを見たと仰った。


「天子様のそばに侍っていたよ。天子様は大変ご満悦で、月神殿を褒めそやしていたな」


 黒髪様はみるみる蒼ざめるクナに腕を回して、抱き寄せた。


「まだ若い娘だった。君よりも小さい。十かそこらだが、伽をさせるのに飽きたら、成長促進の薬を与えてまゆごもりを促すだろうね」 

 

 妹のシガの笑い声が、クナの耳の奥からよみがえってきた。

 村にいた十歳前後の子は、シガのほかに五、六人。村は、月神殿の者に蹂躙じゅうりんされてしまったのだろうか。


「私が君を陛下に差し出したり、君の親族を探してさらに竜蝶りゅうちょうを献上すれば、太陽神殿は大いに栄える。そうならぬよう、トウイは早急に手を尽くして、さらなる竜蝶りゅうちょうを手に入れ、天子に差し上げた。我々太陽神官族が国のために戦っている間に、出し抜いたんだ」

「た、たすけないと。きっとそれ、あたしのかぞくか、むらのもんです!」


 クナは思わず相手の胸を掴んですがった。だが、澄んだ声は望む言葉を発してはくれなかった。


竜蝶りゅうちょうは貴重だ。聖衣せいいが必要な大神官でなくば、戦勝の褒美としていただけるものではない。正直、すめらの中枢に首をつっこむのは危険きわまりない。異国人で新参者の私には、君を守るので精一杯だ」

「そんな……!」


 うろたえるクナは相手の言葉にとまどった。

 黒髪様は、クナから糸をとらない? 守ってくれる? 

 すめらの天子や神殿の慣習に反してそう思うのは、なぜ? 

 知り合って間もないのに。ろくに話も交わしていないのに。


「どうしてあたしをまもってくれるの? やっぱりあたしのかんろのせい?」


 ひゅおうと、天の島に冷たい風が吹いた。

 永遠にも思われるような静寂がしばし流れる。見つめてきているのであろう、沈黙のまなざしが深々とクナを穿うがってきた。

 

「ここは本当に、天河てんがに近い」


 ようやくのこと黒髪様がしみじみつぶやいた、その直後。

 美声を紡ぐ彼の口から、ふっと歌が漏れ出した。



『ひと目見ればその子と分かりぬ。

 その子がそうだと魂が気づく』



 とたん、りんごを抱くクナは驚いて固まった。



『心をば焦がす恋の炎 その身をば焦がす聖なる炎』



 このうた。ああ、このうたは。

 歌詞は違う。だがこの歌はまごうことなく。


「か、かあさん……かあさんのうた……!」


 忘れもしない。母がしろがねを見せてくれた月夜の晩。糸が震えて見えないものが見えたとき。母はこの歌を歌った。まちがいなく、この歌を。

 

「うそ……! どうしておなじなの?」


 クナをくるむ衣が震えた。歌声に合わせてしゃんしゃん鳴りだしたと思ったら、不思議な気配が降りてきて、周りのものがよく見えるようになった。

 とまどうクナの周囲にある木々は、耀かがやいていた。雲ひとつない宵の空、月の光を浴びて、こがねいろに。

 それはたわわに実っている果実。きらきらという音が本当に聞こえてくる。こがねいろの音がはっきり見えた。


「昔。ここにしろがねの髪の子が住んでいた。美しい、純血の竜蝶りゅうちょうが」


 黒髪様は澄んだ声で、驚きおびえるクナに静かに告げた。


「純血の竜蝶りゅうちょうは、大いなる力を持っている。死者に特別な命を与えて、蘇らせることができる」


 冷気を帯びた手が、びくりとわななくクナの頬に降りた。


「ここに住んでいた竜蝶りゅうちょう……あの子は、私に命の玉を与えた。あの子を守ろうとして死んでしまった私を、生き返らせた」


 手の冷たさにクナは身震いした。その手は何かを確かめるかのようにゆっくりゆっくり首筋に降り。そして――


「今はもういないあの子が、私を不死の魔人にしたんだ」


 はらりと、歌う衣が引き落とされた。低くかげった哀悼の声と共に。


「君に瓜二つの、あの子が」 



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