第十三話 つむじ風

 そのとき――クナは鼻歌まじりに、きゅっきゅと格子窓を拭いていた。

 午後から始まる巫女修行は、今日も今日とて掃除三昧。

 窓を拭き終わるなり、くるり。クナはきびすを返して伸びやかに両腕を上げ、くるくると回転。おもむろに片足をひき、ぴたりと姿勢を固めた。


「イナカ・ムスメさま。イナカ・ムスメさま」

「あ、アオビさん?」

 

 変な格好をとるクナのもとに、めらめら燃えるものがやってきた。毎日おやつの刻にこそっと餅や落雁らくがんをくれる、鬼火である。


「大変でございます。って、その格好は?」

「あ、ええと、まいのかたち……らしいです」


 たじろぐ鬼火の前で、クナはもう一度くるくる。両腕をあげた姿勢で固まった。

 

「きのうおそうじしていたところで、びぃんびぃんって。だれかが、すごくきれいなおとをならしてて」

「びぃんびぃん?」

「あたし、そのおとをきいて、おもわずおどっちゃったんです。そうしたら、おとをだしてたひとが、ゆかをばんばんたたいて、おおわらいして」

「ばんばん?」

「そのひと、あたしのもうひとりのせんせいだっておっしゃって、これをおしえてくれたんです。このかたちでよろけないで、すごくはやくまわれるようにしなさいって。だからおそうじするついでに、れんしゅうしてます」

「もうひとりの……そ、そうでございますか。ともあれ、本日もお疲れさまでございます」

 

 アオビは床にびたり。燃えるその身を目の前に投げ打った。

 ちょうど掃除夫を雇うところであったのが、クナのおかげで人件費が浮いたのだそうで、彼はやって来るたび、そのことを感謝してくる。


「三ノ奥さまに下々の業務をさせるのは、実に心苦しくてならぬのですが。おかげさまで本日も、大変に助かりました」


 クナは喜びのため息をついた。顔はたちまち満面の笑み。家族に役立たずといわれ続けてきた娘にとっては、今の言葉は何にも勝る褒美だった。口の中でさっと溶ける落雁らくがんよりも。ほっぺたが落ちそうに甘いお団子だんごよりも。

 うれしさに胸がふるえる少女は、しかしわずかに首を傾けた。


「もうおやつのじかんなんですか? なんだかとってもはやいような」

「いえ、まことに遺憾ながら、この黒ノ塔は本日、午後の丑の刻をもちまして、戦時体制に入りましてございます。急ぎ、梅の間へお戻りくださいませ」

「せんじ……まさか、いくさ?!」


 調度品を拭けば、この部屋の掃除がきりよく終わる。ちょっと待ってくれと、急いで拭いてしまおうとしたそのとき。

 ずんと、床が地響きをたてて揺れた。


「ひゃっ?! な、なんですか? これ?」


 よろめき尻持ちをついたクナに、鬼火は「戦時体制ですので」と答えた。

 床についた手がびりりとしびれる。足元から。いやもっと下から、低い轟音がわき上がってきていた。なんと、塔が身を震わせているらしい。

 ごくりと息を呑みこんで、クナはおそるおそるたずねた。


「アオビさん……センジタイセイって……」

「はい。現在、塔はゆっくり南に、毎刻二里の低速度で移動しております」


 鬼火は固い口調で答えた。 


「砲門を開き塔を動かすこと。そして敵を撃ち落とすこと。これがすなわち、守護の塔の戦時体制でございます」





 すめらの帝国は、えんえんつらなる石組みの〈長城〉で、百州と属国を隔てている。

 〈長城〉は天つくほどの高さで万里の長さ。強力な伝信妨害結界を立ち上げている。それに加えて対空雷砲を備える方塔が一定間隔で建っており、あまたの兵が配置されている。

 目の前が河川や谷でなければ深い堀が作られていて、ところどころに置かれている関所を通らねば、百州へ入ることはできない。

 かく前置いて、アオビはクナに説明した。


「この黒ノ塔は、黒髪様が擁する黒曜こくよう軍団五万の司令塔。そして現在、西部国境を守る長城を守護するための砲塔ともなっております。なぜなら黒髪さまの軍団のうち五千が、まさしく西部長城を守っているからでございます」


 守備範囲にある関所は三つ。そのひとつに、敵軍が迫っているという。会戦にやぶれて敗走するすめらの軍が、その関所から逃げ込んできているそうだ。


「この塔は関所へ接近し、撤退する軍の支援にあたります。三百六十度方向に、超長距離の加農カノン砲 および、精度バツグンの対空雷砲など、およそ十種の砲弾・光弾を、装填しております。狙えぬ目標はございません」  

 

 まさか戦の前線に自分がいるなんて。

 びっくりしたクナが急いで梅の間に戻れば、そこにはめらめら燃える鬼火がうじゃうじゃといた。

 

「失礼いたします」「お支度を」「戦時です」「戦時でございます」「ご武装を」


 ひしめきながらむらがってくる彼らにたじろぐと、部屋に置いていた鏡から、アオビによく似た声が響いてきた。


「三ノ奥様、申し訳ございません。御身の入塔記録には、戦時におけるご避難先が記載されておりません。すなわちこの塔にいらっしゃらねばならないことになっております。正奥様にその旨をお伝えしましたら、奥様を武装させるようにと仰せつかりました」

 

 クナは鬼火たちの介助でたちまち、戦支度いくさじたくをさせられた。

 あっという間にたすきをほどかれ、三角の胸当てが単の上からつけられ。腰には硬いはら巻きのようなものをぐるりとまかれた。それからずしりと重い衣を三枚。衣の重さで、クナの肩がずんと下がった。


鉄糸てっしを織り込みました、鉄錦たたらにしきにございます」


 それはまさしく、月神殿で着せられたものと同種の衣。

 額には硬い帯を巻かれ、頭にはずっしり重いものが乗せられた。しかし両手は、すっぽり鉄の衣の中。どのようなかぶりものか、クナはその形を確かめられなかった。


「急ぎ、舞台へ」

「正奥さま、二ノ奥さま、すでに舞台へ上がられております」


 なんと上の奥さま方も、避難はなさらないようだ。舞台とはなんぞやと思っているうち、鬼火たちはクナをせかして台座の輿こしに乗せ。えっほえっほと、かなり上の階へ運んでいった。

 ごおんと分厚い扉が開かれるなり、全身に外気があたる。ふきすさぶ風がまっこうからやって来るとともに、ずずずず、ごごごご……。塔の足音がはっきり聞こえた。


(ほんとにうごいてる……!) 


 床に置かれるなり、クナの輿こしはじりじり揺れ動いた。ほんのり冬をしのばせる風の、なんと冷たいこと。舞台とは、塔よりせり出しているところらしい。だがシーロンが着地したところとは、また違う場所のようだ。

 目の前にだれかの気配がある。上の二人の奥さまかと、クナが深く平伏したとき。


「そろったな。それでは始めようぞ」


 かなり前の方から、着付けを教えてくれた上臘じょうろうさまの声がして。


「あいな」


 右手前方から、びぃん、びぃんと、あのきれいな琵琶の音色が鳴りだした。それにあわせてしゃんしゃんと、すぐ前で複数の鈴の音が続く。左前方から流れ始めるは、ぴーひゃらら。笛の音だ。

 少なくとも五人いると、声と音を数えたクナの耳に、真正面から力強い歌声が飛び込んできた。


『聖なるひかり かしこみ奉れば』

 

 左手後ろでじゃんと銅拍子どうびょうしが鳴らされ、「あいな!」と一斉にあいの手が入った。


(じゅうにんぐらい? みんなおんなのひとだわ) 


 クナが数え直したとたん――あたりの空気があの、なんとも不思議なものに変わった。

 あたりに降り立つはあの気配。見えないものがみえる、感覚が鋭くなる異様な空間に、そこはくるりとくるまれた。

 驚いてくんと嗅げば、歌声と共に正面から漂ってくるのは、甘やかで蒸れた香り。濃ゆい香り醸す上臘じょうろうさまが、歌っておられるのだった。


あめ御手みておりり 輝きたもう』

「あいな!」


 一節歌うごと、合いの手が響く。


「お立ちくださいませ」


 すぐ前で鈴を鳴らす人が囁いてきた。一緒に合いの手をお入れくださいという。

 これはお神楽かぐらの一種であろうか?

 正奥さまと二ノ奥さまがおられると聞いたが、どこにおられるのだろう?

 楽器を持つ人の中におられるのか、それとも別のところで台座に座しておられるのか。

 分からぬまま立ち上がったクナは、あいな、あいなと声合わせながら三百六十度、頭を下げて回り、それを見えぬ方々への礼とした。

 右前方、琵琶びわを鳴らす人の方を向けば、ふっと寂びた香りが漂ってくる。


(ああ、きのう、まいをおしえてくれたひとだわ)


 もうひとりの先生だ。この人もきのう、おのれのことは上臘じょうろうさまと呼べとクナに命じてきた。濃ゆい香りの人と同じく、かなり年季を積んだ巫女であるらしい。

 おそらく正奥様たちは、巫女様たちにご祈祷を頼んだのだろう――クナはそう思い込んだ。

 一曲終わると、不思議な気配はあたりにたちこめたまま。しっとり湿った霧のようで、音が鎮まっても、あたりをしっぽり包み込んでいる。

 なんとすごいと感心するクナの頬に、ちりっと緊張した空気が刺さった。

 それは視線だった。感覚が鋭くなっているので、クナの頬は本当に刺されたかのように、痛みを覚えたのだった。


ばかまやあらしまへんか?」


 視線の主は琵琶びわを鳴らしていた人で、それはそれはきつい声をあげた。


「なぜに、鉄袴たたらばかまをはかせまへんの? この子の足、射抜かれてしまうやないの」

 

 クナのもとに一斉に視線が集まる。クナはびしびしと、まるで矢のようなその気配を受け止めた。

 正面にいらっしゃる濃ゆい香りの上臘じょうろうさまが、ため息まじりに仰った。


「矢など飛んでくるものか。我らがたった今この塔全体に張ったるは、聖なる結界。雷砲らいほうとて、がんがん跳ね返すわ」

魔道帝国サハリシュの『楽団』の音は、貫通しやるかもしれまへん」

 

 琵琶びわ持つ人は、いらただしげに反論した。


「足がのうなったら、舞えないやないですか。大体にして、上に着てはる立派な鉄錦たたらにしきうてまへん」

「仕方がなかろ。その子は長いはかまでは歩けんのじゃ。万が一の時、自力で走って退避できぬ方がこわかろうに」

「こんなんやったらのっけに足をやられて、逃げられまへんわ」


 ばちばち火花散る音が聴こえる気がして、クナはあわてた。 


「じ、じょうろうさま」

「なんじゃ?」「なんえ?」


 打ちそろって返事なさったおふたりに、クナは深く深く頭を下げた。


「も、もうしわけありません。これからいっしょけんめい、ながいはかまでうごけるよう、れんしゅうします。きょうはどうか、このかっこうでおゆるしを……」


 神聖な儀式の最中であるというのに、自分の事で揉められるなんてとんでもない。正奥さまも二ノ奥さまも、一体なんじゃと呆れて見ておられるのでは。あまりのお怒りゆえに、きっとだんまりであられるのだろうと、クナはちぢみあがってしまった。

 

「ほんとうにごめんなさい!」


 いまだ奥さま方の位置がわからぬまま、クナが三百六十度、頭を下げながらあやまると。濃ゆい香りの先生はふんと鼻をならし、重い衣のすそを引っ張り形を直した。

 

「まあなんじゃ、くれない髪燃かみもゆるレヴテルニの『楽団』など、おそるるにたらぬ。我ら百臘ひゃくろう越えの巫女の結界は、そうそう破れぬわ」

「は? うちは、百臘ひゃくろう越えとりませんえ」


 すかさず訂正する琵琶びわの人に、濃ゆい香りの人は高笑いを浴びせた。


「九十九ろうなど、ほぼほぼ百であろうが。ほーっほほほ」

「とんでもあらしません。行かず後家・・・・・になるんは嫌やと、三十になる前に輿入こしいれしてしもうて。おかげでうちの神霊力はまったく、百臘ひゃくろう様にはおよびまへんわ」

「ほ――」

 

 瞬間、濃ゆい香りの人はぴきりと凍りついたのだが。その恐ろしい金縛りは複数の悲鳴によって瞬時に破られた。

 塔がどうんとすさまじい轟音をたて、ことのほか大きく揺れたのだ。その揺れはすさまじく、クナは思わずしゃがんでしまった。濃ゆい香りの人もヒッと短く悲鳴をあげる。しかし彼女は気丈にも、片足で勢いよく床をひと鳴らし。おののく女たちに活を入れた。


「な、なんじゃおまえら情けない! 今のは我が塔の加農カノン砲じゃ!」

「ついに撃ちはりましたなぁ」 


 ひとり動じなかった琵琶びわの人がしみじみのたまわる。そのとき濃ゆい香りの人のそばから、クナがよく知っている鬼火の声が聞こえた。


――『急報にて、ご無礼お許しくださいませ。ただいまをもちまして、我が塔は魔道帝国サハリシュ軍と交戦状態に入りました!』

 




 刹那その場は静まり返った。沈黙の場にびゅおうと、冷たい晩秋の風が吹きぬける。

 動く塔が火を吹いたということは。


「……関所が堕ちそうなのじゃな」


 張りつめる緊張の空気を割り、濃ゆい香りの人が押し殺した声でたずねると。 


『御意にございます。情勢大変悪く、これより我が塔は全兵器を駆使しまして、南部関所を死守いたすそうです』


 鬼火は固い口調でまくしたてた。

 

『長城の関所の陥落は、すめら本国への敵の侵入を意味します。なんとしても阻止せねばならぬ事態なのであります!』


 するとクナが今まで聞いたことのない声が、同じ所から響いてきた。


『司令室より伝信失礼いたします、当家の戦司いくさのつかさ、アカビにございます。正奥さま率いる巫女団による聖結界の援護、まことにありがたくぞんじます。これより格砲の命中精度を上げるため、関所に接近いたします。聖結界の持続展開を、なにとぞよろしくお願い申し上げ奉ります』


 刹那、どんと重い衣を打ち叩く音がした。

 

「任しやれ! この塔に毛ほどの傷もつけさせぬわ。天照あめてらしの巫女の力、存分に見せてやろう」

「またたきの巫女もおりますえ。九十九つくも巫女ゆえ、ほぼほぼ、百臘ひゃくろう

「みとめたな、この年増狐としまぎつね

「敵にはったりかますんは、戦の常道ですやろ」 

「素直じゃないのう。さあ、鳴らせ」 

「あいな」 

 

 九十九ろうだと自称した人がはんなり笑い、再び琵琶びわを鳴らし始める。鈴が、笛が、銅拍子どうびょうしが、次々その音色に合わさっていく。

 濃ゆい香りの人は、さきほどよりもさらに堂々たる声で歌いだした。

 

『聖なるひかり かしこみ奉れば』

「「あいな!」」


 あいの手と共にどおんと、再び塔が震えた。

 クナはおそろしくてひゃっと身をすくめた。

 鼓膜がやぶれそうなぐらい凄まじい音。しかし周りの女性たちは肝を据えたらしく、楽の音色もあいの手も一糸乱れない。


『閃光まといて 鎧となせ』

「「あいな!」」


 あたりにたちこめる霧がますます気配を深め、湿気を増す。音がよく聞こえすぎて、クナの耳はしびれた。

 ほどなく塔は、ひっきりなしにどうん、どうん。ほぼ絶え間なく轟くようになり、連続する爆竹のような音もし始めた。四六時中揺れるので、クナは立っていられなかった。片ひざをつき、衣の袖で耳をおさえつつ、あいの手を入れ続けるも。

 

『南部関所より伝信! 眼前の『楽団』、長距離音波弾発射! こちらに向けての攻撃とのことです!』

 

 百発は撃ったであろうに、敵の数は減らぬらしい。鬼火が伝えた直後、ふおんふおんと不思議な音が聞こえてきて、ぎしりと塔が不穏な悲鳴をあげた。塔がまとう霧にぎゅるぎゅると、不思議な音を放つものが吸い込まれていく。


「派手に撃ちやるゆえ、こちらの位置を割り出されましたな」

「おのれ、結界がみるみる中和されておる。急いでまた張り直すぞ」


 奏でる音色の速度が少し上げられた。しかし絶え間なく流れてくる不可思議でどことなく美しい音が、濃い霧をどんどん吸い取っていく。ぎしりぎしりと、塔が軋む。

 そしてついに――。


『下層二の階、被弾しました!!』 

「おのれえ!」 


 塔がいっそう揺れ、ぼうんとおそろしい爆発音をたてたとき。


「しろがねの! いますぐ舞い!」


 琵琶弾く人がクナに鋭く命じた。


「歌をかき混ぜて四方に飛ばしや! 百ろうさまの歌を押し出すんや!」

「なっ、九十九つくも狐、何を?」

「新たな結界がまにあわんのは、結界の伝導がのっそいからや。魔法の気配をかまかせば速く広がり、中和を陵駕する結界が張れる。キキョウ、その子を今すぐ回すんや! つむじ風を舞わしや!」

「へえ!」

 

 鈴を鳴らす女がくるりとふりむき、クナの腕をつかんで立たせる。驚く濃ゆい香りの人に、琵琶弾く人はぴしゃりと言い放った。 


「あんさんはひたすら歌う!」

「こ……の参謀狐が!」


 煽るかのような激しい琵琶の音に、濃ゆい香りの人は歌声を乗せた。とたん、クナは長い袖で隠れた両手を上げさせられ、駒のようにぐるぐる。くるくる。


「ふわわ?!」


 くるくるくるくる……回転させられた。

 高速で回るにつれ、ふわんふわんと、鉄錦たたらにしきの袖が空気をはらんで大きくふくらみ、音を立てる。体の中心に芯ができ、回転が安定してきたとき、鈴を鳴らしていた女もクナの隣で同じく回転し始めた。

 

 クナはくるくる舞った。えんえんと舞った。

 歌声が気配と混ぜ合わされ、舞台へ、さらにその外へみるみる広がるのがはっきり分かった。

 うすめられつつあった霧が、またしっとりと濃くなってくる。


「もち直したえ! 中和に勝った!」


 重い袖を唸らせ、クナはひたすら舞いつづけた。


(いつまで? いつまで回ればいいの?)


 どうん、どうん。

 塔が轟く。まとわりついてくる不可思議な音が、薄まっていく。

 しかしクナの意識も、ぼうっと薄くなってきた。


(いつまで……いつまで……?)


  

 上手だねえ。



 どこか遠く。耳の奥底で、母さんの声が聞こえたような気がした。


(かあ……さ……)



――『第七都護府より伝信です!』

 


 歌声のそばから、歓喜のため息入り混じる鬼火の声が響いたとき。


『黒髪さま、隠密に、「西郷」南端に進軍されておられました!!』


 クナはいまだ、回り続けていた。

 

『黒髪さまは、潜伏する魔道帝国神帝の船を発見! 強襲したとのこと! 神帝レヴテルニ被弾により、後詰め軍撤退開始! 敵軍、緊急伝信が飛び交っている模様です! せ、関所攻略軍が! 「楽団」があわてて退きはじめたようですー!』 

「おおお! さすが黒髪さまじゃ!」


 ふわふわ夢うつつの心地になって、くるり、くるり。くる……り。

 そうしてクナは、くたりとくずおれた。


(くろかみ、さ……ま……) 


 そう呼ばれる人の、美しい声を思い出しながら。






 


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