第十二話 戦ノ司(いくさのつかさ)
おびただしい数の赤い鬼火が、
「
「
「赤ノ塔より
鏡の前に立つ赤い鬼火たちが、明滅を読んで報告する。
部屋の中央でそれを聞く蒼い鬼火――アオビは、こおっと青白い炎を吐いた。
「なんと、
人工鬼火のひとつ、蒼衆たる彼は、この黒き塔の
しかし外の戦況は
「緑ノ
この黒ノ塔は、すめらの国境線たる〈
そのため、
「赤ノ塔よりさらに伝信! 第十
どうも、ゆゆしき状況のようだ。
「あの、我らが
「駐屯先の第七
アオビの隣で真っ赤な鬼火が、身を長くして答える。この鬼火の名はアカビ。黒ノ塔の
「さすが
アオビは誇らしげに、青白いおのが身をゆらゆら。満足して部屋を
「アオビよ、すめら百州は属国をぐるりとまとっている。すなわち属国を盾として、おのが身を守っている状態だ。もしこのまま属国の『
「は、はい。ええと、西の本国国境線が、外敵にさらされることに?」
「その通り。この黒ノ塔が、自ら敵に火を吹くことになる」
「な、なんとそれは」
最近つとに、
そのため帝都太陽神殿は、
アカビの声は冷徹で硬かった。
「
八人の
龍は巫女を食らって得た神霊力で、敵軍を蹴散らす。
炎の咆哮、嵐の咆哮。毒の息吹。いにしえの神獣に匹敵する威力をもち、ほぼ無敵だ。しかし……
「龍がいなければ、すめらの軍はかようにもろい。
「あの、敵は龍たちが帝都へ集まる日を知っていたということですか? でもそれって、第一級の機密ですよね? 龍たちはこっそり、
アオビの蒼白いふるえ声に、アカビはおのれの赤い吐息を重ねた。
「
真紅の炎がいらただしげに、あたりに燃え散った。
「その瞳はすめらの神官族が帯びるものとは違う。この大陸がひとつの王国に支配されていた、超文明の時代の遺物であるらしい。すなわちその神力、並ならずといわれている」
「まさか、竜たちが帝都へ動く日を、予知したっていうんですか?」
「すめら百州を囲む〈長城〉は、強力な結界を展開している。おかげでどんな〈目〉も百州を覗くことはできない。なれど属州には、かような透視遮断の守りはない」
「ちょっと前線を見られただけで、ここぞと攻められたっていうんですか?」
「覗いた者は神帝だけではなかろう。千里眼の力を持つ術者も密偵もウヨウヨしているのだろう。アオビよ、この黒ノ塔は一瞬で
アカビに念を押されたアオビは、ふわりと司令室を出た。
なれどすめらは一万年以上続いている超大国。たかだか建国百年に満たない国に敗れることはないであろうと、アオビはにっこりした。
「しかし
赤ノ塔からの伝信によると。
「
緑ノ塔からの伝信も意外なものだった。
女嫌いの堅物で知られる
この二人だけではない。ここ数日の神鏡伝信のやりとりからすると、八人いる
月の巫女姫たちは命を奪われるまいと、秘法を行使したのではないか。
帝都太陽神殿の中枢は、そんな疑惑を持ち始めているようだ。
「やはり月を食らうのは、ひとすじ縄ではいかなかったようですねえ」
もしすめらが敵の攻勢に押されて属国を失えば、
「生き永らえた月の姫に、罪がかぶせられるのでしょうねえ。くわばらくわばら」
なれども黒髪様は、「ふぬけ」にはならなかった。
己を失わない完璧な人だ。
なれど――
出塔するまぎわ。娘の記録を記した黒髪様の御顔といったら。
思い出すだけで身が縮む。はるか遠くから見ても震えてしまうほどおそろしい、鬼の形相。鬼気迫るその
『月の女を殺すか、
黒髪様がおどろおどろしくつぶやき、龍に乗って出塔したあと。書き込まれた記録をのぞけば、なんとそこには。
『トリ・ヴェティモント・ノアールの
アオビは大変困惑した。すめらの国で
まさか黒髪様も、月の巫女の魅了の技に落ちたのだろうか?
『とりあえずは、
一抹の不安を抱えつつ、アオビはおのれの配下、
部屋は中層の「梅の間」に用意した。ご正室が住まう「松の間」。そのひとつ下の、第二室が住まう「竹の間」。そのさらに下にある部屋である。
ご正室たる
『いったい何人目じゃ?』
鏡の向こうのレイ姫は、またかと高笑いしていた。
『我が君はお優しいからのう。でもまあ、今度もご領地送りになるであろ。ほーっほほほほ!』
黒髪様も
これまで何度か、神霊力が微妙な巫女は龍に与えず、ひそかに塔に持ち帰ってきた。そして正奥さまのおっしゃるとおり、ほどなくご領地の城に送ってそれきりだ。そんな巫女たちはおしなべて、入塔記録に「
しかし今回は、いつもと違う。はっきり「
だがアオビは、この件については、固く黙っておくことに決めた。ご正室の心を痛めるなど、まったくしのびないことだと思ったからだ。
レイ姫は当然のごとく、根掘り葉掘り。新しい側室のことを聞いてきた。
『はぁ? 巫女の修行をしたいじゃと? なんじゃそれは』
『入塔を目撃した鬼火どもが申すには、シーロンさまに喰われたがっているそぶりであったそうで』
『ほほほ。おおかた餌にならぬと判断されたのが、悔しかったのであろ。月の女は気位が高いからの』
『修行のために、部屋とお師さまを御所望です。しかし、
『ほぅ? それはまたずいぶんと、強気な』
鏡の向こうで黒く染めた髪を肩に垂らすレイ姫は、目を細め、にやりと引き上げた口を黒い袖で隠していた。
『ではわらわが、よき師を紹介してやろう』
レイ姫は、もとは帝都太陽神殿の巫女だった。しかも実家の
『この世で一番優秀で美しい太陽の巫女を、師につけてやろうぞ。色違いとつっこまれても完全に無視じゃ。修行の内容は、太陽も月もさして変わらぬわ。さしてな。ほーっほほほほ!』
甲高い笑い声に混じる低い呪詛に、アオビはぶるぶるおののいたものだ。
「さ……さてさて本日も、戦況と黒髪様のつつがなきご様子を、正奥様にお伝えいたしましょう」
アオビは気を取り直して、塔の下層にある「鏡の間」へするりと入り、「
黒髪様の輝かしい戦功と御身の無事を祈りながら。
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