第十一話 上臘(じょうろう)さま

 ザッ。ザッ。

 鬼毛おにげほうきが、床をく。

 ほうきを持つクナは、こふんと短く咳き込んだ。巻きあがったほこりを吸いこんだのだ。

 頭には三角巾。ひとえの袖はたすきでたくられ、腰から下は短めのはかま。かなり身軽ないでたちである。


「ほれ、はようこれを撒きやれ」

「はいっ、じょうろう・・・・・さま」


 背後から壷がすっと渡される。と同時に、漂いくる媚香びこう。なんとも濃ゆい香りにまた咳き込みつつ、クナは壷からはらはら、湿った茶葉を床に撒いた。

 たちまち茶葉が埃を吸う。なんとも香ばしくて清々しい匂いだ。すすんと鼻をすすりあげれば、濃ゆい香りに満たされた鼻が洗われるようである。


「丸くくでないぞ」


 香り濃ゆい人はそれから怒涛のように、命じてきた。

 壁の際はとくに丁寧に。もっと堂々と掃け。次は窓拭きじゃ。たてたて、よこよこ、きっちりと。細かな格子一本一本、丁寧に。調度品は、固く絞った雑巾で拭くがよい――。

 

「ふむ、終わったか。では――」

「つぎはとなりのへやですね!」 

「いや次は――」

「まかせてくださいっ」

「ちょっと待――」

「だいじょうぶです。そうじ、すきですから」


 クナはささっと隣の部屋へ入り、床に茶葉を撒いて箒を動かした。やわらかな鬼毛おにげほうきがさわさわと鳴る。


(あ。いいおと)

 

 思わず微笑みながら、ほうきの音を聴く。拍子よくくと、とても小気味良い音がする。

 香り濃ゆい人がおそるおそる、様子を伺ってきた。


「た、たのしそうじゃな」

「はい! ここがおわったら、むかいのへやもきれいにしますね!」

「そ、そうか。それでは、たのんだえ」


 長そうなはかまを優雅にひきずり、クナの師は部屋の奥へと消えた。あでやかな香りが長く長く、たなびいて薄れていく。

 クナはいた。一所懸命、良い音を出そうと思いながらいた。

 何かに没頭するのは、よいことだ。辛いことを頭の隅に追いやれる。

 そうしたらいつかきっと。暗い哀しみは、消えてくれるだろう――。





 一週間前。すなわち修行初日の日、クナはついにたまらなくなり、わんわん泣いてしまった。存分に感情を吐いたら、少しだけすっきりした。しかし落ち着いてあたりに耳を澄ませば、まぶたをこするクナの様子を、じいっと眺める気配がひとつ。


『なんじゃおぬしは? 御湿むつきもとれぬ赤子あかごかえ?』


 呆れ声を浴びたクナは、ありんこになるかと思うぐらい萎縮した。決まり悪げに「すみません……」と頭を下げれば、べしっと一発。香り濃ゆいその気配に、頭をひっぱたかれた。

 

『たわけが。おぬしのたぁ様が、娘の髪を黒にしたがるは当然であろ!』

『た、たぁさま?』

『母親という意味じゃ。栗皮色の肌にみどりの黒髪。この色合いこそ、すめらの良き庶民の理想の色じゃと、ものぐるほしき月神殿が毎日、民を教育しておるものな』

『も、ものぐるし?』

『頭がおかしいという意味じゃ。黒は理想の庶民の・・・髪色じゃと、そうでなかったら炭で染めよと、熱心に教えておる。ほんに、あほらしいことよ』


 香り濃ゆい人の声は、なにやら怒りを押し殺したよう。自分の髪をさらっと手でくような音を立てておられた。


『して、おぬしはすみれの瞳にしろがねの髪。つまりなんじゃ、さがなしい月神殿は、竜蝶りゅうちょうの娘をトウ家の姫の代わりに差し出したわけじゃな』

『さがな……りゅうちょうの、むすめ?』

『さがなしいは意地悪で最低という意味じゃ。竜蝶は……む? おぬし、もしや』


 盛大に首をかしげるクナに、師は驚きの声をあげた。


『もしや、おのれの血筋がなんたるかを知らぬのか?』 


 クナがこっくりうなずくと、沈黙二拍。そして。 


『ほーっほほほほ!』


 わざとらしい笑い声が、修行部屋に鳴り響いた。


『なんじゃそれは。なんとまあおぬし、ど辺境どころか超ど辺境のところで育ったのか。いやはや、これは親も知らなんだのか、それともわざと黙っておったのか。どちらかわからぬが、でもひとつだけ、確たることを言うてやろう』


 刹那せつな言われた言葉の意味が、クナにはまったく、理解できなかった。


『竜蝶の娘は、月の巫女の身代わりとしては、はるかに過ぎたものじゃわ!』




 晴天の霹靂へきれき。いや、荒天こうてんにさらなる稲光いなびかりか。

 思いもかけぬことを言われたクナは仰天。その場であわわとうろたえた。

 クナの方が、本物のマカリ姫より価値がある? 小さな山奥の村の娘が、帝都月神殿の巫女姫より、はるかに? 


(そんな……! じ、じょうだんよね?)


 固まったクナがその場で必死に考えた末に出した答えは、この御方は月神殿がひどくお嫌いなのだろう、ということだった。

 ずいぶん悪口めいたことを仰っていたから、たぶんそうであろうと。月の神殿の人々を、良くは思っておられないのだろうと。それでわざと、おとしめているのだろうと。

 

『わらわは 、帝都太陽神殿から参った、百ろう越えの巫女。深い敬意をこめて、上臘じょうろうさまと呼ぶがよい』


 香り濃ゆい人は名を名乗らず、そう自己紹介してきた。

 百ろうというのは、たしか…… 

 クナはそのとき、月の女性から一夜漬けで教えてもらったことを、頭から掘り起こした。

 ろうとは、神殿が独特に数える修行期間のことだ。

 一年420日を四季で分け、105日を一 ろうとする。神殿は年功序列を重んじているゆえ、この ろうを重ねた巫女ほど位が高いらしい。

 すなわち「上臘じょうろうさま」とは、おのれよりはるかに年上で年季が入っている方、という意味だ。


『あ、あのう、なんねんしゅぎょうしたら、ひゃくろうになるんですか?』

『ぬう。簡単な算術さんじゅつもできぬとは。しかしおぬしはまず、見られる姿にならねばならぬわ』 


 かくして修行初日は、着付け教室となった。鬼火が持ってきた衣装を、上臘じょうろうさまが細かく説明しながら、手際よく着付けてくださった。しかし床に長く伸びる長袴ながばかまをはくや、クナはすってんころりん。はかまの中で足袋たびがすべって立てない。ただの一歩も、歩けずじまいだった。


『おぬし、まさかこんなで、月の巫女姫を名乗るつもりだったのかえ?』


 上臘じょうろうさまは、実に呆れ果てたご様子であった。


『このばかまは、やんごとなきお家にすまう子女のもの。巫女のものはもっともっと長い。これしきでぶざまに転げておっては、神霊力をためるどころではないぞ』


 ひとえの上に重ねる衣は五枚。季節ごとにさまざまな色かさねがあり、衣を羽織る順番が決まっている。つまりは一枚ごと色が違う。さわってみれば同じ手触り。色の違いが分からないと訴えると、上臘じょうろうさまはまたもや呆れておられた。


使つかを雇って手伝わせたらよかろうが。しかしまあ、今回アオビは気をきかせたようじゃ。おぬしが今着たのは女郎花おみなえしの色目。秋のかさねで、五枚とも黄の表地に、青の裏地をあわせた衣。つまりみな、同じ色じゃ。かさね色目には、そういうものもある』


 最後につけられたのは、腰から長くたなびく。これは大人の女性の証で、目上の人に会うときには、必ずつけなければならないそうだ。

 月の夫人に着せられた鉄錦たたらにしきよりは、ぜんぜん重くない。それでも一式まとうとずっしりだ。手も足もすっかり隠れて不便この上ない。そして長袴ながばかまでの歩行訓練は、まったくかんばしくなかった。


『あああ、まるでいも虫じゃ』


 その日クナはずるずる階段をいのぼって、なんとか梅の間へ帰りついた。

 それから一週間、修行は着付け指南と歩行訓練に終始した。

 五の間の部屋で、上臘じょうろうさまはビシバシ。ものさしのような棒でクナの腰や足をはたきながら、ばかますそさばきを教えてくださった。


人鳥ぺんぎんのように歩くでない! 足をいったん横へ出して前へ進めるのじゃ』

『ひいい! す、すみません。たおれました。たてませんっ』

『まったく。ほれつかまれ』

『すみません』

『この調子では、いつまともに歩けるやら。しかしそなた、今日はちゃんと見られる姿で参ったのう。やっと使つかを雇ったか』 

『いえ、ひとりできてきました』

『ほう? ひとりで?』


 ひとりで「見られる姿」に身支度できるようになったその翌日。すなわち本日――

 

『もうよい、今日は、掃除でもしてみやれ』


 クナはようやく、次の段階に進んだのだった。

 上臘じょうろうさま曰く、巫女の力は心が澄み切っていないと高まらない、心をきれいにするには、おのれが住むところをきれいにするのが一番であるそうだ。

 清掃中はと五つごろもを脱げとのこと。はかまはありがたいことに、足がわずかに出る短いものを渡された。

 

ばかまじゃ。このはかまなら、すっころげぬであろ』


 長袴ながばかまは無理だと、見放されたのかもしれない。しかしこれならまともにすっすと歩けるので、クナは大喜び。身軽になったのが嬉しくて、やる気もむくむく湧いてきた。それでどんどん、掃除をすることにしたのだ。

 ごめんくださいと断って部屋に入れば、たいていめらめら燃えるものがいた。彼らはびっくりして隅に寄るので、クナはどうか楽にしてくださいとお願いして、掃除をした。

 燃える音のしないものがいる部屋もあった。それらは時折とぅるるるると、歌うような音を立てて喋りあう。


(ひとじゃない。なにかしら)


 それらは墨汁の匂いをぷんぷんさせ、床にずらっと並んで書き物をしていた。クナは邪魔にならぬよう、音をひそめてほうきを使った。

 格子窓こうしまどからごおんごおん、夕餉ゆうげの刻を告げる鐘の音が流れてきても、クナは熱心に掃除を続けた。

 家では糸つむぎばかりさせられていた。ほかのこともしたいのに、つむぎ部屋に閉じ込められていた。だから体を動かすことが、心地よくてならなかったのだ。


「ま、まだやっておるのかえ?!」 

 

 様子を見にきた上臘じょうろうさまにびっくりされて、クナはようやくハッと手を止めた。


「そんなに掃除が好きとは……」

「あの、あしたもしたいです! させてくださいっ」

「そ、そうか。ならば、そうしたらよいわ」 


 そのようなわけで、次の日も、また次の日も、そのまた次の日も。クナは昼からひたすら掃除をした。

 下層四階や下層五階。各階二箇所にある階段。厨房ちゅうぼう前の廊下などなど。指示されたところを、鐘が鳴るまできれいにし続けた。

 体はくたくた。だがよく眠れるし、心は日増しに活き活き、明るくなっていくように感じた。

 楽しみができたことが大きいかもしれない。

 最近、午後が更けると、鬼火がそうっとお菓子を届けに来る。もち落雁らくがん団子だんごなど、毎日持ってくるものがちがう。しばし休憩してそれを食べると、なんだかとても幸せな気分になる。喉の奥からこみあげてきそうな哀しい気持ちが、すうっとひっこむのだった。

 

じょうろう・・・・・さま。きょうは、どこをきれいにしたらいいですか?」

「では……下層六階を」


 修行を始めて二週間。

 いまだ黒髪の柱国さまは、戦地にいて帰ってこない。

 その日もクナは、にこにこ顔で掃除し始めた。

 

(きょうのおかしはなにかしら)


 楽しい想像をしつつ、ほうきを小気味良く鳴らす。しかし今までの階とはちがい、この階はずいぶんほこりがたまっている。だれの気配も、調度品もほとんどない。空き階なのかと思ったら。

 奥部屋に進むと、びぃんびぃんと、何かの楽器の音色が流れてきた。

 

(わあ、きれいなおと!)


 奥の方で、誰かが奏でているらしい。短く強く、一音一音が尖っている。

 クナは鍵のかかっていない部屋を次々と掃除して、音がするところへ近づいた。


「ごめんくださいませ」

 

 扉をこつこつ叩けばひとこと、「おはいりやす」。

 しかし弾ける音色は止まらない。

 

「おそうじを、させてください」

 

 足を踏み入れるなり、ほのかにあまさびた香りが鼻をくすぐった。なんだかものさびしく、わびしいような。懐かしいものに会ったような。そんな気持ちにさせられるような香りが、部屋に染み出している。香炉でお香をたいているようだ。

 びぃんびぃん。楽器を鳴らす人は、熱心に何かの楽器を爪弾つまびいている。

 

(このひとは、たぶんにんげんだわ。それも、おんなのひと) 


 この美音に触れたら、糸はふるえるだろうか。おそろしくてふしぎな、あの気配は降りてくるだろうか。

 クナは音色に合わせて、きゅっきゅと窓を磨き上げた。

 きれい。

 きれい。

 なんと美しい音だろう……。


 



「おや、本日も二ノ奥様は、正奥さまに召されましたか」

 

 頭上の大鏡から妙なる音が響いてきたので、書きものをしていたアオビは、蒼い炎まとう顔を上げた。

 すべらかな銀面に映るは、几帳きちょう連なる黒檀こくたんゆか。松の間だ。アオビの大鏡は、この部屋にお住まいであられるご正室、レイ姫の大鏡と常時繋がれている。

 音色の創り主は、長い黄金の髪をに垂らす貴婦人。二ノ奥さまで、垂れ下がる御簾みすの前にお座りになり、琵琶びわを奏でている。

 あでやかな色の頭髪とはうらはらに、二ノ奥さまのいつごろもは「すすき」のかさね。内から薄青、青、蘇芳すおうの匂い。濃さの違う蘇芳すおうをかさねた、渋い色合いの装いである。


「竹の間の姫よ。もう一曲続けりゃれ」

「御意」


 御簾みすの向こうにおわす人に命じられた金髪の夫人は、終音を弾かずに演奏を続けた。

 弦をはじく手は白魚しらうおのよう。その手にふさわしく、顔はきりりと細長い。秀眉の下には切れ長の眼が光っており、まるで狐を思わせる面立ちである。そのするどい眼は時折、部屋のすみにある香炉を刺している。部屋にたちこめる、麝香じゃこうまじりの濃ゆい香りが気に入らないようだ。


「竹の間の姫よ。しろがねいろのイナカ・ムスメ……正しく、田舎娘であったわ」


 御簾みすの向こうにおわす人が、どっとため息をつく。脇息きょうそくに片ひじを置き、困った様子で頬杖をついている。


「さようであらしゃいますなぁ」

「むっ?」


琵琶びわを奏でる夫人がうなずいたので、青い畳に鎮座する御簾みす向こうの姿が、ずいと前に迫った。ほんのりその御方の衣が見える。内は白く表は漆黒。まるで喪服のような、黒の薄様うすようだ。


「竹の間のジン姫。おぬしもあの娘にうたのか?」

「いえ。正奥さまほど、うちはひまやあらしません。使つかが見かけましてございます」


 琵琶びわをはじく夫人はしれっと答えた。


「うちの琵琶びわの弦の具合を確かめておりましたら、部屋に入ってきまして。突然音に合わせて、くるくる舞い出しはったそうですわ」

「はぁ?! なんじゃそれは。巫女舞か?」

「いえ。まるで仔狗こいぬが自分の尻尾を追いかけるような。実にけったいな舞やったそうで」

仔狗こいぬ……あああ……あの子はな、すぐに鼻をくんくんさせるのじゃ。しかも毎日嬉々として下女の仕事をやりおる。実に……実に正しく、田舎娘なのじゃ」

 

 御簾みす向こうの人ががっくりうなだれる。琵琶びわをはじく夫人はびぃんと、ひとつ大きく弦を弾いて、ひたと手を止めた。


「なれども。まごうことなく、竜蝶であらしゃる」

「そうじゃ。しかもまったく自覚がない」

「あら」


 琵琶を持つ夫人は狐目をひそめた。それはますますけったいなと、口に蘇芳すおう色の袖を当てる。


「あの娘、自分の髪が何色なのかも知らなかったわ。親が隠しておったようじゃ。目が見えぬのをこれ幸いに、世間一般、普通の庶民と変わらぬものじゃと、教えておったようじゃ」 

「変わらぬもなにも。涙は甘いし、塩基の数からして……」

「教えてやった方がよいのであろうが、わらわの口からはよう言えぬ。あの生き物の末路はひどいものぞ。とぎをさせられ繭糸まゆいとをとられ。最後は肉や骨をすりつぶされる……」


 御簾みすの向こうから大きなため息がひとつ。琵琶びわ持つ婦人は、袖を当てた口の中でつぶやいた。


「意外にお優しいんどすなぁ」

「なんじゃと?」

「いえ。我が君は、もしやあの娘を、天子さまに差し上げるかもしれまへんな」

「その可能性は大いにあろう。我が君があの子を捧げれば、さらなる勲位をいただけよう。この家は安泰じゃ。しかし……しかしな、この家から後宮に入れるのがアレでは、こっぱずかしいどころではなかろ? ぶっちゃけ、おいえの恥じゃ」 

「たしかに。竜蝶は繭糸まゆいとをとるまでは、幾年も愛でて飼育されるもの。長いこと、宮中で暮らしはることになりますなぁ。しつけもなにもなってないのでは、そらもう、恥ずかしゅうてたまりまへんなぁ。ああ、それでおん自ら仕込みを? あらまぁ、うちはてっきり、正奥さまは自称月の娘をけちょんけちょんにしはるべく、直々にお会いにならはったのかと」

 

 くつくつ。狐目の夫人は袖の中に笑いを仕込み、切れ長の眼を弓なりの糸にした。


「嫌やわぁ、うちときたら。正奥さまがひまつぶしに側室いじめしはるなんて。なんて幼稚な想像しますのやろ」

「ほ、ほほ。そんなひまくさいことなぞ、考えぬわ。ほほ。ほほ」 


 黒の薄様うすようの御方は、せわしなく扇を仰ぎ始めた。なにやら冷や汗を飛ばしているようでもあるし、狐目の夫人の方に、匂いを押し戻しているような手ぶりでもある。狐目の夫人の、すすきいつごろもから立ちのぼるびた香気が、お気に召さないようだ。


「にしても、臭い。侍従じじゅうのお香は臭い。実にババ臭いのう」

 

 すると狐目の夫人は楚々と袖で鼻を隠し、部屋のすみにある香炉を睨んだ。


菊花きっかのお香の濃ゆさにくらぶれば、実に清々しいものやないですか?」


 扇がとまる。御簾みすを通してばちりと二人の夫人の視線がかち合い、沈黙が広がる。


「……」

「……」

「……」

「……」


 しかしてその恐怖の緊張の間は、数拍も続かなかった。


――『お、おそれながら奥さま方! 急報にて、ご無礼つかまつります!』


 正室、レイ姫の背後に立てられている大鏡から、うわんうわん。鬼火の声がけたたましく鳴り響いた。

 正室と第二室のやりとりをはらはら見守っていたアオビのもとに、朱衆あけのしゅうが仕切る司令室から、恐ろしい知らせがとびこんできたのだった。

 

『司令室より伝信! 第十都護府とごふ、全拠点陥落! 不知火しらぬい針峰しんほう軍団、および火龍と地龍、魔道帝国軍に撃破さる! 属国「西郷」が、奪われました! 我がすめらの軍団は潰走! 魔道帝国軍、この黒の塔が守る国境線に迫っております!』 

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