第3話 ショッピングモール

 一列縦隊になった子猫たちがトコトコとキサラの足元へやってきて、その周りをくるりと円を描いてまわり、また一列縦隊で離れていった。


「やーん、可愛いのぉ」


 膝から崩れ落ちた猫耳少女を眺めて、私は仏頂面である。


 私の感覚では、猫も偽猫種フェーリカと似たようなものだった。偽猫種フェーリカの増加と猫の繁栄にはあきらかに相関がある。


「ほら、もう行こうよ」


 詳しいメカニズムが解明されたわけではない。はっきりしたことは言えないものの、この世界を偽猫種フェーリカだらけにした黒幕は一見して無害な猫たちなのかもしれないではないか。


 子猫たちの方に笑顔で手を振るキサラを目の端で眺めながら、強烈な日差しを手でさえぎった。


 郊外のショッピングモール。

 だだっぴろい駐車場にミニを停め、私たちは終末のショッピングとしゃれ込もうとしていた。


「にゃーん」


 子猫への別れの挨拶らしきものを口にしながら、キサラは歩き出した私の後をちょこちょこと追いかけてくる。




 モールのエントランスに足を踏み入れると、がらんとした空間に迎え入れられた。


 メインの照明は落ちている。陽光に舞うホコリが寂しげに揺れていた。

 人っ子一人、いないのは当然として、偽猫種フェーリカの気配もまばらだ。


 人の住まない都市は、どれだけのスピードで廃墟へと近づいていくのだろう?


「わーい!」


 一抹の寂しさをおぼえた私を尻目に、テンションの上がったキサラは駆け出している。

 たった二人の逃避行。世界全体から無視されてしまったかのような感覚は私だけのものだったろうか。


「早く早く!」


「コケるなよー」


 止まりっぱなしのエスカレーターを駆け上がるせっかちなお姫様へと声を投げて、私も後につづいた。




「じゃーん、どうかな?」


 勢いよく開いたカーテンから、着飾ったキサラが登場する。


「うんうん、いいんじゃないの」


「そこはほらぁ、『よくお似合いですよ』とか言うところじゃないの?」


「私はカリスマ店員じゃないからさ」


 眉をつり上げてそう言う私に、


「あたしはミツキに「可愛いよ」って言って欲しいの!」


「可愛いよ」


「もおーう!」


 ぷんすかと怒りだした猫耳少女は、たしかに愛らしい。純白のサマードレスに身を包んで、腕組みをしてこちらを睨み付けている。

 そんな仕草も可愛らしくて、もっとからかってみたい気もするけれど、あまりに機嫌を損ねてもよろしくない。


「あっははは、うそうそ。本当に可愛いって」


 アパレルショップの試着コーナーで、プチファッションショーを開催中の私たちである。

 偽猫種フェーリカの店員さんには無断で拝借した商品を山ほど用意して、順々にキサラに着せていく。


「つぎはね…………ミツキの番だよ!」


「えっ、私はいいって……」


「そうは行かないですぅ~!」


 飛びついてきたキサラをかわせずに、私は仰向けに倒れ込んだ。


「こんのぉ~」


「あはは! ごめんなさい!」


「許さん、裸にむいてやるぞ!」


「キャッ……ごめん! ごめんってばあ! あはは!」


 じゃれあう私たちを止める人間はおらず、偽猫種フェーリカの店員さんは不思議そうにこちらを眺めて小首をかしげるだけだった。




 この世で最後の人類である私たちであってみれば、シネコンを貸し切るくらいの贅沢は許されても良さそうだ。

 そういう結論に達した私たちは、二人きりの映画デートを画策した。


 ポップコーン・ベンダーを自力で動かしてゲットしたポップコーンを片手に、一番大きなスクリーンを選んでエグゼクティブシートを確保する。

 上映機材の操作もなんということはなく、かつて話題だった恋愛映画をピックアップして単独上映。

 いいではないか。こんな時だからこその恋愛映画。


 キサラの猫耳が時折ピクンと跳ねるのが視界の隅に映る。

 沈黙がこころよい。

 真剣に映画に見入るキサラの横顔をちらりと眺めた。桃色に紅潮した頬が私を幸福な気持ちにする。

 隣の席に手を伸ばし、キサラの手にそっと触れた。一瞬、控えめに手を引いたキサラだったけれど、私がなおも手を伸ばして握ると嫌がりはしなかった。

 あくまでリラックスして、私は映画を楽しんだ。


 銀幕にちらつく甘い幻想が過ぎ去って、スタッフロールが流れて、そしてしばらくしてから。

 はぁ、と幸せそうなため息をついたキサラはひとこと、こう言った。


「ねぇ、ミツキ…………好きだよ」


「私も」


 沈黙の映画館にただ二人きり、流れる空気はやわらかだった。


 それからキサラはぽつりとつぶやいた。私の期待した甘い声ではなかった。


「夢を見たの」


 瞬間、私の身体がびくりと反応して、硬くこわばった。


「夜明けの夢。

 ほんとうの夜明けだと思う――」

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