仕事は順調です
魔道灯の根本的なメンテナンスを私はフレアを補助する形で行った。
「へえ、点灯師なのに、随分、手際が良いわね」
彼女は、魔力を失った星砂を除去していた私の手元をみて、ニコリと褒めてくれた。
「私の母は、星砂の職人でしたから。もっとも、魔力は父に似て、加工業より、点灯師向きだったので」
「お父さんは、点灯師だったの?」
「ええ。軍で点灯師をしていました。もう、二人とも亡くなっていますけど」
「そう……ごめんなさいね」
フレアはそう言って、口をつぐみ、ふぅっと息を吐いた。
「でも、腕の良いご両親だったのね。あなたを見れば、よくわかるわ」
彼女は言いながら、新しい星砂を丁寧に魔道灯に詰めていく。
「あなたの見立て通り、各部品が魔力切れをおこしているから。主に、こっちの部分に魔力をなじませてあげて」
彼女はそう言って、解体した魔道灯をもう一度組み上げた。
「ところで……アービンとはどうやって知り合ったの?」
フレアは、大きな青い瞳で私を凝視する。
なんとなく、追い詰められた気分になって、私は後ずさりした。
「あ、と。国会議事堂で、仕事しているときです」
「へえ」フレアは私をジロジロみて、ぷっと噴き出した。
「仕事中にナンパされたの?」
「え? ち、違いますよ。私の失敗をフォローして下さっただけです」
私は慌ててそう言った。そもそもあれは、事故だ。それにあの時、話したことといえば、私が一方的に謝罪しただけである。
「わかった。ナンパしたら、あなたが逃げた。そういうことね」
フレアは私の話を聞かずにそう言って、ふむと頷いた。
「リムさん、お化粧とかあまりしていないから地味っぽいけど、すごく綺麗で、スタイルもいいものねえ。元老院のスケベジジイたちに、つきまとわれたりしない?」
くすくすとフレアは笑う。言われた意味がわからない。
「はい? そんな事、言われたこともないですよ?」
「えーっ。そっか。ジジイは、服装と身分でしか女を見ないのね。もっとも、そんなジジイに下手に興味持たれたら、強引に手籠めにされて、妾にされちゃうか。何もなくて良かったわ」
何か物凄いことを言われている気がする。私の顔は、今、ひきつっていると思う。
「まあ、アービン相手に逃げるあなただから、今まで何事もなく済んでいたのだと思うけど」
「フレアさん。私、話が全く見えないのですけれども」
私がそう言うと、フレアはニヤリと笑った。
「アービンって、今まで女に興味がないみたいな雰囲気があったけど、意外と『狩人』タイプだったのね。人は見かけによらないわ」
フレアは納得したように頷くと、私の肩をポンポンと叩いたのだった。
翌日の昼。
私は泊まり込みを願い出て、作業を始めたものの、作業時間は、六時間おきに、ほんの数十分。すごく暇である。
デュラーヌ家が用意してくれた『着替え』は、普段に着るとは思えない素敵なドレスと、昨日、フレアが着ていた魔道灯職人がよく着る上下つなぎの作業服。それから、なぜだかスケ感満載のエロティックなネグリジェだった。
──着替え、とってこようかなあ。
現状、ヒマ過ぎる。私は、職人用のつなぎを着て、大きく伸びをした。別にこれに不満は全くないが、何もしていないのは申し訳ない気持ちになるし、ネグリジェについてはさすがに『なんか違うだろう』と思う。
──それにしても、困った。
点灯師というのは、目立ってはいけない。しかし、あらかじめ『点灯』するならともかく、『永久の輝き』を灯すこと自体が趣旨であるならば、衆目の中、作業しなければならない。
私は、注目を浴びることになれていない。国賓を呼ぶような席で失敗したら、私が恥をかくだけですまないのだ。
「リム様。よろしいですか?」
お仕着せを着た可愛らしい昨日の女中さんが、作業部屋に入ってきた。
「夜会用のお洋服のお直しをしたいので、少々、採寸をさせていただこうかと」
「あ、はい」
そういえば、アービンが、三つ揃いって言っていたなあと思う。
寝室に入り、紺地のシンプルなドレスを着せられた。デザインはシンプルだけど、布はとても上等で、肌触りが触ったことがないほど滑らかだ。
「あら。お胸が少々キツイですね。腰は、このまま。丈は少し短めかしら」
彼女はそう言って、待ち針をうったり、メモを取ったりした。
「あの? この服は?」
「若奥様が点灯師の時代に着られたものですわ。リム様の夜会用のドレスにと、若奥様からのプレゼントですの」
「若奥様? プレゼント?」
私が首を傾げると、女中さんはニコリと笑った。
「リュゼルトさまの奥方のヴェラさまですわ。本当、ご兄弟って似ているのですわね」
「アービンさんのお兄様の奥さまは、点灯師だったのですか」
何が似ているのかはわからなかったが、自前のドレスなんて持っていない私にとっては有難い話である。
よく考えたら、今回、私は衆目を浴びるのだ。デュラーヌ商会としても、おかしな格好はさせられないに違いない。
この件に関しては、遠慮せず、有難く受けるべきだろう。
「そうですわ。若奥様も、『永久の輝き』をお灯しになられましたのよ」
「そうなのですか」
私が頷くと。
「デュラーヌ家の伝統でございますから」
彼女は意味ありげに、そう言った。
魔道灯に力を注ぐ。不思議なことに、魔道灯に触れると、アービンの温もりを身体に感じてしまう。魔光石のせいだろうか。そして、唇の感触を思い出し、胸の動悸が激しくなる。
私は、どこかおかしいのかもしれない。
「どうだい? 魔道灯は」
突然、声をかけられ、ドキリとする。振り返ると、アービンが優しく私を覗きこんでいた。
ちょっと、距離が近い。息づかいを感じそうだ。
明日は、夜会である。今日はもう既に、リュゼルト夫妻は、迎賓館の方にいて準備中で、アービンは夜会に向けて、各所を調整中だと聞いていた。
「大丈夫です。何とかなると思います。ご心配をおかけしてすみません」
忙しい中、私が心配で様子を見に来たのであろう。そんなに頼りないなら、私より優秀な人を雇えばいいのに、とちょっと思う。思うけれど……顔を見て、嬉しいと思う自分に戸惑った。
「心配ではないけど。君ならできると思う……俺はただ、その……」
アービンが何かを言いかけたのだが、「アービン様、お時間ですよ」と扉の向こうで執事のフィリップが声をかけたので、彼は大きくため息をついた。
「あの、明日は、私、どのように動けばよろしいのですか?」
慌てて、私は問いかける。
「魔道灯と一緒に迎賓館に来てくれ。仕事の内容は、点灯師のルッカスに説明させる」
アービンはそれだけ言うと、慌ただしく部屋から出て行った。
「仕事……」
その言葉は、なんとなく寂しくて。寂しいと思う自分の心を振り払い、私は再び、魔力を注ぎ始めた。
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