永久の輝き

 用意が出来た、と、案内されたのは、屋敷の敷地内にある『離れ』であった。

 執事であるフィリップの話では、アービンは『離れ』で主に生活しているらしい。本宅にはアービンの兄であるリュゼルト氏夫妻が住んでいて、兄弟仲は悪くはないが、一応、兄夫婦に遠慮をしての別居だそうだ。

 グラード氏は、なんとこの敷地内でない別宅に住んでいるとか。もう金持ちの世界はわからない。どれだけたくさん家があるのやら、と、めまいがしてくる。

「こちらのお部屋は寝室としてお使いください」

 案内された部屋はとても広く、天蓋こそついていないものの、物凄く広いベッドが据えられていた。ほぼ私の住んでいる部屋くらいの大きさのベッド。そして、清潔なシーツ。完全に『お客様』待遇である。

「……こんなに立派なお部屋じゃなくてもいいのですが」

 それこそ、毛布さえ借りられれば、魔道灯と一緒に倉庫で寝てもかまわないのだ。正直にそう言うと、フィリップは苦笑した。

「そんなことをしたら、アービンさまにしかられます」

「でも、私はお客様ではありませんし」

 私がそう言うと、フィリップは私の顔を見なおして、それからそっと首を振った。

「アービンさまからは、リム様にご不自由がないようにと仰せつかっておりますので」

 フィリップは優しくそう言って、隣りの部屋の扉を開く。

 広い板張りの部屋に、作業用の机と椅子。ソファが一脚おいてあり、油を使うランプの他にも、作業台を照らすために魔道灯も置かれていた。

「こちらに、リム様がお食事の間に例の魔道灯をお運びします。作業はこちらでなさってください」

「あの……あの魔道灯って、どんな曰くがあるものなのですか?」

 私は、部屋に置かれた作業台の道具を確かめながら、フィリップにたずねた。

「あれは、グラードさまのお父上、つまり先々代が、ご婚儀の折に奥さまにと買い求めた品でございます。もともとは、プラームド帝国の貴族が、妃を迎えるにあたり作らせた『永久とわの輝き』という魔道灯でして」

「永久の輝き――」

 私は言葉を失う。名前が付いているなんて。思った以上にすごい品なのだ。

「それにしても……接待はもう少し前から決まっていたと思うのですが、随分、急ですね」

 少なくとも、ひと月前くらいまえには決定していたはずだ。昨日や今日に買い求めた品であったならわかるが、随分前からこの家にあったのであれば、メンテナンスももう少し早くできたはずである。

「そのことに関しましては、アービン様から直接お聞きになられてください。私ではお応えしかねます」

 フィリップはそう言って、慇懃に礼をした。



 次に案内されたのは、広い食堂だった。フィリップの話では、本宅に比べれば随分と小さいらしいが、庶民としては『嫌味か?』と思うほど広い。

「こちらへ」

 フィリップに椅子をひかれ、アービンと向かい合わせに座る。アービンは、白いシャツをラフに着崩している。

「多少、遅くなって、すまない。食事にしよう」

 ニコリと、アービンは笑う。何事もなかったかのような笑顔だ。

 なんだか私だけがドキドキして意識しているのが、いけないコトのような気がしてくる。

「魚介のスープでございます」

 いかにも高級なお皿で香しいかおりのする料理が運ばれてきた。お仕着せを着た女中さんが、そっと私の前へ置く。お仕着せといっても、さすがにデュラーヌ家。私の『点灯師』の制服より、仕立てが高級で、しかも可愛い。しかも女中さん自身も可愛い。雇用条件にきっと容姿端麗って項目があるのだろうなあ、と、つい彼女を目で追いながら思った。

「どうかしたの?」

 アービンの声に、私は我に返った。

「あ、えっと――か、可愛い女中さんの制服だなあって思いまして」

「着てみる?」

 くすっとアービンは笑った。

「え?」私は、ドギマギして、「わ、私が着ても似合いませんから」と慌てて答えた。

「そうかな。ああ、でも、リムはもっと大人っぽいデザインの方が似合いそうだ」

 私の方を柔らかい視線で見ながら、アービンにそう言われ、私はドキリとする。

「夜会まで時間がないから……リム用にデザインするのは無理なのが残念だ」

「デザイン? なんのことです?」

 私が首を傾げると、

「点灯師の夜会服だよ。一応、公的行事ではあるけれど、国家公務員の制服そのままで参加させるわけにはいかないから」

「これ、ダメなのですか?」

 私は、自分の服を見る。点灯師の制服は、基本『男女兼用』である。従って、白のシャツと紺地のズボンというスタイルなのである。

「他の点灯師さんはどんな服装なのですか?」

「紺地の三つ揃いだ。でも、リムは女性だから」

 そう言ったアービンの視線が、私の胸元に向けられている気がして、つい腕で胸元を隠すと、アービンは慌てたように料理の皿へと視線を落とした。

「とりあえず、食べよう……冷めないうちに」

「は、はい」

 アービンに促され、私はスプーンを手にする。

「美味しい」

 味付けはいたってシンプルな塩味のスープ。ラセイトスで最もポピュラーな料理であるが、中に入っている魚介がさりげに豪華だ。正直、何が入っているのかわからないくらい、具だくさんである。

 思わず本気食いしてしまいそうだ。でも……。

「あの……私、お客様じゃないのに。こんなご馳走を頂いてよろしいのでしょうか」

 つい、不安になってしまい、私は、食事の手を止める。

「そもそも、なぜ、私なのですか? デュラーヌ家なら、もっと優秀な魔術師を雇うことができるでしょうに」

 私の言葉に、アービンは黙って私を見つめている。

「それに……『永久の輝き』にしても。もっと早く準備ができたと思うのですが」

 アービンは、ふんわりとした優しい笑みを浮かべた。

「『永久の輝き』は、君を雇うための口実だ。最初は、使う予定はなかった」

 ふうっと、息を吐く。

「話がしたかった。こうでもしないと、また逃げられると思ったンだ」

 アービンは苦笑いを浮かべる。

「初めてだった。名前を名乗って、女性に逃げられたのは」

 ああ、なるほど。と、私は思った。このひとは、女性に追っかけられることはあっても、逃げられることにはなれていない。きっと、私が珍しかったのだろう。

「君は謝ってばかりで、俺に怯えていた。本当なら、俺の方が謝罪すべきなのに」

「いいえ。あれは、私が一方的に悪いのですから」

 勝手に滑って転んで、倒れ込んだのだ。アービンに非はない。本当に、機嫌の悪い相手だったら、職を失っていたかもしれないのだ。

「悪いも何も、男の俺は『得した』で済むけど、女の君はそうでもないだろう?」

 アービンはそう言って、少しだけ顔を赤らめる。モテそうなのに、随分と誠実な人なのだな、と思った。

「あれは事故ですから……損得とか、そういう問題でもないかと」

 私は首を振った。

「少なくとも、俺は、得をしたと思った……それなのに、君に一方的に謝罪させた。ごめん」

 アービンはそっと頭を下げる。

「でも……『永久の輝き』を使うと決めた以上、後には引けない。それも、含めて、謝罪しておきたい」

 使われていなかった魔道灯を使うということが、それほどに手間がかかるとは、彼は思っていなかったらしい。

「謝罪だなんて……」

 私は戸惑う。謝罪の為に呼んだのは理解できたけど。では、なぜ、彼はキスなんてしたのだろう。あのキスの意味はいったいなんだったのだろうと思うが、言葉には出来なくて。

「『永久の輝き』は我がデュラーヌ家にとって特別だから」

 ポツリ、と、アービンが呟いた言葉の意味を、私はあまり理解していなかった。



 食事が終わると、星砂の用意が出来た、とフィリップが告げた。

 さすがに、デュラーヌ商会の主力商品である。普通は、そう簡単に手に入らないものなのに。作業用の部屋に、案内されると、一人の女性が待っていた。年齢は、アービンと同じくらい。服装は職人風。金色の髪に、青い瞳。オシャレはあまりしていないけど、ハッとするほど綺麗な女性だ。

「やあ、フレア」

「フレアじゃないわよ、アービン。こんな夜に突然呼び出して」

 ムッとしたように、女性は口をとがらせる。

「悪い。君しか頼めなくってさ」

 親しげに答えて、首をすくめるアービンに、私の胸が、なんだかキュンと冷えた。

「はあい。えっと、あなたが、噂のリムさんね」

 じろりと上から下まで品定めするかのように、彼女は私を見た。

「私は、フレア・ルース。デュラーヌの専属魔術師。主に魔道灯を作っている職人よ」

「り、リム・スタルジアです」

 私は慌てて頭を下げた。彼女は、アービンに視線を向け、ニヤリと笑った。

「なるほどね……ザーンじゃなくて、私が呼ばれたわけは、よくわかったわ」

「ザーン?」

 私が首を傾げると、「余計な話はやめろ」とアービンはフレアを睨みつけた。

「では、さっそく、魔道灯にとりかかりましょうね」

 彼女はそう言って、大きなカバンを広げる。さまざまな道具がざっと開いた。

「さて、と。アービン、あんた、自分の用意をしなさいよね」

「わかっている。用意が出来たら言ってくれ」

 アービンはそう言って、ソファに座った。

「アービンさんの用意って?」

 フレアは私の言葉を聞きながら、手際よく魔道灯を解体していく。

 私自身もメンテナンスで解体することはあるが、さすが彼女はその道のプロである。動きに無駄がなく、しかも丁寧で、思わず見惚れた。

「あ、見つけた見つけた」

 彼女はそう言って、魔道灯のランプシェードの裏に貼り付けられていた小さな透き通った宝玉を取り出した。

「魔光石(まこうせき)?」

 私は驚いた。魔光石というのは、光をあてると幻影を映し出すもので、とても貴重なものだ。

「そうよ。この魔光石を動かすには……男性の血液が必要なの」

「血液?」

 私は、息をのむ。フレアはそう言って、アービンを見た。

「ま。本来、接待なんかで使うもんじゃないのよね」

「うるさいな。いいだろう、別に」

 アービンはそう言って、首をすくめた。

「量は?」

「一滴でいいわよ。呪いじゃないんだから」

 フレアがそういうと、アービンは指に刃物を押し当てた。切り傷から血がぽとりと垂れ、魔光石の上に落ちた。瞬間、魔光石が赤く発光した。

 そして、透明だった石が、透き通った赤色に染まっていく。

「綺麗」

 発光は徐々に消えていったが、魔光石は、赤くきらめく宝玉へと変化した。

「わお。魔力が反応している。へえ。本当なのねえ」

 フレアはそう言って、私の肩を何故だか、ポンと叩いた。



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