出向命令がでました。

「リム・スタルジア、デュラーヌ商会から、名指しで依頼が来ているぞ」

 二日後の夕刻。

  議事堂の事務室に行くと、事務長から私は呼び出された。

「デュラーヌ商会?」

  私は顔が青くなる。アービンはそんなに怒っていたのだろうか。

「なんでも、今度、プラームド帝国の大臣をもてなすにあたり、点灯師がいるらしい」

 プラームド帝国というのはラセイトスの隣国。大国である。 国賓をもてなすのは、元老院の担当の人間が迎賓館で担うことになっている。ほぼ、大臣クラスが身銭を切る形で行われる『ご接待』であるから、豪商などが後援することは全然珍しいことではない。そして、当然、夜会なども開かれるから、点灯師を臨時に雇い入れるのは不思議ではないのだ。

「な、なぜに私?」

 びくりと私は震える。雇い入れられるのは不思議ではないが、私は指名されるほど有名ではない。そもそも、魔道ギルドに頼めば、私より腕が上の魔術師はたくさんいるのだ。

「デュラーヌ商会の副支配人がこの事務局に来て、お前さんの手際の良さが気にいったから、ぜひって」

「しかし……職務規定が」

 私はこれでも国家公務員である。勝手にほかの仕事を請け負っていい立場ではない。

「あ、それも昨日話したら、今日になったら書類をもってきてさ」

 事務長は苦笑しながら私に管理部からの国賓接待業務への出向命令書を渡した。私は書類を確認して首をすくめる。

 書類は完璧である。こうまでして、私を指名する意味がわからない。

「いや、しかし、俺も長い事ここにいるけど、点灯師の名前を教えろと言われたのは初めてだった」

 ニヤリ、と事務長の口角が上がる。

「ま。リムちゃん。デュラーヌ商会に指名されるって、栄誉なことさ。がんばりな」

「は、はあ。しかし、私より腕のいい人間を紹介した方が……」

「リムちゃんの腕も、なかなかのものだよ……それに、ご指名の理由は、腕じゃないかも」

 ニコリ。事務長は、無責任に私に向かって微笑んだのだった。


 デュラーヌ商会はラセイトスでも有数の豪商だ。

 主に商っているのは、ラセイトスの名産品である『星砂ほしすな』である。この『星砂』は、魔道灯を作るのに必要な材料だ。星砂は海岸の砂浜の砂である『白砂しろすな』を、魔術師が加工することによって出来るもので、デュラーヌ商会はもともとたくさんの魔術士をその傘下に置いているはずなのである。

 もっとも、加工技術と点灯技術は確かに、微妙に違うものではあるのだけれど。

 私は魔道灯の灯りのともった石畳の賑やかな通りをぬけた。潮の香りが流れてくる。通りは、船乗りたちを相手にした食堂の喧騒に満ちていた。

 ちなみに、輸出されるものは『星砂』そのものより『魔道灯』の方が多い。魔道灯を作成するにも、技術を要する魔術師が必要で、ラセイトスは、そういった職人を手厚く保護しているから、国内外から職人が集まりやすいらしい。

 デュラーヌ家の屋敷は、港から少しだけ離れた丘の上にあった。振り返った港には、大型の船から洩れる灯りが見えた。

「あの……リム・スタルジアと申しますが」

 屋敷の呼び鈴を押すと、正装した執事さんが現れた。執事さんは、私を見ると、慇懃に頭を下げ、私を屋敷の中へといざなった。ところどころに掛けられている灯りは、魔道灯ではなく、油を使ったランプである。

「だんなさま、おみえになりました」

 執事さんが扉をノックすると、「入れ」という男性の声がした。

 ガチャリと扉が開く。私は、緊張のあまりに身体がこわばった。

「やあ、リム」

 扉のそばで、私を出迎えたのは、アービンだった。私は胸がドキリとする。

 緑色の瞳は優しげで、怒ってはいないように見える。というか、どちらかといえば、嬉しそうに見えて。私は何故だか頬が熱くなるのを意識した。

「あ、あの……」

 何か話さなければ、と思いながらも言葉に詰まっていると「アービン、早く中に入ってもらえ」という、男の声がした。

 部屋の奥のソファに、とてもダンディな老紳士が座っていた。アービンとどことなく、似ている。

 私は促されるままに部屋に入ったものの、私を面白そうに見つめる老紳士の視線に戸惑った。

「ほほう。とても愛らしいお嬢さんだ」

 ふむ、と老紳士は頷く。

 私は、既視感を感じて、老紳士を見つめた。髪は白く、端正な顔に年輪が刻まれていて、強固な意志の光を宿した瞳。口元には、立派な白いあごひげがあった。

「グラード・デュラーヌさま?」

 私は思わず声をあげる。彼こそはデュラーヌ商会を大商会へと育て上げた人物だ。現在は、息子たちに代替わりをして、隠居生活をしているというが、まだまだ政財界に影響をおよぼしている人物だ。世間の噂に無知、無関心の私でも彼は知っている。伝統はあったものの、パッとしなかったデュラーヌ商会がラセイトスの豪商になったのは、彼の手腕である。

「おや? わしを知っているのかね?」

「は、はい。お名前くらいは」

 私は緊張で身体が固まった。もちろん、私は仕事柄、大臣クラスの人間と会うことはある。でも、面と向かって『お話』などしない。こんなふうに有名人と『対話』することなど皆無なのだ。

「父さんは知っているくせに、俺は知らないンだ」

 憮然とした顔でアービンが私を睨んだ。なんだか居心地が突然悪くなった。

 グラードの名は知っているけれど、町で出会ったとしたら、たぶん私は気が付かない。ただ、それを正直に話したところで、居心地が改善するとは思えなかった。

「……すみません」

 私はおとなしく謝罪をする。

「アービン、妬くな。みっともない」

「父さん!」

 アービンは声を荒げた。

「図星か? すまないねえ、リムさん。コイツ、バカだから」

 グラードは面白そうにそう言った。よく趣旨が理解できないが、息子をからかっているらしい。

「あの……それで、何故、私を?」

 私はおそるおそる口を開いた。

「ご指名頂いたのは光栄でございますが、私は、ごく普通の点灯師にすぎません。もちろん仕事である以上は、全力を尽くすつもりではありますけれど」

 グラードは私の言葉に眉を寄せた。

「おい。アービン、お前、全然ダメじゃないか。大丈夫か?」

「……。」

 グラードに話を振られて、アービンは何故かうつむいた。

「リムさん、君がとても腕のいい点灯師さんだってことは調べてわかっている。国会議事堂の点灯師の中でも君の評判はとてもいい。仕事は丁寧だし、しかも職務に忠実で権力にすり寄ったりしない」

「はあ」

 グラードの言葉に、私は曖昧に頷いた。権力にすり寄らないのは、政治に無関心だからだし、下手にコネクションを持つと人間関係が面倒だからなのだが、せっかく褒めてもらっているのだから、黙っておくことにした。

「今回の国賓の接待は、正直に言えば、我が商会にとっても国外に名前を売るチャンスだ。うちが、星砂と魔道灯を主力商品にしているのはご存知だと思うが? だから、腕のいい点灯師の存在は絶対に欠かせないのだよ」

 グラードはそう言って、アービンに目で何かを促した。

「まずは、これを」

 アービンが部屋の奥から大きな魔道灯を持ってきた。十歳くらいの子供くらいの大きさはある代物だ。しかも、ずいぶん旧式である。

 魔道灯が権力の象徴である意味が強かった時代のもので、放つ光の色が変化するタイプのものだ。実用というよりは、装飾的な目的で作られている。とても丁寧に保管されていたらしい。ランプシェードには、魔術で何かが仕込まれているようだ。だが、残念ながら、長い間使われていなかったようで、魔力を感じない。

 魔道灯というのは、作成する時に星砂(ほしすな)という魔力を帯びた砂を使う。その砂に『魔力』を付与してやると魔道灯は光を灯すというしくみなのだが、星砂の魔力は少しずつ消費されていくのだ。

「随分と、年代物ですね」

「これは我がデュラーヌ家に伝わる、いわゆるアンティークだ」

「すごいです」

 パッと見た目の意匠が凝っているだけではない。中に仕組まれた魔術も超一流のものだ。

「これを君に点灯してほしい」

 グラードの言葉に、私はビクリとした。

「で、でも。まず、星砂を補充しないと。それに、これは点灯師の力量で光量とか色彩とか変わってしまうタイプです。私より、もっと腕の良い魔術師のほうが……」

「ダメだ」

 アービンが有無を言わさぬ口調でそう言った。

「君に灯してもらうことに決めた」

「私、別に特殊能力とか、持っていませんよ? ごくごくフツーのただの点灯師ですから」

 私は、首を傾げた。そもそも、なぜ、自分がここに呼ばれたのかだって、謎だ。

「すまんな。君じゃないとダメだとアービンが言うんでね」

 グラードは謎の微笑みを浮かべた。

「接待は三日後。その日までに、必要なものは言ってくれ。当日、迎賓館で、これを灯すのが君の主な仕事だ」

 彼はそれだけ言って、挑戦的な目で私を見た。

「それとも、無理だと逃げ出すかい? 君もプロだろう?」

「……やります」

 私は、つい、頷いてしまった。

「それでいい」ニヤリとグラードがアービンに頷くように笑っていたことに、私は気が付いていなかった。


 プロ意識を刺激されて、つい反射で承諾してしまったが、件(くだん)の魔道灯は難敵である。

 私も魔道灯のメンテナンスの心得はあるが、こんな古風な高級品を取り扱ったことはない。

「あの。取りあえず、星砂と……できれば、魔道灯を作る職人さんを呼んでください」

 グラードが退出したのち、私は魔道灯をつぶさに観察して、アービンにそう言った。

「それから……時間が足りないので、私、泊まり込んでもよろしいですか?」

「泊まりこみ?」

「この魔道灯は、魔力が完全に一度切れています。星砂を変えても、魔道灯全体に魔力を少しなじませないと、たぶん灯りはともせません」

 私の言葉に、アービンは顔をしかめた。

「まさか……徹夜が必要なのか?」

「いえ、そこまでは。ただ、五、六時間おきにほんの少しずつ魔力を入れたいので、通うのはちょっとたいへんかなあと思いまして。ご無理なら、通いますが」

 私の言葉に、アービンは顎に手をやって、何事かを思案しているようだった。

「……わかった。すぐに手配しよう」

 アービンが頷いたので、私は「では」と、席を立つ。

「では?」

 扉に向かった私を、アービンが不思議そうに見た。

「えっと。手配していただいている間に、家に帰って荷物をとってこようかと」

「道具が必要なのか?」

「いえ。ただ、さすがに着替えは欲しいかなあと思いまして。お腹もすいたし」

 アービンがムッとしたような顔をした。

「飯も着替えも、こっちで手配する。こんな時間になってから、若い娘が出歩こうとするな」

「え? でも、この時間は点灯師にとっては、普通の勤務時間ですよ?」

 今日は、出向という形なので早めに勤務が終了したものの、私の仕事は、基本的には、普通の人と昼夜逆転している仕事だ。夜歩くということに、私は全く抵抗がない。

「しかし、何かあったら危ないだろう?」

「誰も私なんか襲いませんって」私がそういうと。

「本気で言っているとしたら、君はバカだ」

 アービンは肩をすくめた。呆れたように、私の方へと歩み寄ってきた。

「あ、でも。一応、護身用ぐらいの魔術はマスターしていますし」

 さすがに、不用心すぎると思われるのはどうかと思い、そう付け足した時には、私の肩はアービンに抱き寄せられた。

「え?」

 びっくりした私の顎に彼の右手がのび、グイッと顔が上に向けられ、私の唇に唇が押し当てられた。

「!」

 思わず逃げようとした私の頭と肩はアービンの左腕にしっかりと固定され、激しく唇を吸われた。

 息が苦しい。意味も解らない。頭がボーッとしてくる。ただ、嫌ではなかった。

「……男を少しは警戒するべきだ」

 私の身体を離すと、アービンはそう言った。

「手配をしてくる。少しここで待っていてくれ」

 茫然としている私に、何事もなかったように笑みを向け、アービンは部屋を出て行った。

 彼の唇の感触が、唇に残っていて。

 ――今のキス……注意喚起のための警告行為ってコトなの?

 だとしたら。そんなことをするアービンの意図が全くわからなくて。

 激しく動く心臓に手を当てながら、私は呆然と立ち尽くしていた。

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