第6話 明けの花(3)

「――では、こちらが登録用紙です」


 凍るカウンター越しに、アグリスは一枚の羊皮紙を手渡した。

 ざっと目を通し、イビルシャインは必要事項にペンを走らせる。

 記載されている概要は、名前や所有資格、希望するクラスに現在の年齢。


 一瞬、年齢の推定に手が止まるが、すぐに筆が動き出す。

 この世界で十八を表す字体を書き終えるとイビルシャインは、静かに息を吐いた。


「……書けたわ。これで良いのよね?」

「はい。お預かりしますね」


 インクの染みわたった羊皮紙を受け取り、アグリスはそれを丁寧に確認する。

 時折、羊皮紙から目の前にいるイビルシャインに目線が移り変わるが、すぐさま瞳は手に持っている登録用紙に下がった。

 時間にして一分ほどの時が経ち、アグリスはゆっくりと頷く。


「……確認終わりました。記入に問題はありません」

「そう。良かったわ」


 クスリと微笑するイビルシャインにアグリスも聖女が如き笑顔を見せる。


「では、後はギルドカードの発行と冒険者としての証の授与ですね。初めに、カードの方からお作りします」


 アグリスはその場から離れると、透き通った色が特徴的な液体が汲まれている透明の箱に羊皮紙を沈めた。

 液体は羊皮紙を全て飲み込むと、眩い光を放ちアグリスの顔を照らす。


「お待たせしました。こちらがギルドカードです。どうぞ」

「これが……」


 輝く液体にアグリスは手を突っ込み、中から一枚のカードを取り出した。

 硬質な作りをするそれをアグリスから受け取ると、イビルシャインは興味を持つかのように眺める。


 それは片手で収まる程度の大きさをした紫色の長方形のカードだった。

 アイリスが洞窟で見せてきた刻印も、たしか同色だとイビルシャインは記憶する。


「では、次に冒険者の証ですね。証は自分の持つクラスによりその形態が異なります。僧侶なら指輪。戦士ウォーリアなら首飾り。魔法使いウィザードの場合ですと、体のどこかに刻印を付けて頂くことになっています。勿論、刻印は魔法により付けられますので痛みはありません」

「どこでもいいのかしら?」

「はい。お好きな所で大丈夫ですよ。衣服の上からでも刻めますので」


 イビルシャインは一度考える。

 そういえば、アイリスは手の甲に刻印を付けていたな――。


「なら、ここにお願い」

「はい。承りました」


 右手の甲を見せるイビルシャインにアグリスは頷くと、彼女の手に一枚の布を被せる。

 そして、布の上に先ほどの液体を数滴垂らす。

 やがて、被せた布が紫色の光彩を放つと、アグリスは慣れた手つきで彼女の手を覆うそれを取り上げた。


「お疲れ様です。これで作業は登録含めて完了となります」


 イビルシャインは特に何かをしたわけではないので疲れるということはないが、それでも形式上の労いは必要だろう。

 アグリスはどことなく作業的な口調で、されど表情は聖女の様に終わりを告げる。


「……刻印も紫なのね」

「はい。ギルドカードも証も冒険者の階級に沿った色になるので。ルーナの冒険者は紫が規定色になっています。なので、階級が昇格した際はギルドにてカードと証の更新がされます」


 じっくりと刻まれた印を眺める。

 ぼんやりとアイリスが言っていたことを思い出しながら。


「そういえば、私は見習いアプレンティス魔法使いウィザードっていうクラスなのかしら? 同じルーナ冒険者のアイリスがそうだったけど」


 そういえば洞窟でアイリスが自身のクラスを話したとき、魔法使いではなくそう表現していたと記憶する。

 ならば、クラスも冒険者階級同様に、何段階かの序列があるのだとイビルシャインは予想した。


「……基本、ルーナ階級の魔法使いウィザードは第一~第二流出魔法の数種類しか操れないので、見習いアプレンティス魔法使いウィザードというクラスからスタートになるのですが、えっと……い、イビルシャインさんの場合は既に第四流出まで使いこなせるので、星詠の魔法使いステラ・ウィザードと呼ばれるクラスですね。刻印の色は冒険者としての階級を表しますが、その形状はクラスの階級を示します。イビルシャインさんのクラスですと刻印は星の形ですね」

「ああ、確かに。言われるまで気が付かなかったけれど、あの子とは違う形ね」


 アイリスの刻印は薔薇を彷彿させる形状だったが、イビルシャインのそれは星――というよりは五芒星の形状だ。

 手の甲に描かれた紫の五芒星を妖艶に見つめながら口を開く。


「ちなみに、クラスの階級はどうすればあがるの?」

「それは簡単ですよ。第五流出魔法が扱えれば、一つ上に上がれます」

「ふうん。なるほどね」


 聞きたいこと――冒険者の知識を手に入れ、同時に冒険者となったイビルシャインは、ちらりと、いくつもの羊皮紙が張られたボードに目線を向ける。


「依頼はあそこから選べばいいのかしら?」

「はい、そうなりますね」


 アグリスはイビルシャインと同様の位置に目線を向けると丁寧に肯定した。


「これで私も晴れて冒険者になれたのね」


 誰に言ったでもない言葉にアグリスは僅かに微笑み――。


「楽しい冒険者ライフを」


 ――ああ、どこかで似た台詞を聞いたことがある。


 そんなことを思いながら、イビルシャインは無垢な笑顔を浮かべた。


「ええ。楽しむわ。この世界で――」

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