第4話 明けの花

「エミューレ王国?」

「はい!」


 馬車に揺られて二人が辿り着いたのはエミューレ王国と呼ばれる王国の王都だった。

 四層からなる城壁を馬車が潜り抜ければ、イビルシャインの目に映る活気な街並み。

 人間は勿論、エルフやドワーフといった亜人の姿も見受けられる。


 エミューレ王国――三百年強の歴史を持つここは、約数十の属国を持ち、王都から少し離れた領土内には海が広がっているため漁業が盛んであり、様々な国に仕入れた魚介類を商人が売買している、商業的にも安定している国だ。


(よくもまあ、こうも世界観が典型的なRPGにありがちの中世ヨーロッパ風にしたわね。自分達で創っておきながら、賞賛ものだわ)


 流れる街並みや見かける人々を目視しながら思う。

 地球のゲームを題材にしただけあって、見事に異世界と呼べる世界観にこの世界は仕上がっていた。

 魔法をこの世の常識として科学の発展の代わりに取り入れたせいか、文明のレベルは地球よりも劣っているように見受けられたが、逆にこちらの世界の方が長期的な目で見れば、文明の進歩は革新的なものになるのではないかと思える。


 住人の衣服を観察すれば、着用しているそれは地球で言えばさしずめ、コスプレ衣装の様な物が多い。

 しかし、魔法を施された衣服であればサイズの変化や汚れに対するケアは、地球よりも便利なのだろう。

 例えば、魔法の衣服なら着用者の寸法に合わせてサイズが自動で変化するし、付着した汚れも浄化魔法で多少ではあるが洗浄してくれる。

 勿論、魔法の衣服は高価だが、それは地球でも同様。

 性能が良いものは高いのだ。


「あ、そろそろ着きますよ」


 異世界と地球の比較を楽しんでいたイビルシャインにアイリスの声がかかる。

 アイリスが指す方向に目を向ければ、一軒の酒場に思える建物がある。

 若干古びた外装からは、閉店間際の個人店を思わせる哀愁が漂っていた。


「本当にあそこが冒険者ギルドなの? 随分とボロボロな場所なのね」

「あははは。一応あれが味みたいなものですし」


 素直な感想にアイリスは思わず苦笑いする。

 結局、冒険者を始めとした様々な情報は、ギルドに行って聞いた方が分かり易いという理由で、詳しい話はアイリスから聞かなかった。

 唯一、道中彼女から聞いたことはこの世界の地理や世界情勢のみ。

 そのどれもがイビルシャインの認知しない知識であり、この世界を渡り歩くためには必要なものだった。


 しかし、地理に関してはやはり地図がなければ分かりづらいのだが、どうにもアイリス曰く、「ち、地図なんて高価な物、持っていませんよ!!」とのことなので、この世界では相応の地位や金がなければ入手は困難なのだろう。

 当面の目的は金銭を稼ぐことだとイビルシャインは判断するが、そのことに関しては冒険者ギルドで解決するとアイリスは言っていた。


「さあ、着きましたよ!」


 馬車から降りたアイリスは、嬉々とした様子でイビルシャインの手を引く。

 半ば強制的にアイリスから降りさせられたイビルシャインの表情は、若干の戸惑いを表している。

 そんな二人を微笑ましく見つめながら馬車を弾く男性はその場を後にした。


「では、ようこそ冒険者ギルド『明けの花』へ」


 アイリスは木製の扉を勢い良く開けて、繋いだイビルシャインの手を力強く引っ張る。

 この世界で初めて入った建築物の室内を支配していたのは、騒がしく雑音に近い活気の溢れた声に幾分かのアルコール臭だった。


「随分と賑やかなのね」

「はい! 朝から晩まで、晩から朝まで騒々しいです!」


 誇らしげなアイリスを横に室内を観察。

 酒場にも思える内装に、部屋の隅には紙が何十枚も貼られている掲示板らしきボード。

 広いカウンターには同じ衣服を着た男性の姿が数人と女性の姿が数十人。

 置かれている椅子に座り食事をする者もいれば、ボードの前で張り紙を眺める者、カウンターで女性と話す者と様々な者達がいる。


「見た目からは想像できない盛り上がりね」

「だから言ったじゃないですか。味ですって!」


 外装とは違う室内の雰囲気にイビルシャインは微笑し、その様子を見たアイリス得意げに笑う。


「ん? おお! アイリス帰ってきたのか!」


 突然、ギルドの入口付近で突っ立っていたアイリスを呼ぶ声が聞こえた。

 イビルシャインは今しがた聞こえた声の方向に目を向ける。

 瞳に映ったのは一人の少年がこちらに駆け寄ってくる姿。

 若干長い黒髪に整った顔立ち、白を基調とした布の衣服を着用しており、黒色のマントを羽織っている姿はさながら魔法使いに思えた。


「あ! タツヤさん!! ただいま!!」


 イビルシャインに遅れて数秒後、少年の姿を見たアイリスは元気よく手を振る。

 タツヤと呼ばれた少年は、そのまま二人の元へ来ると爽やかな笑顔を浮かべて――


「いやー。一人で行ったって聞いたから心配だったんだよ。昨日、冒険者になったばかりなのに、単独とか危ないだろ」


 何かに安堵したかのような表情を見せた。


「あははは。まあ、なんとか大丈夫でした」

「はぁ……。まあ、無事で何よりだ。ところで、その人は?」


 タツヤの視線がイビルシャインへ向く。

 黒色の瞳が彼女の真紅の瞳と見据える。

 イビルシャインはタツヤへ笑顔を向けると――。


「初めまして。私の名前はクローディア・イビルシャイン。気軽にイビルシャインと呼んでください」

「イビルシャインさんか……。俺の名前はタツヤ。カシワギ・タツヤ。皆からは、タツヤって呼ばれてるから、貴女もそう呼んでくれたら嬉しいかな」


 イビルシャインはその名前を聞き、静かに「へえ」と声を漏らす。

 カシワギ・タツヤ――そう名乗った少年にイビルシャインは心当たりがあった。

 いや、正確に言うのならば、彼の名に見当がある。


(その名前は確か……)

「え!? イビルシャインさんってフルネームは、クローディア・イビルシャインっていうんですか!!」


 思案するイビルシャインの隣で、アイリスが驚きの声を上げる。

 彼女にはイビルシャインという名しか、伝えていなかったことを思い出す。


「え~、私が知るより先にタツヤさんが知っちゃうって、なんかショック……」

「なんでだよ……。それより、イビルシャインさんはどうしてここに?」


 タツヤの言葉を聞き、思い出したかの様にアイリスが手を叩く。


「あ! そうですよ! イビルシャインさんは冒険者について聞きたいんですよね?」

「ええ。それで、何処で聞けばいいの?」

「なら、受付の方に聞いてみては? というより、冒険者のことを聞きたいって変わってますね。まあ、俺も最初はそうでしたけど」


 タツヤはカウンターへと指を向ける。


「あそこにいるのは、ここの受付嬢たちです。あの人たちはギルドの職員ですから、イビルシャインさんが聞きたいことは多分何でも答えられると思いますよ。あ、ちなみにやたらごつい顔した人たちは、このギルドの料理人たちです」

「随分、勇ましい料理人ね」

「あははは。でも、料理は凄く美味しいですよ! せっかくですし、何か食べますか!?」

「いいえ。先に聞かなきゃいけないことがあるから」


 イビルシャインが横に首を振ると、アイリスは残念そうにしゅんとした様子で小さく「そうですか」と答えた。


「ああ、そういえばやっぱりこれはあなたに上げるわ」


 ふと、何かを思い出したかのようにイビルシャインは腰に掛けていた弓――『遺物形成』の武具をアイリスへと差し出す。


「えっ? いや、それは……」


 突然の状況にたじろぐアイリスを余所にイビルシャインは続ける。


「ここまで親切にしてくれたお礼よ。それに、弓の使い方なんてしらないし」

「で、でも……」

「元々は、あなたが見つけた物なのだから。当たり前のように受け取りなさい」


 そこまで言って、アイリスはようやく武具をイビルシャインから受け取った。


「へえ、遺物形成の武具か」


 タツヤは特に珍しさを感じさせない物言いでそれを見る。


「あ、あのありがとうございます!!」


 勢い良く頭を下げるアイリスを手で制しながら――。


「こちらこそ、色々親切にありがとね」

「いえ! こちらこそ、洞窟では助けて下さってありがとうございました!」


 アイリスは一礼すると、本日何度目かの笑顔を見せる。

 軽やかに手を振ると、イビルシャインはカウンターへと向かった。


「……助けられたって?」

「あ、はい。まあ、ちょっと色々あって」


 アイリスは離れていく――といっても僅かな距離だが――イビルシャインの背を見ながら、洞窟での出来事を思い返す。


(すごい人だったなあ。イビルシャインさん、冒険者に……いや、私の師匠になったりしてくれないかなあ)


 アイリスはそんな希望と共に受け取った武具を力強く抱きしめた。

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