第3話 CALL OF EIVL(3)

 イビルシャインはある疑問を抱いていた。

 この洞窟にやってくる前に探知した魔力は複数――しかし、この場に着いたときに彼女が発見したのは、アイリスと野盗の二人のみ。

 感知した魔力の一つは、おそらくアイリスのものなのだろうが、野盗達からは魔力を探知できなかった。

 つまり、魔力を持つ者が別に、この洞窟にいると推測できる。


 アイリスがいた場所は、洞窟の入り口からあまり離れていない位置だったのだが、それを踏まえて考えると、この洞窟の奥に探知した複数の魔力の正体がいるのだろうとイビルシャインは考えた。

 しかし――。


「どうしました?」

「いえ、別に」


 少し後ろを歩くアイリスに目線を向ける。

 イビルシャインの視線に気が付いたアイリスは、穏やかな表情を返した。

 一見か弱い少女にしか思えないアイリスの姿。

 彼女を連れて洞窟の奥に進むのは、少し危険に感じるが、探知で見つけた魔力に後ろ髪を引かれる。

 

「ねえ。そういえば、あなたは、どうしてこんなところに?」

「あ、わたし、アイリス・リリアって言います! えっと、わたし、こう見えて一応冒険者をしていまして。あ! ちなみにクラスは見習いアプレンティス魔法使いウィザードで、冒険者階級は……まだ、ルーナです」

「……??」


 イビルシャインの認知していない情報が当たり前のように、アイリスの口から流れ出てくる。

 話の大半、というより彼女の名前以外全く理解ができなかったイビルシャインは、困惑の表情を浮かべ首をかしげる。


 試作世界B、もとい異世界の知識は最低限しか持たないが、こうも常識らしき話すら理解できないとは思わぬ発見だ。

 意気揚々と興奮気味に、アイリスは右手の甲を出し、イビルシャインへと見せつける。

 そこには、紫色の薔薇の様な模様を描いた刻印が刻まれていた。


「魔法の刻印……?」


 まじまじと刻印を見つめるイビルシャイン。

 先ほどのアイリスの話から推測するに、冒険者と呼ばれる職業の階級を表す証なのだろう。


「はい! この刻印は冒険者の証です!! って、こんなこと常識ですし知ってますよね。あははは」


 突き出していた右手をそのまま頭へ置き、照れくさそうにアイリスは笑みを浮かべる。

 それにつられ、イビルシャインもクスリと微笑するが。


(いやいや、知らないわよ。え、何? 冒険者ってなに? この世界創ったくせに全く知らないのだけど?)


 内心はただただ困惑だった。

 やはり無知を放置するのは、今の会話からしていずれぼろが出てしまう。

 ならばやはり不都合が生じる前に、彼女から聞き出すのが吉か。

 しかし、そうなれば相応の言い訳が必要となる。


「ところでやっぱり、イビルシャインさんってすごい魔法使いなんですか? いや、それとも貴族の方でして……?」


 彼女の扱った魔法から考えれば、とてつもない魔法使いなのではとアイリスは予測した。

 しかし、イビルシャインの容姿や着ている衣服を考えるとどこかのご令嬢にも思える。

 どことなく憧れの眼差しでアイリスはイビルシャインを見つめ、彼女の返答に幾分かの期待を馳せて――。


「……実は、私は孤児なの」

「えっ!?」


 予想外の回答にアイリスは思わず立ち止まる。

 その様子を無視して、イビルシャインは話を続けた。

 設定はいたって簡単であり、自身の身分は両親に捨てられた孤児。

 今日まで名も知らぬ老人に奴隷の様に働かせられており、情勢は勿論、常識も全く教えられていない世間知らず。

 自身の身を守るために、老人の目を盗み夜な夜な魔法の勉強を幼いころからずっとしてきた。

 今日が誕生日であり、貴族に売られる日だったため、魔法を使い逃げ出してきたこと。


 今着用している衣服は、老人が貴族の為に用意したものであり、自身の売値から手に入った金の一部で購入したこと。

 雑であるが、これがイビルシャインの思いつく偽りの説明だった


(さすがに厳しいかしら……?)


 先ほどから、一切の相槌を打たないアイリスに不安を抱く。

 イビルシャインは自信のない表情でアイリスを見ると――。


「た、大変だったんですね……」


 涙ぐんで鼻水を垂らしていた。

 まさか、この嘘が通じるとは思わなかった。

 イビルシャインは安堵する気持ちを隠し、意味ありげな表情を浮かべる。


「だから、冒険者のことも正直な話あまり分からないのよ」

「そうなんですね。分かりました。話難いことをきてしまってすみません」

「いえ、いいのよ。それより、少し詳しく冒険者のことを教えてくれる?」

「あ、はい!」


 イビルシャインの言葉にアイリスは元気よく頷く。

 とりあえず、誤魔化せたことに安心しながらも、当分はこの嘘を上手く利用し、この世界を立ち回るべきだと判断する。

 二人の話が終わると、ちょうど洞窟の出口に辿りついた。


 アイリスが言うには、ここで少しまてば馬車が来るらしい。

 それまでは、彼女に冒険者のことや、その他の情報も聞き出そう。


「さて、ここでいいのよね?」

「はい。少しすれば、馬車が迎えに来てくれる約束なので」


 そう言ってアイリスはおもむろに、背負っていたバッグを地面に降ろした。

 不思議そうに見つめてくるイビルシャインを余所に、アイリスはバッグから複数の薬草を取り出していく。


「何をしているの?」


 顔を覗かせて問いかけてきたイビルシャインに、アイリスは笑顔を向けて答える。


「これはまあ、確認ですかね。ちゃんと薬草が全部あるかの最終確認です」

「薬草の確認?」

「はい。私が今回受けた依頼が――あ、依頼っていうのは冒険者ギルドに……あ、冒険者ギルドっていうのは……あ、冒険者っていうのは――」

「分かった! 分かった! あー、とりあえず、冒険者の話は街に着いてからでも大丈夫だから」

「え? 分かりました」


 アイリスの情報の出し方から察するに、どうやらここより街に着いてから、ゆっくり聞いた方がいいと思える。

 イビルシャインは頭を押さえて、捲し立てるアイリスを止めると、小さくため息を吐いた。


「あ、どうせなら街の冒険者ギルドに行ってみては?」

「なぜ?」

「その方が色々イビルシャインさんの役に立つかなと思いまして」

「あなたがそう言うなら、そうするわ」

「あ、馬車来ましたね!」


 冒険者ギルドに行けば確かに知りたいことは分かるのだろう。

 もっとも、そこがどのような場所かも分からないが。

 二人の会話がちょうど途切れたころ、少し離れた位置に馬車の影を確認したアイリスは、急いで薬草をバッグに詰め直す。

 イビルシャインはその様子を眺めながら。


(とりあえず、街に行ったら冒険者ギルドか……)


 近づく馬車と地面に置いた薬草を交互に見ながら、慌ただしくバッグに薬草をしまうアイリスに、苦笑いを浮かべてイビルシャインは、ゆっくりと彼女に手を貸した。

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