第2話 CALL OF EIVL(2)
「な、なんだ!?」
「こいつどこから!?」
突然の現れた一人の少女に野盗達はたじろぎ、驚きの声を上げる。
先ほどまで、いや、今まで誰もいなかった場所に、いきなり姿を現したのだから無理もない。
あまりにも場違いな緊張感のない少女の声に驚愕をしたのは、アイリスも同様だったようで虚ろだったエメラルド色の瞳は大きく見開き、野盗達の背後に現れた少女を見つめていた。
純白で穢れを感じさせない綺麗な髪に真紅の瞳を持つ少女は、漆黒の衣服を身に纏い、整った顔は何かを考察しているのか、思案顔を浮かべている。
「うーん、分からないわね。あなた達、ここで何をしているの?」
少女は首をかしげ、アイリスと野盗二人を交互に見据える。
困ったような物言いに思わず、アイリスは苦笑いを浮かべてしまう。
自分の危うい立場を理解してもらえないことに対する呆れに近い感情を抱いた故だ。
「別に、この嬢ちゃんと遊んでいるだけだよ。なあ?」
「ああ。なんだったら、お前も一緒に楽しむか? かわいい子は大歓迎だ」
男達は突然現れた少女に驚くも、彼女の持つ宝石をも凌駕する美しさに思考は盲目へと移り変わり、卑猥な感情を顔に浮かべた。
野盗達の下賤な笑い声を聞き、アイリスはハッとする。
この男達は、彼女にも手を出すつもりなのだと気づき、アイリスはすぐさま声を投げた。
「は、早く逃げて!!」
本来ならば助けて欲しいが、自身と年齢の差が見受けられない彼女には無理だろう。
であれば、せめて彼女だけでもここから逃げて欲しい。
アイリスは力いっぱいに叫ぶ。
「ちっ、お前は黙れ!」
「きゃっ!?」
野盗の一人がアイリスを力強く蹴りあげる。
その様子を見ておいた少女は、何かに納得した様子で、誰に聞こえるでもなく、一人小さく「ああ、なるほど」と呟いた。
「んじゃ、お嬢ちゃんも楽しむか」
ゆっくりと男が少女に近づく。
しかし、少女は怯える様子も見せずに、ただ絶望と困惑の入り混じった表情を浮かべるアイリスに向かい、一言。
「あなた、助けて欲しい?」
「――え?」
刹那、少女に近づいていた男が地面に倒れた。
糸が切れた人形の様に男が、不気味なほど自然に崩れおちる姿に、アイリスも野盗も何が起きたのか理解ができない。
ただ一つ、静止した思考の中、分かったことはあの麗しい少女が何かをしたということだけだった。
唯一、地面に倒れる男を釈然と見下す彼女の姿が何よりの確信だ。
「ひっ! な、なにしやがった!?」
ようやく言葉を発せられるようになった男が、震える声を必死に吐き出す。
先ほどまでの意気揚揚とした声色との違いに、少女は思わず目を細める。
愉快な生き物を軽蔑するかの如く、冷たな眼光には一切の温もりを感じさせない。
人間を見るというよりは、何か汚物を見下す瞳に近い眼差しにアイリスも震えを隠せなかった。
「なにって、別に。何もしていないけど?」
少女の声は相も変わらず、柔らかなもので――。
それが余計に、アイリスと男の心に恐怖を植え付ける。
得体の知れない、別の生物と対話をしているかの様な錯覚に二人は陥った。
しかし、そんな二人などお構いなしに少女は話を続ける。
「で、そこのあなた。この男達に襲われているみたいだけど、助けて欲しい?」
「ひっ!?」
思わず身を大きく震わせる。
アイリスの反応を見た少女は、若干の呆れを感じさせる様にわざとらしくため息をした。
「まあ、助けがいらないのならどちらでもいいから、私を近くの街まで連れて行ってほしのでけど?」
やれやれと、肩をすくめて一歩前へと足を進める。
警戒心の感じさせない余裕の足取りに、野盗の男はナイフを少女へと向け。
「く、来るんじゃね!!」
「じゃあ、あなたが近づいてくれるの?」
興味のない言葉づかいで少女は男に手を向ける。
先ほどの光景を見ていたゆえ、男はその動作だけで警戒の反応を示す。
しかし、やはり恐怖心があるのか男の持つナイフは微かに震えていた。
彼女の注意が自身に向いていないと理解したアイリスは幾度か深呼吸をした後、若干落ち着きを取り戻したのか野盗から少し離れ、二人を見据える。
「どうしたの? 来るなって言うからこうしてあなたが来るのを待っているのだけれど?」
「チッ!! 舐めやがって!!」
体に刻まれた恐怖心をかき消す様に、男は雄叫びをあげて、少女めがけて走り出す。
力いっぱい振り上げられたナイフを前に、少女は避ける動作も見せず、静かに言葉を紡ぐ。
「『
刹那、翳した手から放たれたのは禍々しい闇の渦。
螺旋描く闇の霧が少女の手から姿を現したのだ。
『
敵意を向ける者を対象に効果を発動し、渦巻く闇は対象者を飲み込み、無の空間に追放するという効果を持つ。
封印に対する耐性がなければ、抵抗すらできずに飲み込まれるだろう。
「んっが!? な、なんだこれは!? い、いやだ!! やめてくれ!! た、たすけえええぇぇぇぇぇぇ」
闇に触れた男は、時を待たずして飲み込まれてゆく。
蛇の様に身体に纏わりつき、底なしの沼の様に、男の身体は蜷局の闇に沈む。
断末魔を聞く少女は、機械的で無機質な顔つきのまま、男が闇に溶けいく様子を傍観している。
アイリスは、ただその光景を驚愕の表情で見ることしかできなかった。
アイリスは魔法使いである。
新米とはいえ魔道を齧る者であるゆえ、少女が発動した魔法がどれほどの凄さかは簡単に理解ができた。
「さ、これで終わりかしらね」
気がつけば消えた男の悲鳴。
先ほどまでいた、男と闇の渦がどこにも存在していない。
地面に倒れた男を横切り、少女はアイリスへと近づく。
何かの魔物を素材に作られたのか、高貴さと禍々しさを感じさせる黒のブーツが奏でる足音は、アイリスにとって、自身の死へのカウントダウンにしか聞こえなかった。
「っ!!」
やがて洞窟に響き渡っていた足音は鳴りやみ、少女が自分のすぐ前に近づいたのをアイリスは理解した。
そして、アイリスは神に祈る。
――どうか、この人が命の恩人でありますように。
アイリスは、少女が先ほど言っていた「助けて欲しい?」という言葉を信じて、否、それが真実だと神にすがり、恐る恐る瞳を上にあげる。
「……あなた、大丈夫?」
目に映ったのは、美しい少女だった。
ついさっきまで圧倒的な力を見せた少女と同一人物だとは思えないほど優しい笑みを浮かべて、こちらに手を差し伸べている。
「ぇ、あ、はい」
輝く真紅の瞳に飲み込まれてしまいそうな意識をハッとさせ、アイリスは少女の手を取る。
「それにしても災難ね。 あんな武具のせいで怖い目にあって」
「あ、ありがとうございます」
アイリスを引っ張ると少女は、地面に転がる『遺産形成』の武具に目を向ける。
同情の念を感じながらもアイリスは、少しぎこちなくお礼を述べた。
(この世界は遺物形成の武具が意外とレアなのね)
武具を拾い上げ、マジマジとそれを観察する。
この世界の知識は最低限しか持たないため、武具の貴重性や重要性に関する情報は持ち合わせていないし、唯一知っているのは武具の階級のみだ。
そのため、こういった武具をじっくりと観察する機会は大事なのだ。
「あ、あの。それ気になります? もしよければ差し上げます!」
「え? いいのかしら?」
「はい! 助けていただいたお礼です!」
アイリスは力のこもった眼差しで、少女を見据える。
武具を真剣に見ていた姿に、おそらく彼女は『遺物形成』であるそれに興味があるのだとアイリスは思った。
ならば命を助けてくれた恩人である彼女に、それ上げるのはお礼として当然だ。
「んー、くれるのならありがたく頂戴するけど。でも私的にはこれよりも街に連れて行ってほしいのだけれど」
「あ! ならもうすぐ洞窟の外に馬車が来るので一緒に待ちませんか?」
「あ、それは良かった!」
初めて見せた満面の笑みに、アイリスは思わず赤面する。
野盗達と敵対した時には、感じられなかった温もりに少し安堵する。
彼女はちゃんと人間なのだと。
「それじゃ、行きましょうか」
「あ、はい!」
何事もなかったかのように外へと向かう少女に、ついていく形でアイリスは歩き出す。
途中、未だ地面に倒れる野盗の男に視線を送り。
(生きてるよね?)
少しだけ、意識を向けた。
「なにしているの?」
「あ、なんでもありません!」
少女の問いかけにアイリスはすぐさま笑みを浮かべる。
「そういえば、名前をお聞きしてもいいですか?」
「ん、名前ね……。名前……」
少女は思う。
名前をまだ決めていなかった。
神であった頃は、名前は勿論、性別も、固定された姿すら持ちえなかった。
それゆえ、少女は悩む。
どんな名前を名乗れば良いか。
この世界に来た目的を鑑みれば、きっと自分たちは悪なのだろう。
現地人から見れば、邪悪に違いない。
ならば――。
「イビルシャイン」
「え?」
聞こえてなかったのかアイリスは聞き返す。
すると、少女は優しく微笑し。
「イビルシャインっていうの。気軽にどうぞイビルシャインって呼んでね」
柔らかな口調で初めて名前を名乗った。
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