第1話 CALL OF EIVL

 ふと、意識が覚醒した少女――神は広々とした高原に自身が横たわっていることに気が付く。

 快晴が広がる青空を真紅の眼で見つめながら、数秒の間、頭の中を巡る情報の整理を試みる。

 大半の情報はこの世界に関する最低限の知識であり、残りは自身に課せられた制限についてのものだった。

 

 試作世界B――そこは神々が実験的に創った世界。

 高度な科学が支配する地球と対をなす別世界であり、初めに制作をした試作世界Aとは違う理を入れ込んだ場合、どのような差異が生じるかを観測するために生まれた世界だ。


 神、天使、悪魔、人間、亜人、モンスター、その他多数の様々な種族がこの世界で生きている。

 この世界を作るうえで、神々は試作世界Aにある娯楽作品のゲーム、特にRPGを題材に創造を行った故に、ここでは魔法と呼ばれる力が当たり前のように存在している。


 この世界における魔法は自身の持つ魔力を外部へ流出させることにより発動する力であり、“流出魔法”とよばれる魔法と“固有魔法”と名付けられた二種類の魔法に分けられている。

 

 “流出魔法“とよばれるそれは第一から第八までの計八つの階級から形成される魔法形態であり、階級数が大きくなる程、習得が難しくなっており、更に”固有魔法“に関しては限られた者のみしか扱えない唯一無二の魔法なのだが――


(私が扱えるのは、第一流出魔法から第八流出魔法までの大半。これ、本当に制限を設けているの? 流石に固有魔法は使えないっぽいけど。それでもこの世界の住民が第八流出以下までしか扱えないとかだったら、極限まで力を抑えた私達以下ね)


 ふう、と一息吐くと頭の整理がついた少女はゆっくりとその場から立ち上がる。

 結局、彼女の有する知識はこの世界の必要最低限の知識しかなかった。

 魔法に関する知識、言語に対する知識、文明の知識、他にもあるが結局はどれも認知していて当たり前のものだ。

 しかし、そのことに抱く不満などはない。

 こうして限られた知識を元にこの世界へ対する認識を広げてゆけば良いだけであり、寧ろ、それが醍醐味の一つだ。


(こういうのは、地球だと縛りプレイって言うのだっけ? 忘れたけど)


 いま自分がどこにいるのかも分からないが、とりあえずは真っ直ぐ進もうと考え、少女はのらりくらりと歩み始めた。






 歩き始めて早数時間、動かし続けていた足を止め、少女は辺りを見回す。

 彼女の目の前に広がるのは、ただただ高原。

 視野に映る景色はどこまでも、緑豊かな草原で。


(あれ、私ってこんなに方向音痴だったの? いや、それとも転移先が悪かったのかしら?)


 変わらぬ見晴らしに思わず気分が落ち込む。

 彼女の算段であれば、既に自身は何処かしらの国や街、村に辿り着いているはずだった。

 しかし、現在彼女がいるのは建築物一つない場所であり、来た道を戻ろうにも既に変化のない景色のせいで方向感覚は狂い、それすら叶わないでいた。


 魔法を使えば転移など簡単に行えるのだが魔力に限りがある以上、無駄な消費は避けたかった。

 更には、出だしに戻ったところで正確な道が不明なので、再び同じ状況に陥る可能性も捨てきれない。


(ま、まあ、大丈夫でしょ。神だし)


 良く分からない確信で気を立て直し、彼女は再び歩み始めようと。

 ――あ。

 彼女はそこでふと、ある案を思い浮かべた。

 それはとても簡単なことであり、寧ろ何故ここに来るまで思い至らなかったのかと疑いたくなるほどに単純な考えであった。


(魔力探知でもして、人の魔力がする方向に行けばいいんじゃないの? あー、全知じゃなくなると一々考えなくちゃいけなくて面倒ね。楽しいから良いのでけれど)


 全知だったころを考えればあり得ないほどに遅い閃きだが、それでも自身の知識のみで答えを導くのは楽しい。

 もっとも、全知であれば自分の居場所も人や国の位置も全て分かるのだが。


(んー、なら魔力探知して一番近い場所に転移するのが理想なのだけど)


 そう思いながら少女は意識を周囲に広げる。

 魔力探知とは、使用者の意識を拡散させ、周辺の魔力を探知する魔法であり、当人の魔力が強大であればそれに比例して、探知可能な範囲も広がるのだ。

 やがて、一つの位置に複数の魔力が集まっているのを彼女の探知魔法が察知した。


(距離は意外とあるわね。近ければ歩いて行ったけど。この距離は流石に疲れるか)


 距離にして約数十キロメートル離れた位置に、反応を見せた魔力集合はあった。

 とてもではないが、足で向かうにはやや疲労するその距離に少女はげんなりとした表情を浮かべる。


(しょうがない。空間転移魔法でも使うか。この距離だと転移魔法の範囲外だし)


 第四流出魔法である転移魔法はあらかじめ、転移の結界を張らない限り、数十キロメートルの移動は不可能だ。

 しかし、第六流出魔法の空間転移魔法であれば空間に穴を空けて、そこを通る形で目的地まで転移が可能となっている。


 ちなみに、転移魔法は計三種類あり、第四流出魔『転移魔法テレポート』、第六流出魔法『空間転移ポイント・ムーブ』、第七流出魔法『次元転移テレポーテーション』と隔てられている。

 特に、第七流出魔法の転移に関しては、扱える人物の数が少数と限られており、大半の者は転移魔法すら扱えないのがこの世界の現状なのだが、その事実を少女の皮を被った神は知らない。


「……『空間転移ポイント・ムーブ』と」


 虚空に手を翳し、静かに唱えれば一瞬、空間が捻じ曲がり、黒き空洞が少女の身の丈ほどに広がりを見せた。

 どこまでも続いていそうな穴は禍々しく使用者の侵入を待っている。


「さてさて、この世界で初めて出会う人間はどのような人かしら」


 抱く期待を胸にしまいこみ、少女は軽い足取りで闇の空間に足を踏み入れた。










「さ、死にたくないならそれを差しだしな」

「嫌です! これは私が先に手に入れた物です。意味もなく渡す義理はありません!」

「随分と肝が据わっているガキだな。それとも舐められているのか?」


 人知れず離れた位置にある洞窟の中、そのやり取りは行われていた。

 野盗を生業とする二人の男から恫喝を受け、一人の少女は涙ぐんだ瞳で彼らを見据える。


 クリーム色の腰まで伸びた髪は、彼女が生み出した魔法の光により暗闇の中でも、煌びやかに輝きを見せている。

 少女の名はアイリス・リリア。

 十六歳の少女であり、冒険者と呼ばれる職業に先日就いたばかりの新米魔法使いだ。

 使える魔法は第一から第二流出魔法を数種類という具合だが、それでも簡易な依頼ならば熟せるだけの実力は持ち合わせていると彼女は自負している。


 今回彼女が受けた依頼は洞窟の薬草採取のみなのだが、たまたまレアな武器――いわゆる『遺物形成』と呼ばれる武具を見つけてしまったのが運のつきだった。

 この世界に存在する武具は魔法同様、八つの階級に分けられており、レア度が高いほど能力や耐性が優れている。


 今回アイリスが見つけた武具は『遺物形成』と称される階級にあり、下から数えて三番目のレア度を誇るものだ。

 『遺物形成』は新米冒険者どころか、熟練の冒険者でもなかなか持つ者はいないレア武具だ。

 アイリスの前に立ちはだかる男達は、冒険者ではないのでそれ自体に興味があるけではないが、売れば大金が手に入ることくらいは認知している。


 自身よりも一回り巨体な男二人から、武具を守るように抱きしめるアイリス。

 いくら冒険者で魔法使いと言え、所詮は十六の少女。

 野盗と戦う覚悟を持ち合わせていない彼女ができることは、身を守るために『遺物形成』の武具を明け渡すか、助けを待つことだけ。

 

「いい加減それを渡さないなら、力ずくで奪うけどいいよね?」

「いまどきいないよ? 俺達みたいに優しい野盗は。それをくれれば命だけは助けたあげるからさ」

 

 ニタニタと不気味な笑みを浮かべながら、男達は手に持つナイフの先端をアイリスに向ける。

 魔法の光を反射する刃物の刀身にアイリスの身体は怯えて震えた。

 誰も助けに来ないという現実から逃げるように、強く瞳を閉じる。


 大声を出せば誰かが助けてくれる――そんなことも考えたが、叫び声など上げればすぐに殺されてしまうのが目に見えて分かった。

 武具を渡したところで、きっと良い結果は待っていないだろう。

 

(何もしないまま殺されるくらいなら――)


 アイリスは抗う覚悟を決め、強く目の先にいる二人を見据える。

 野盗はその眼光に一瞬怯む様子を見せるが、アイリスに反抗の意思があると理解したため、予告通り力づくで奪おうと行動を起こす。 


「え、えっと『水の衝撃ウォーターインパクト』!」


 先に行動を起こしたのはアイリスだった。

 こちらに襲い掛かるべく接近してきた、野盗の一人に向け、アイリスは叫び声に近い声を上げて魔法を放つ。

 彼女の声に反応するかの如く、野盗を狙い真っ直ぐと向けられた手からは、水色の魔方陣が出現した。

 発動した魔法は第二流出魔法『水の衝撃ウォーターインパクト』。

 翳した手から水の砲弾を撃つ魔法であり、攻撃魔法としては十分に威力のある魔法だ。


「こいつ、魔法使いか!!」


 その光景を目にした男は驚愕の声を上げる。

 先ほどまでか弱く思えた少女が、魔法を扱えるとは予想していなかったからだ。

 アイリスの発動した魔方陣から放たれる水の砲弾は、直線状に空を斬って野盗めがけ飛んでいく。

 忽然の魔法に男は回避がとれず、見事にそれを受けてしまう。


「グッッ!?」

「やった!!」

 

水の衝撃ウォーターインパクト』の直撃に顔を歪めた男を目にし、アイリスは思わず歓喜の声を漏らす。

 しかし――。


「あー、くっそ。痛てぇな!」


 攻撃を受けた男は一度だけ怯みを見せたのみで、致命的なダメージは全く受けておらず、すぐさま態勢を立て直した。


「え? な、なんで?」


 あまりの衝撃に理解が及ばないアイリスは困惑の表情で男を凝視する。

 アイリスは知る由もないが、彼ら野盗は様々な相手と戦ってきた猛者であり、戦いにおける耐性は勿論、体の丈夫さも並みの人間よりかはマシな部類だ。

 戦いの経験の中には、今しがたアイリスが発動した魔法よりも強力な魔法を受けたこともある。


 それに比べれば、彼女の魔法な意識を失うほど強力でもない。

 アイリスと野盗達では戦闘を含んだ様々な経験の差が生じているのだ。

 それを覆さないかぎり、彼女に勝ち目はないだろう。


「あ、あ――」


 抵抗してしまった。

 アイリスに押し寄せる後悔の念。

 先ほどの魔法により、彼女は自身の未熟さを痛感した。

 そして、同時に彼らには勝てないとも確信してしまった。

 抵抗をしなければ助かったかもしれない、しかし、抵抗を見せなければもっと酷いことをされていたかも――。


 正解が分からず、頭の中がぐちゃぐちゃになるのを感じる。

 最早、戦う気力を失ったアイリスはペタン、と地面に座り込む。


「おいおい、よくそんな豆腐メンタルで冒険者をやってるな。まだまだお子様メンタルじゃねぇか!」

「ぶははは!!!! 糞ガキにしちゃ、良くやったよ! 頑張ったご褒美に殺す前に、気持ちいいことしてやるから感謝しろよな!」


 男は楽しげに笑いながら、震えるアイリスの顔を強く蹴り上げた。


「っ!!」


 鈍い音が小さく響き渡り、彼女の苦痛の声が静かに漏れた。

 手にしていた弓を彷彿させる『遺産形成』の武具は地面に転げ落ち、虚ろな瞳でアイリスはそれを見つめる。

 

(ああ、これで終わっちゃう。こんなことなら、1人で来るんじゃなかった……)


 

 朦朧とする意識の中、男の腕がこちらに伸びて――。


「あら、これはどういう状況?」


 場違いで柔らかな少女の声が洞窟に響き渡った。

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