ある喜劇
とーらん
モルヒネ日和
看護師、青年の病室に入る
看「はい、時間ですね。注射しますよ。」
青「あ…うぁぁ…!薬…薬をくれ…!」
看「はい少し痛むよー…はい終り」
青「あぁ…はぁ…」
看、ドアを閉め部屋から退出。
看「全く、延命治療なんてのもやってられないわよねぇ…痛みを除くために患者襤褸切れみたいにしちゃなんのための治療だか…」
看、退出。
照明、ランダムに異なる色の光を当てる。
青「…もう、行ったぞ…」
青「うう…モルヒネェ、今俺どんな顔してるよ…」
霧を出す
(幻覚により)霧から声が響く。
モルヒネ「ケケケ、醜くて仕方がない顔してんぜ」
青「…お前はなんも…飾らなくていいよなぁ、モルヒネよ…ふぅ…あぁようやく落ち着く…」
モ「お前は、っていうとまるでキサマは飾ってるように聞えんぜ?モルヒネの幻覚にモルヒネって名前をつけて話をしてる時点でお前はなんも飾ってねぇ、立派な狂人さ」
青「あぁ、それもそうか…飾るべき物も、正気も、何もかも失ったもんな」
モ「そして残ったのは幻覚だけか!ケケケ、幻覚だけでも残っただけ上出来じゃねぇか!」
青「あぁ、そうだ。お前が残ってくれてたか…本当に良かったよ…俺は、幻覚とはいえ失ってないものがあったんだな…」
青「なぁモルヒネ、生きるってなんでこんなに苦痛なんだ?俺だって…なりたくてこんなになったわけじゃあないんだぜ?」
モ「生きるってことがすでに苦痛だからじゃねぇか?キサマが痛みを覚えているからこそ生きてられるんだよ」
青「はは、なら俺はもう生きていないのか」
モ「違いねぇや!ケケケ!」
青「はは……ちくしょう。あぁちくしょう、生きてぇなぁ…」
モ「ケケケ、死にかけで幻覚と話してる奴がか?そこで生きたいって望むのが一番正気じゃねぇぜ」
青「そりゃそうだけどさ…」
モ「だいたいキサマ生きたところでどうするんだ?よしんば病が治ったところで役立たずだろ」
青「まぁそりゃそうだけどさ…それを言ってしまうのもなぁ…」
モ「つまり何が言いたいんだよ」
青「俺達には、もっとましな結末はなかったのか?」
青「俺はまともな人生を送りきる前にこんなになっちまった。お前だってこんな狂人の世話しか出来ねぇ。」
モ「…意味がわからねぇな。俺達は現に破滅してるんだ。今更言ったところでなぁ」
青「そりゃわかってるさ。俺にはお前しかいないのも重々わかってるさ…でもよ、なんか、悔しいんだよなぁ…」
モ「…忘れな。気にしたら余計に精神を食われる。忘れるんだよ。」
青「あぁ…そうだな。俺は、お前さえいればいい…」
霧、消える
モルヒネの声、途絶える
青「あぁ…痛い…もう薬が切れやがったか…あぁ…痛い痛い痛い…薬を…ううう…」
光を止め暗転。
通常の光で明転。
青年、呻いている。
看護師、露骨に青年を嫌悪しながら注射。無言で退出。カルテを忘れていく。
しばらくして青年、起き上がり周りを見渡す。
ランダム光、霧、再度開始。ランダムな光は間隔を狭くする
青「うぁぁ………ようやく、ようやくだモルヒネ…うう、ゲホッ…」
モ「はん、ボロボロじゃねぇか…見えてんのか」
青「お前は見えるも何もないだろ…」
モ「最期までの相棒だってんのに冷たいねぇ」
青「うるせぇ、うぇ…ああ、気分悪い…」
青「…はぁ…ああ、そろそろやべぇな…ベッドが傾いて回ってやがる」
モ「お前も難儀だねぇ、こーんな罰みたいな地獄に叩き込まれて俺みたいなのにしか相手にされなくて。挙げ句愚痴は言われても誉められやしねぇ」
青「全くだ…お前がいなきゃ確実に頭やられてただろうな…」
モ「ケケケケケケ!お前しっかり頭やられてんじゃねぇか!ったく何を言ってるんだか…」
青「…いや、そうだけどさ」
モ「なんだァ?お前最近本当にやられて来てないか?」
青「やられてるって言ったのお前だろ」
モ「ああもう、いやそうじゃなくてよ!最近現世の執着激しいぞ!」
青「現世って…まぁ現世だけどさ」
モ「…ようし、お前の苦境をおさらいしとこうか。お前はもうすぐ死ぬ。いいよな」
青「まぁ…いやある意味良くはないけどさ」
モ「そういう事聞いてんじゃない!で、お前は今モルヒネで頭が働いてない」
青「こうやって会話してるのにか?」
モ「まぁ、そりゃおいといてくれ。で、お前は現世に残したのは多大なる迷惑だけだ。で…」
青「まぁ、そりゃそうだよな…治療費も馬鹿にならないし…ん?」
看護師、忘れたカルテを取りに戻る。
青「あぁ看護師さん!ちょうど…」
看護師「ひっ!」
看護師、何か聞き取れない言葉を放つ
青年、困惑。
青「な、なに言ってるんです?」
看護師、取り合わず怪訝な顔をしながら退出。
青年、手を伸ばしたまま茫然とする。
青「え…え?な、な…え?」
モ「でだ。お前、視界から感覚までぐちゃぐちゃなんだろ?」
青「いつまでそんなよくわからない話…」
モ「お前、会話能力がなくなってんのよ」
青年、動きを止め固まる。
モ「そうだろどう考えても。お前に、帰るべき、場所は、ない」
モ「ここから出たところで、もう何もわからないだろうさ。言葉も、文字も、自分も」
青「………あ、あり得ない…じゃあ俺達の会話は…」
モ「自分の幻覚との会話に何の言語が必要なんだ?」
青年、息を呑む。
モ「というか、今本当に看護師は来たのか?幻覚ではないのか?」
モ「いや、それより、お前というお前は本当にお前なのか?」
モ「お前という存在自体がもう幻になっているかもしれない。お前の過去全ては幻かもしれない。」
青「お、おい、やめろ…やめてくれ…」
青年、幻覚を振り払うようにあたりを掻く
モ「幻に喚かれてもなぁ」
青「ま、幻…お前こそが幻じゃないか…」
モ「どっちもさ。幻覚そのものと人間であることを捨てた幻想に大した違いなどあるまい?」
青年、動きを止める。
ランダムな光、間隔を広くする。霧、深まる。
青「あぁ、…俺はこの世を捨てちまったのか。残ったのは、モルヒネだけ。そうだ、そうだな…」
青「どこでこうなっちまったんだか。せめて、人並みの終わりくらい味わいたかったもんだがな」
青「モルヒネ…俺はもう、諦めたよ。人じゃない自分に人並みも何もないもんな。」
青「…お前がいたことは、幸せだったんだろうか…お前がいなけりゃ俺はとっくに…いや、もう狂ってるけど、もっと破滅的な狂気にやられてただろう。でも、その狂気は幸せだったかも知れない…」
青「ただ、ただ1つ言えることは、」
青「ありがとう、モルヒネ」
暗転。霧、消える。
通常の光で明転。
看護師、早歩きで急ぎ目に病室に入る。
脈を見て、
看護師「…亡くなったのね。まぁモルヒネ注射の時点で、どうしようもなかったのだろうけど…」
看護師「それでも人の死は見たくないものよね」
看護師「…なによ、幸せそうな死に顔じゃない。モルヒネ中毒で悩みがなくなったのかしら」
看護師「うらやましいわ…」
全て、暗転。
ある喜劇 とーらん @TOLLANG
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