その9 神々の円環、その終わりに。
大空に貼り付いた満月は
色とりどりの花と刺繍細工で加飾された千年王国スクルドの街並みには、今宵の
「あは、ウィヌ。見て! まるで違う国の違う大通りみたい」
「ああ。
ウィヌシュカの腕を引いてはしゃぐリュイリィは、
対するウィヌシュカは、落ち着いた色合いのカクテルドレスという出で立ちであった。クラシカルな雰囲気は正装と呼んでも差し支えないほどで、愛国心に溢れるスクルドの民のように穏やかな眼差しが印象的である。
リュイリィの軽やかな足取りを咎めることなく、ウィヌシュカはほんの僅かに歩みを早めた。往来を行くのは、華やいだ様子の若者の姿ばかり。スクルドの現国王がいかに敏腕で、同時に民から愛されているのかを窺い知ることができた。
「リュイ。私は、少し苦手かもしれない」
少しだけ申し訳なさそうにウィヌシュカが切り出した。その口調は、
「なんというか、そうだ、この雰囲気がだ。優雅で洗練された賑わいよりも、どこか雑多な活気の中のほうが、私にとっては居心地がいい」
「ぶぅ。それってさ、ボクとのデートよりも、戦場で
リュイリィは頬を膨らませて、あからさまな不満を訴えた。
「否定はしない、
理知的な微笑みと共に、ウィヌシュカはリュイリィの頭を撫でた。するとリュイリィは、不機嫌な猫のように眼光を鋭くさせる。大層な子供扱いをされたことが、彼女の何かを傷付けたらしい。
「そっちはそっち! こっちはこっち!」
「……うん?」
「世界が平和でもそうじゃなくても、ボクはずっとウィヌのとなりにいるんだから!」
地団駄を踏むリュイリィの剣幕に、往来の人々が一斉に振り返った。周りの目も
「ああ、分かっているさ、リュイ」
「分かってない。ウィヌはなんにも分かってない!」
一体どれだけの過ちを繰り返して、愛するウィヌシュカの胸に飛び込んだのか。そのすべてを赤裸々に告げてしまいたい衝動が、小さな
だが身勝手な
「リュイ、もう一度言う。私には分かっている。せっかくのドレス姿を、台無しにして済まなかった」
「……え?」
「お前は、いつだって私のそばにいてくれた。確かにその大半は過ちであったが、お前はただの一度たりとて、この私を愚弄したことはなかった」
かつてこの世界は、リュイリィの妄想から生まれた。それは、ウィヌシュカへの病的な執着から生まれたと換言しても良い。好き勝手に捏ねくり回し、思うようにいくまで何度も繰り返されてきた世界。
「……どう、して? どうしてウィヌが、ボクの罪を知っているの」
その代償。
それが今。
リュイリィは永い
「簡単な話さ。私もまた、過ちを犯したからだ」
「へ?」
「何度も罪に染まり、何度も罰を受けた。それは皮肉にも、お前が与えてくれたこの名の通りに」
罪と罰を語る資格を持ってしまった、ウィヌシュカが続ける。
「いつか伝えようと思っていた。ずっと言うことができなかった。何故ならここは、グングニルが見せる夢の中でも、シリカが書き記した聖典の中でもないからだ」
ウィヌシュカの紅い瞳が、わずかに潤んでいた。その表情には、数えきれないほどの弱さや迷いが浮かんでいる。戦場を駆け抜けて血の雨を降らせていた彼女は、今はもう亡き伝説上の存在に過ぎなかった。
「……怖かったんだ。私にもうなんの力も残されていないことを、お前に知られてしまうことが」
果たしてこれは、二人にとって何度目の
気の遠くなるような遠回りが、真実をずっと覆い隠していた。
「──リュイ。最後の生を私と生きてくれないか。女神足り得ないこの私と、老いて朽ちるまでを添い遂げてほしい」
喜びに咽び泣きながら、リュイリィはウィヌシュカの胸へと飛び込んだ。その頭の中で、退屈そうにあくびを噛み殺すシリカの姿が再生される。
そういえばいつだったか、リュイリィとシリカがこのような会話を交わした日は。あの日もそうだった。シリカの書き上げた聖典の至らなさに、リュイリィは文句を垂れていたのだ。
「脚色が過ぎるって言ってるの! それに……、せめてボクとウィヌはちゃんとくっつけてよ」
「ハッピーエンドじゃ響かないでしょ。それじゃあ戒めにならないもん」
「うーん。人間たちへの戒めってこと?」
問いかけるリュイリィに、人差し指をぴんと立ててシリカはこう答えたのだ。このやり取りも、果たして何度目になるだろうと辟易しながら。
「それもあるけどね。どちらかといえば、僕たちへの戒めだよ」
僕たちへの戒め。
あの日確かに、シリカはそう答えたではないか!
「ねぇウィヌ。ボクたちの結婚式の前に、引っ
「奇遇だな。実は私も、まったく同じことを考えていた」
女神を終えた彼女たちが、新たな女神に抗議立てするのは、また別の物語である。
──ウィヌシュカは夜祭りを謳歌する。
Fin.──
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