Re and truth:

ウィヌシュカは夜祭りを謳歌する。

その1 カラクリ王国ヒノモト。





 焼き魚や蚊取り線香といった複雑な匂いの混ざり合う道。陽の光が傾けば傾くほどに、その往来はみるみる賑わっていった。


 すっかりと暮れかけた夕闇の中であっても、茹だるほど粘着質な暑さが肌にまとわりつく。気休めの涼しか得られないであろう手うちわを頼りに、それでも道行く誰しもが楽しそうな表情を浮かべているのだった。


 カラクリ王国ヒノモトの街並みは、第57回納涼夏祭りを謳歌する人々の賑わいに満ちていた。白地に赤い斑点を落としただけのシンプルな国旗が、古びた民家の屋根や街路のところどころでたなびいている。


 まだ慣れない下駄の履き心地を不快に思いながら、彼女は人波に逆らうことなく進んでいた。漆黒の闇に溶け込んでしまいそうな黒色の浴衣には、目を覚ますほどに美しい大粒の牡丹が何輪もあしらわれている。


 彼女が肌身離さず身に着けている死神の大鎌デスサイズも、今夜ばかりはその居場所を失くして納屋に置き去りにされた。永年の戦友にも等しい死神の大鎌デスサイズの代わりとばかりに、彼女の右手には焼きトウモロコシが固く握られている。数多の死線を潜り抜けてきた彼女だからこそ、持て余した右手を心許なく感じたのかもしれない。


 どこからともなく響く軽快な祭り囃子の音に合わせて、焼き立てのトウモロコシを握りしめる彼女の、美しい銀色の髪が戦風そよかぜに踊った。優雅に翼を広げる大天使と見紛うほどに神々こうごうしい姿は、終末の龍笛を吹き鳴らす滅びの使者のように禍々まがまがしくもあった。


 彼女は嫋やかな動作で、宝石のように瑞々しいトウモロコシを一口頬張る。沿道に構える夜店の数々を映す彼女の瞳には、燃え盛る業火と似た色をした林檎飴が映っていた。


 時に脱げ落ちてしまう下駄の鼻緒に歩調を乱されながらも、雑踏の中へと姿を消していく彼女の名はウィヌシュカ。


 ヒノモトの破邪を撥ね退けるとされる荒々しい太鼓の音が、聖乙女ヴァルキリアの侵攻を知らせる陣太鼓のように彼女の心を勇ませた。




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