~柩の底から~

幕間 飾られた瞳。





 自らの知見を自らのものとし、蓄積した記憶を世界から断絶する。


 言葉にすれば難解な理屈であるが、それは生きとし生けるものに等しく与えられた当然の権利であり、普遍的な生態である。少なくとも、誰しもがそう錯覚しているはずだ。


 まさか自らが眠りに落ちている無意識のうろで、本来であれば隔離されているべき自意識が、世界のことわりによって千姿万態せんしばんたいに捏ねくり回されているなどと、夢にも思うはずがない。


 眠ってはならない。

 神槍グングニルは揺れ動く心。

 大いなる神槍から発芽した宿り木は、今やユグドラシルという名前だったか。


 眠ってはならない。

 神槍グングニルはかくも強欲である。

 神々が棲まうは、生命の原木ユグドラシルの胎内なのだから──。


 だがいつからかユグドラシルは、外界にまで干渉を始めたのだ。

 そのほうがなおのこと、劇的ドラマティックだとでも考えたのであろう。


 あるじの退屈を葬るための、なんと健気な心意気だろうか!


 神槍グングニルは揺れ動く心。

 ユグドラシルはその優しさ故に、主の記憶さえも捏ねくり回した。

 長くて永い悠久の時の中で、それすら原罪さえももう思い出せまい。


 果たして誰が答えられるというのか。

 お前を投擲とうてきした始祖の名を。





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 くらひつぎの底で、くつくつとオーディンが嗤った。

 愉快な出来事が二つも続けば、戦の運命神とて無口ではいられない。


 偽りに侵された世界を、柩は今もとざし続ける。

 しかしオーディンの胸は、久しく高鳴りを覚えていた。


 加飾された七色の瞳は、この先に何を見せてくれるのだろうと。




 これは、である。

 願わくば、どうか傀儡たちに愛を──。




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