第27話 世界が欠け落ちる。





 跳躍と剣閃。


 軽量化と共に跳ね上がり、重量化と共に斬りかかるコットス。曰くつきの宝剣バルムンクの質量を自在に操りながら、彼は女神たちを追い詰めていった。


「まったくどいつもこいつも! 私の恩情につけ上がりおってっ!」


 いつしか彼の頭には、激昂の証である醜い三兄弟ヘカトンケイル一角いっかくが突き出している。巨人族の末裔である彼ら三柱の主神ヘカトンケイルが忌み嫌うその角は、禍々しさを伴ってコットスの前頭部に座していた。


 縦横無尽に繰り出される重たい太刀。ライラはひらひらと身を躱しつつ、コットスの巨躯に魔弾を打ち込んでいく。魔弓ロロノアから放たれるその一撃一撃には、致命傷に成り得るだけの威力が秘められていたが、そのどれもがコットスの目前で失墜してしまう。どうやら彼の周囲には、重力による障壁バリアが展開されているようだ。


「クロードさん。全く勝機が見えませんけれど」

「あたしもだ。先走ったウィヌシュカ大先生の罪はでかいな」


 クロードは軽口を叩いたが、ウィヌシュカへの怒りが本物であることは明白だった。未だ茫然自失のウィヌシュカを、ぎろりと一瞥する瞳は鋭い。クロードは覇柩はきゅうマキャベリを具現化させて、コットスの剣撃を真正面から受け止める。


「破壊の女神よ、答えろ。貴様は一体、何が気に食わぬというのだ!」

「さあな。あたしは飽きただけだよ。お前たちをだらだらと生かすよりも、くだらないことをグダグダ考えてるウィヌシュカやライラに付き合う方が面白いだろ」


 大きく身体をらせたクロードは、鎖鎌の要領でマキャベリを振り下ろした。重力の障壁でその破壊力は相殺されたが、それでもコットスは決して短くない距離を弾き飛ばされる。更に間を詰めてはもう一撃。クロードはウィヌシュカとコットスの間に、距離を作ることを意識して立ち回った。


 その攻防を、ライラが援護する。


「ふふふ、そうですわね。私はやはり、りたいという欲求に突き動かされています。コットス様はご存知ですか? つい先日、"科学"という概念が生まれた国があるのですよ。創世神リーヴとして祀られる私の天敵ではありますけれど、来たるべき未来を想うと、カラダの芯から震えるのです」


 あえて冗長に語りつつ、ライラは魔弾を連射する。それもやはり、立ち竦むウィヌシュカとコットスとの距離を押し広げるための行為だった。


「なんと馬鹿馬鹿しい。拷問器具オートマタのように命を刈り取り続けることだけが、お前たちに与えられた存在意義だろうに」


 圧縮された重力の球体が拡散し、となる。とはよく言ったものだ。重力の爆弾は、クロードとライラの身動きが取れなくなるほどその数を増やしていった。


 ──やはり強すぎる。このままでは、一巻の終わりだ。


 自らを奮い立たせたウィヌシュカが、再び付与エンチャントを纏って斬りかかろうとする。彼女が詠唱を破棄出来るのは、本来の属性である”炎“のみであった。この局面で必要なのは、旋風の如き疾さ──、しかしウィヌシュカが「風詠の大狼エンチャント・フェンリル」と呟くよりも早く、クロードが動きを見せた。


 暴力的なまでの重力の連鎖を、断ち切るようにして放たれるクロードの剣撃。彼女は文字通り、重力の球体魔力の塊を斬り裂きながら舞うのだった。その左手には、盾の役割を担う覇柩マキャベリが──、そして右手には、白銀の輝きを放つ片手剣クレイモアが握られている。


「「──なっ?」」


 ウィヌシュカとコットスが、同時に目を見開いた。剣閃が放つその煌めきは、クロードの操る片手剣クレイモアが魔銀製であることを示していたからだ。


 魔力への絶縁性は、魔銀が持つ最大の特性である。だからこそ、魔具の存在は危惧されていたのだ。例えば魔具が量産され、人間たちが謀反を企てたらどうなるのかと。あるいは竜人のように、身体能力の高い者が魔具を使いこなせば脅威になるのではないかと。


 しかし──。


 などと、一体誰が予想してみせただろうか。ましてやそれを振るってみせたのは、最強の女神と名高いクロードなのだ。想定の範囲を完全に越えている。


「うは、ライラ今の見た? これはイケる展開だろ」

「ええ、しかと見ました。まったく、ぶっつけ本番も良いところですけれどね」


 自由奔放なクロードだからこそ、この発想に至ったのだろう。ライラでさえも思い至ることのなかった、埒外の発想に。


 戦況が一変する。瞬く間に、コットスの左脚が中空に飛んでいた。重力の障壁バリアさえもするクロードの剣閃が、コットスの肉と骨を物理的に寸断したのだ。


「ぐおおぉっ! 馬鹿なっ、こんなことが許されてたまるかッ!」


 けたたましい咆哮を上げながら、コットスがクロードに飛び掛かる。しかしそれすらも、破壊の女神クロードの前には。四肢が絶たれる痛みを感じるよりも早く、天界の主神は肉の達磨ダルマへと見目形を変えられていった。


 勝利を確信したクロードの七色の瞳オッドアイが、揺るぎない輝きを放ち続ける。


「でもさ、ここが地上ミッドガルドじゃなかったら、正直どうなってたか分かんねーな」

「でしたらクロードさん。それは命を賭したウィヌシュカさんの手柄なのではありませんこと?」


 ライラはクロードに問いかけたその後で、ウィヌシュカに手を差し伸べた。ライラは極めて優雅に、背筋が凍るほどのやわらかな微笑みを浮かべて言う。


「お待たせ致しましたウィヌシュカさん。ここから世界は変わります。壊れていくあなたを眺めていられなくなることは、とっても残念なことですけれど──」


 クロードの片手剣クレイモアが、無慈悲にコットスの首を刎ねた。抜け殻になった肉体から魂の花アニマが漏れ出したが、木っ端微塵に切り刻まれてたちまちのうちに霧散する。もちろんライラは、それを再生しようとはしない。


「世の中には、仕方のないことが沢山ありますものね」


 ライラの口癖に、ウィヌシュカは思わず視線を下げた。自分の望んでいた未来に限りなく近いものが啓示されたはずなのに、どこかもやがかって釈然としない。


「ウィヌシュカお前さ、自分の命を何だと思ってんだ」


 ライラの後方から、俯いたウィヌシュカを咎めるクロードの声。どうやら彼女の憤りは、ウィヌシュカが単身で先走ったことではなく、命知らずで無謀な行動を取ったことから来ているらしい。


「危険に巻き込んで済まない。礼を言う」


 ウィヌシュカの素っ気ない謝罪に、クロードは「あん?」と眉をひそめた。


「その言い方はなんだよ。まるで『私一人でもどうにかなったんですけどね』と言わんばかりじゃねーか」

「いや、他意はないんだ。本当に済まなかった」


 であったが、ウィヌシュカは素直に失言を詫びた。ウィヌシュカの思い描いていた結末に、自分自身ウィヌシュカの無事は含まれていなかったからだ。


 ならばこの状況は、クロードとライラの加勢が導いた最良の結果のはず。だから思ってはならない。感謝と謝罪以外の感情を、目の前の二人に抱くべきではない。


「まあ、分かりゃいいんだよ。とりあえずお前が無事で何よりだ」


 クロードはそう言って快活に笑った。その隣ではライラが、着衣の乱れを神経質に直している。ややあって満足のいく出来に仕上がったのか、ライラはウィヌシュカに言った。


「さてさて、では行きましょうか」


 黙って首肯するウィヌシュカの脳裏に、リュイリィの物悲しげな顔が一瞬だけぎる。「ボクと一緒に行かない?」と口癖のように問いかけてくれた彼女は、もうどこにも居ない。ウィヌシュカは、今更のようにそう思い知ったのだった。




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