第2話 幼馴染ズ
昼食のサンドイッチを詰め込み終えたのと同時に、五限目の英語担当かつ我ら2-4の担任である灰川 桜先生が教壇に立ち、授業が始まった。
俺の席は窓側の後ろから二番目の席で、死神――鎌乃 ルーナの席はなんとその右斜め後ろ。
その為、普段はこれでもかという程の視線を感じるのだが、さっきの事もあってか、今は悲壮気な存在感だけを感じていた。
金髪に赤眼という容姿を誤魔化す為にアメリカ人と日本人のハーフで帰国子女という設定を自らに付けている死神は、英語の授業で良く当てられるのだが(死神は言語に捕らわれないとかで英語ペラペラ)、先生も異変に気付いてか今日は触れないようにしている。
そして何故だろうか、そのしわ寄せは俺に来るのだ。
「それでは、えー……、日暮くん。この英文を訳してください」
今明らかに死神に一瞥をくれた後、自然な流れで俺を見ましたね?何故一蓮托生のように扱われているのでしょう。どう考えてもこのバカ女が俺に付きまとってくるからですよね、そうですよね。
いくら高校とはいえ、こんな田舎の学校じゃあ帰国子女と言われればかなり注目を集める。しかも、認めたくは無いが、この死神はかなり顔が良い。そんな注目度マックスの美少女が周りをうろちょろしていれば、嫌でも目立つのだ。
それがいつのまにか、俺と死神はセットみたいに扱われるようになっていた。
俺はただ、殺されないように必死に逃げ回っているだけなんだけどな。
俺が英文を訳して座ると、後ろの席からツンツンと肩をつつかれた。
これは後ろの席に座るアフロ頭のイカれ野郎、尾盛 元太――通称はぎ夫(見た目からおはぎと命名され、転じた呼び名)からのサインで、大抵の場合スマホにメッセージが入っている。先生にバレないよう膝元でスマホを確認すると、やはりメッセージが入っていた。
『おい、ルーナちゃんの様子がおかしいけど、なんかあったのか?』
普段全く空気読めない190㎝以上あるデカぶつの癖に、こんな時に限って嗅ぎ付けおってからに。まああれだけ重たい空気を漂わせていたら、隣の席のはぎ夫としては気にするなという方が無理あるか。
うむ、適当にあしらっておくか。
『別になにも無いが』
『そうか?なんとなくお前絡みな気がしたんだが』
『ハゲてるよな、お前』
「いやアフロだよ!?すげーフサフサ!」
授業中にも拘らず、俺のメッセージに反射的に反応するはぎ夫。
当然クラスの注目を集め、先生の視線もそのアフロ頭に注がれる。
「尾盛くん、あなたの髪型がアフロなのは知っていますが、授業中に大声を出してどうかしましたか?」
「い、いえっ!なんでも無いっす!」
「そうですか……。では、その手に持ってるスマートフォンはどう説明するつもり?」
「へ? あっ…………アイ ドント ノウ」
「…………はぁ。スマートフォンはこちらで預かります。尾盛くんは後で職員室に来るように」
「……はい、すんませんした」
大人しくスマホを先生に渡し、沈むように席に着くはぎ夫。
俺はそんな親友の姿を見て口の端を吊り上げる。
計画通りだ。
これで少なくとも授業中と授業後に変な詮索は入れられなくなる。しかもこのアホのことだ、帰る頃には死神の事なんて忘れているに違いない。
と、油断していたその時。
「せんせー。日暮くんもスマホをポケットに隠し持ってます」
はぎ夫が俺を告発した。
「はぎ夫てめぇ!」
「はっ、馬鹿め。俺が自分だけ大人しく死んでいくと思ったか」
「潔く逝けよ!鬱陶しいのは髪型だけにしろこのアホ!」
「あ?おいチビ。てめぇ今、俺のこのイカす髪型を鬱陶しいつったか?」
「どー見ても鬱陶しいだろうが!つーか俺がチビなんじゃなくておめーがデカすぎんだろうがアホ!なんだ?脳みそまでアフロで出来てんのか?」
「お?なんだ、やんのかてめぇオイ?」
「は、はぁ?やりませんけどぉ、アホじゃねバカじゃね?」
パンッパンッ、と先生が手を打って俺たちを仲裁した。
「はいはい、二人共そこまで。日暮くんは大人しく携帯出すこと。あと、二人は今すぐ教室を出て生徒指導室へ向かいなさい。生徒指導室には先生から連絡しておきます。それと、日暮くんも男なら、嘘でも喧嘩の一つくらい買いなさい」
何故か喧嘩を避けた事を怒られ、クラス中からはクスクスと笑い声が沸き上がった。お陰でいい笑い者である。
居たたまれなくなって、スマホを先生に差し出すと共に、逃げるように教室を後にした。
生徒指導室へ向けて、俺の後ろをとぼとぼと付いて来るはぎ夫。まだどこか怒っているように見える。
自分のアフロに相当の誇りを持っているから、鬱陶しいと言われた事を根に持っているようだ。
仕方ない。幼稚園以来の親友だし、ちゃんとフォローしておくか。
「はぎ夫」
「なんだよ礼二」
「お前のアフロ、本当は最高にイカしてると思ってんだ」
「…………はっ。あたりめぇだろ?」
「だな!」
「おう!」
こうして、俺たちは仲良く生徒指導室に向かうのであった。
*
「「本当にすみませんでした!!」」
「これに懲りたら、今後ちゃんと授業を受けるようにな」
「「はい!」」
「ったく、お前らももう二年生なんだから、自覚持って大人しく過ごせよ」
「「はい!」」
「灰川先生にはこちらから連絡しておくから、六限の授業が始まる前に教室に向かいなさい」
「「はい!失礼しました!」」
はぎ夫と揃って一礼をし、ぴしゃんと生徒指導室の扉を閉めると、中から『いつも返事だけは良いんだがなぁ』という呟きが聞こえてきた。
俺たちは言われた通りさっさと教室へ戻るべく、薄暗い廊下を並んで歩き始める。
「ったく、今度からは道連れ禁止だからな」
と、俺が文句を言うのに対し、はぎ夫は何気ない顔で返した。
「ああ、それは良いんだけどよ。結局、ルーナちゃんと何かあったのか?」
っ!?
この鳥の巣を頭に乗っけたアホが、俺ですら忘れていた事柄を覚えていただと!?
「お前今失礼なこと考えなかったか?」
「いや、そんなことないよ」
むぅ、どうするか。
正直に話しても不都合は無いだろうが、これ以上あいつとセットに見られるのも嫌だし、なにより他人の気持ちをペラペラと言いふらすのは気が引ける。
はぐらかせるならその方が良いか。
「さっきも言ったけど、別になにも無い」
「本当か?なんか隠してるんじゃないだろうな」
「マジマジ、てかなんで俺が関係してるって決めつけてんだよ」
「いやだってよ、ルーナちゃんがなんかする時っていっつも礼二が絡んでるじゃん?それに、ルーナちゃんってお前の事好きみたいだし。だからなんか知ってるだろうと思ってさ」
な、なんだこいつ!
どうして死神が俺に好意を寄せている事を知っているんだ、俺だって今日初めて知ったんだぞ。まさか屋上でのやり取りを見ていたんじゃ。
「ちょ、ちょっと待て。なんでしに……鎌乃が俺の事を好きだと?」
「え?なんでって……。礼二、やっぱりお前気付いてなかったのか?見てれば丸わかりなんだけどな」
「見てればって、何を」
「いや、ルーナちゃんっていっつもお前の事見てるし、ちょいちょいお前の後付けてるし、お前がどっか消えるとしょっちゅう居場所聞いて来るし、お前が補修の時も終わるの待ってるよな。お前が体調崩して早退した時も色々手を焼いてたし、バレンタインデーの時もお前にチョコ渡してただろ?お前が階段から落ちて大怪我した時も、ルーナちゃん必死の形相でお前の応急手当を申し出てたじゃないか。まあ見る目が無いのは残念だけど、健気で可愛らしい子だよ、ほんと、お前にはもったいないわ」
親友よ、それ、全部俺を亡き者にする為なんだよ。
って言っても信じてくれないんだろうな、突飛すぎるし。
あいつはいつでも俺が一人きりになる瞬間を探っていて、早退の時は保健室で眠る俺を襲ってきたし、バレンタインデーのチョコも毒入り。おまけにわざと教室内で渡すことにより逆上した男子達に俺を襲わせるという奴にしては緻密な作戦だった。階段から俺を落としたのも死神本人だし、応急手当を申し出たのも止めを刺すため。
まさかそれが、こんな良い風に周りから取られていたとは思わなかったが、真実を話した所で「こんな美少女がそんな恐ろしいまねする筈が無い」とか言われるだけだろうな。
まあいいや、他所から見ると死神は俺に好意を寄せてるように見えるようだし、何故か本当に好きらしいから、告白された事くらい言っても平気だろ。
「実は、その事でさ。さっき、鎌乃に告白されたんだよね」
「へぇー、告白ねぇ。通りで隠したがる……え、マジ?告白?されたの?」
「うん、まあ」
「じゃあお前ルーナちゃんと付き合うのか!?」
「え、いや、付き合わないけど。断ったし」
そう言い放った途端、浮ついていたはぎ夫の顔は凍り付いたように固まった。
そして何故か、俺は胸倉を掴み上げられていた。
「はぁああああああああああ!?バッカじゃねえのおめぇ、あんな美少女を振っただぁ!?人生で一度もモテた事の無いお前がどの面下げて抜かしてんだ!?」
「そ、そりゃそうかも知れんが、俺にだって事情というものがあってだな」
「ねえよ!礼二如きがあんな美少女をフって良い事情なんてものはねえよ!」
一方的なはぎ夫の物言いには流石にカチンときたが、身長差30㎝くらいあるので怖くて何も言い返せなかった。うん、ヘタレだね。
胸倉を掴んでいる腕をタップしたらすぐに開放してくれたが、はぎ夫は少しだけ優しい顔になって俺に語り掛けた。
「なあ、俺も一緒に謝ってあげるから、今からでも遅くない。ルーナちゃんのとこ行って、フったこと無かった事にして付き合ってもらおう、な?」
「いや、だから、俺にだっていろいろあるんだって。ていうか、そんなに可愛いければお前が付き合えばいいだろ。そういう意味なら、今は絶好のチャンスなんじゃないのか?」
「んー、そういう事じゃないんだよなぁ。それに、お前がフった女の子と付き合うとかお前に負けたことになるから嫌だわ」
「なんだよそれ」
意味の分からない持論を展開され、ほとほと呆れていると、廊下の先に見慣れた影を見つけた。
北館 秋子。燃えるような赤毛をポニーテールに纏めた、見るからに快活そうなスポーツ少女。本校陸上部のエースで、短距離専攻らしいが、陸上競技全般でマルチな成績を残している身体能力の塊のようなクラスメートの女の子だ。俺、はぎ夫とは幼稚園以来の幼馴染だったりもする。
本人曰く、赤毛とスポーツ向きじゃない中背とスポーツ向きな平たい胸がコンプレックスだそう。
そんな彼女が、待ってましたと言わんばかりの仁王立ちで、行く手を阻んでいた。
――まるで、ウジ虫を見るような目で俺を睨み付けながら。
「ごきげんよう日暮くん、いったいどの面下げて戻ってきたのかしら?」
「ヤア、秋子サン。ナニカヨウカナー?」
「何か用かって?それならあんたが一番分かってるんじゃない?」
剣呑な雰囲気を孕んだ秋子の声。
間違いなく怒ってらっしゃる。
「うん、俺は邪魔みたいだな。じゃあ後は、若い二人でって事で」
「ちょっと待てはぎ夫!お前親友だよな?見捨てないよな?」
「やだなー日暮さん。人聞きの悪い事言わないでくださいよ」
「この裏切者!殺してやる!アフロを墓前に備えてやる!」
「それじゃあ二人共、遅れないようにー」
「嘘だから!恨まないから置いてかないで!ヘルプ ミー!」
ダッシュで立ち去るアフロを追いかけようとして足を踏み出した俺は、それはもう力強い、アイアンクローによって捕らえられていた。こめかみに走るミシミシという痛みは、孫悟空の頭の輪を締められている気分である。
「礼二?あれはどういうこと?」
「な゛、なんのごどでじょう?」
「とぼけないで、ルーナの事よ。私が何も知らないとでも?」
「い゛だみで、言っでいるごどがよぐ……ぎごえ……」
「あの子から今日告白するって聞いて、私はね、あんたを祝福してやろうと思ってたの」
「あ゛っあ゛っ・・・・・・」
「それが、どうしてこんな事になってるのよ、ねぇ?」
意識が遠退いていく。
ダメだ、俺、このまま死ぬかも……。
脳裏に海外赴任中の両親の顔が過った時、俺は唐突に痛みから解放された。そのまま崩れるように廊下にへたり込む。コンクリートの床が頬に冷たい。
「ちょ、ちょっと、どうして止めるのルーナ?」
「だって、すごく苦しそう」
「……はっ!た、助かったのか!?」
意識を取り戻した俺の前にいたのは、秋子の腕を掴んだ死神だった。
まさかこいつに助けられるとは思いもしなかったが、今は感謝しよう。
「いいのルーナ?こいつはあんたを傷付けた張本人なのよ?」
秋子さん、そいつは僕を殺そうとした張本人なんです。
あと、これって俺悪く無くない?逆恨みだよね?告白されたの断っただけなんですけど?
「そんなの、逆恨みじゃない。勝手に好きになった私がいけないの、だから、許してあげて……」
そうだそうだ!言ってやれ!
って、なんで死神が俺の味方になってるんだ?あなたの仕事、俺を殺すことって、覚えてる?
「ルーナ、あんたまだ……。分かった、礼二は許す。でもその代わり、またルーナを傷付けるような事があったら言いなさいね。――私が地獄に送ってやるから」
「うん!分かったわ!秋子、いつもありがとね」
「い、いいのよ別に。友達として当たり前のことをしているまでだし……」
友情を確かめるように手を取り合う二人。
一見、仲睦まじい女子高生達の青春の一幕に映るだろうが、俺からすれば、死神と悪魔が手を組んだような、恐ろしい瞬間でしかない。
「おーいお前ら、授業はじめっから、はよ席つけー」
六限、社会の大仏おさらぎが通り際に声を掛けると「はーい」と間延びした返事をして教室へ入って行く二人。
なぜか、一番の当事者である筈の俺だけが、完全に置いてけぼりだった。
・・・・・・結局、なんだったんだよ、これ。
俺の命を狙う死神が美少女なのだが、告白されても困ります 兎角 星人 @kwisht1129
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