俺の命を狙う死神が美少女なのだが、告白されても困ります
兎角 星人
第1話 衝撃の告白
「わ、私と、お付き合いしてくだひゃいっ」
目の前で、腰が直角に曲がる程、真っすぐに頭を下げた女の子。
空高く上ったお日様が燦々と降り注ぎ、春のうららかな風が女の子の髪を靡かせ、立ち入り禁止の札が揺れて、札を取り付けてあるチェーンがチャリチャリと擦れる音を鳴らした。
ここは今、俺の通う私立比良坂高等学校の校舎屋上だ。
通常は閉鎖されており、施錠もしっかりとされている為、本来生徒が立ち入る事は出来ない。
二月前、そんな屋上のカギを幸運にも手に入れた俺は、以来、ここを校内唯一の憩いの場として利用していたのだが、そんな折、一枚の手紙に呼び出しを受けた。
女の子らしい薄ピンクの便箋に、差出人の名前と共に、話したいことがあるから今日の昼、屋上に来て欲しいという内容の文章が綴られていた。
差出人の名前を見た俺は、てっきり屋上を秘密裏に使っている事をネタに脅されたりするんじゃなかろうかと思いながら、ここに踏み入ったのだが……。
握り拳がフルフル震えているのが、如何に彼女が精いっぱいの勇気を振り絞って告白したのかを伝えている。
――そう、これは告白だ。
二人の男女が恋人同士になる上で欠かす事の出来ない一大イベント。
それは男性側から行われることもあれば、こうして女性側から行われることもあり、はっきり付き合ってくれと言葉にしないこともあれば、電話口でや、メールでなんてこともあるだろう。しかし、どんな形であったとしても、思春期の若者たちにとっては胸が苦しくなる程の緊張と不安を持って行われる一世一代の大勝負である事に変わりは無い。そんな、告白する方も、される方も、心臓がドクドクと伸縮するのを感じずにはいられない、あまずっぱ~い瞬間。
俺は、そういうものだと思っていた。
なのに何故だ。今の俺は甘いでも酸っぱいでも無く、苦い顔をしている。人生初の告白を受けているっていうのに、感じているのは恐怖と驚愕。
だって、おかしいんだもの。
こいつが俺に恋心?
ありえない。笑えもしない。
そうか、きっとこれは何かの間違いだ。
ほら、よくよく思い返してみれば、付き合ってと言われているだけだ。ちょっと可愛く言っているだけで「面かせや」的なものかも知れない。いや、そうに決まってる。
「あ、その、えっとさ」
「な、なに?」
「それって、告白か……?」
「そう、だけど……」
そうだったー!
いや待て落ち着け俺。
告白という言葉を恋愛的なものだと決めつけてしまうのは早計だ。
脳内辞書によると①秘密にしていた事や心の中で思っていた事を、ありのままに打ち明ける事。➁キリスト教で、自己の信仰を公にすること。また、罪を神の前で打ち明け、許しを求める事。――とある。
そもそも、告白という言葉そのものには、恋愛的な意味は含まれていない!
「えっと、それは、恋愛……的な?」
「う、うん」
ほいきたー!
恋愛的な意味合いです!この子俺に恋してるみたいです!
「お、おう」
所在なさげに呟いた俺に、目の前の女の子は頭を下げた状態で、上目遣いに窺った。俺の動揺を感じ取ったのか、ものすごーく不安そうな顔で、俺の次の言葉を待っている。
いや、顔真っ赤にして、固唾を呑んでまってらっしゃるけどもね?
お前それ本気で言ってんのか?サバンナのライオンの前でも同じ事言えんのか?と、俺は問いたいわけですよ。
思い返してくれ、俺たちの関係性がどんなものなのか。
「それじゃあ、一応確認しておくぞ?」
「うん……」
「お前の職業は?」
「女子高生JK」
「……じゃなくて、本業・・は?」
俺の問い詰めに、女の子はやや間があって、恥じらうように答えた。
「・・・・・・死神(ボソッ)」
「それだよ!」
俺の大きな声にビクッと一瞬身を竦ませる女の子、もとい死神。
なんだったら、ちょっと怖がっている風でもある態度だったが、ちょっと待て。まさかこいつ、俺が何を言いたいのか分かって無いのか?
いや、まさか。
だとすると、この死神は天才的なまでにバカか、天才的なまでにアホかのどちらかになってしまう。
「お前、なんで人間界に滞在しているのか分かってるのか?」
「えっと、あなたを殺すために」
「だよなぁ!?」
そうだよそれだよ!
この女。俺――日暮 礼二を殺すため、鎌乃 ルーナという名前を使って人間界に住み着き、女子高生なんてものをやっている筈なのだ。いついかなる時も俺の命を狙えるよう、妙な力で同じクラスに転入してきて、時折、隙を見ては俺を亡き者にしようと動いていた。
なんでも、四か月前、車に轢かれそうになった子供を助けた時に俺は死ぬ予定だったらしいのだが、奇跡的に生き残ってしまった為、帳尻合わせの為に俺を殺さなければならないのだと言う。
初め「こちらの手違いですみません」みたいな感じでやってきたけど、現役高校生のこの先明るい未来しか見てない俺としては「あ、そうですか、なら死にますね」なんて言う筈も無く、でっかい鎌を持って追いかけてくるこの女から今日まで逃げ延びてきたのだ。この屋上も、死神から逃げ隠れる為の校内唯一心落ち着ける場所だったのだが、まあそれは良い。
とにかく、以上の理由から俺はこの告白が全く受け入れられない状態なのだ。
え、お前俺の事好きだったの?的な驚きも素直に出てこない。
「もっかい考えてみ?お前は俺を殺そうとしているわけだ」
「うん」
「で、俺に交際を申し込んだと」
「うん」
「おかしいだろ!?」
俺が声を荒げると、またも驚いて身を強張らせる死神。
なんだ?こいつ本当に分かってないのか?
「いいか?お前は俺を殺そうとしてるんだぞ?普通、殺そうとしてるを相手好きにはならないよな?」
「そ、それは……」
「あっ、もしかして新手の罠か?前に体育の授業の時、飛んでったボールを探しに雑木林に入った俺を追って、踏むとロープに吊るされる古典的な罠を仕掛けにきたことあったよな?あんときは結局お前が自分で罠に掛かってた所を俺が助けてやったんだが……」
「ち、違うのっ!これは罠じゃないの!」
「そりゃ、罠に掛けようとしてる奴はそう言うよな」
「ほ、ほんとにそういうのじゃ……」
「はっ、どうだか。いったい何が狙いか知らないけど、お前なんかのちゃちな罠になんか嵌らないからな!」
「ほんとに、ちがう、のに……ぐすっ……」
あ、あれ?こいつ、なんで泣いてるんだ?
俺が戸惑っている内にも、ポロポロと大粒の涙を溢していく。
ほんとにちがうのに、って言ったか?それってつまり……。
「えっとぉ……お前、本当に俺の事、好きなの?」
「ひっぐ……うん……」
マジか?これマジか?
ダウトと大声で叫んでやる事は簡単だが、このバカにこんな演技が出来るとは思えないし、否定材料も特に無い。かといって、俺を好きになる理由がさっぱり分からん。
取り敢えず、泣いたままでは話にならないので、ハンカチを渡す。死神は嬉しいのか悔しいのか分からない顔をして受け取り、涙を拭いてそのままの流れで鼻を咬みやがった。
「おい、普通、他人のハンカチで鼻咬むかね」
「ご……ごべんなざい……」
「いや、そんな汚いの返そうとするな。もういいから、お前にやるから」
死神はこくこくと頷きながらハンカチをポケットにしまった。
「落ち着いたか?」
「なんとか……」
「じゃあ聞くけど、なんで?」
「分かんない」
「いや分かんないって……そんな事無いだろ?」
「だって、私にも分かんないんだもん!でも――好きになっちゃったの!」
マジのトーンできっぱりと言い切られると、流石に照れ臭かった。
俺が言葉を詰まらせていると、死神は続けてこう言った。
「秋子が言ってたわ。人を好きになるのに理由なんか必要無いって」
俺は少し沈黙した。
絶句って言うのかな。
いるんだね、こういう脳内お花畑な人。
いや、人じゃないけど。
とはいえ、こいつは本気で俺に告白している事は確かなようだ。それは、真っ赤な顔をして、俺を見つめてる姿を見ればよくわかる。
しかし、だ。
例えどう思われていようが、命を狙われた経験が無くなるわけでは無い。
「あー、お前の気持ちは良く分かった」
「う、うん!分かってくれたんだ、それじゃあ――」
「お断りします」
多分、真顔だったと思う。
それはもう、きっぱりはっきりとそう言った筈だ。
告白してきた死神とおんなじくらいきっちりとした角度でお辞儀をして、ごめんなさいと結んだ。
だって考えてみ?
隙あらば変なでっけぇ鎌もってきて俺の身体と魂を引き離そうとしてくる女と付き合えますか?
答えはNO。
どう想って頂いても、俺はあなたの事が嫌いです。
死神は沈んだ顔のまま凍り付いていた。
丁度良いタイミングで昼休憩の終了を継げる予冷が鳴ったので、俺はこれ幸いにとその場を後にした。
昼飯は何とかマッハで詰め込めたが、今後屋上に逃げ込めなくなることを思うと、損失は大きかった。
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