プロ




 私はプロだ。


 おそらく日本でただ一人のプロだろう。


 始まりは学生時代のある思い付きだった。


 この世界には数え切れないほどの職業がある。もちろん安定を求めてそのどれかに就くのも良いだろう。


 でも一度きりの人生ならこれまで誰もやったことがない職業を自分で編み出し、世界で唯一人の肩書きを名乗ってみたい。


 ふとそう思ったのだ。


 しかしそうなると問題は私の能力の低さだった。


 他人より勉強ができず運動神経も決して良くはない。見た目も、まあ、普通だと自分では思っているが、少なくとも売りに出来るとは思えない。


 そんな自分が何をアピールすれば人様からお金を貰えるプロになれるのか。


 それはアイディアしかないと思った。


 私は学生の本分である勉強もそこそこに思案に思案を重ねた。


 そしてある閃きを得た。


 自分で言うのもなんだが、とても良いアイディアだと思った。だから私はすぐさま行動を開始した。


 まず行ったのは家具メーカーを回ることだった。もちろんほとんどの企業が門前払いだったし、話を聞いてくれるところは少なかったが、幸運なことに私のアイディアに興味を持ってくれたメーカーが僅かながらあった。


 手応えを感じた私は同じように、家電メーカー、医療機器メーカー、など、思い付くままに企業を回り、私のアイディアに対する賛同者を集めることに成功した。


 そろそろ私が何のプロなのか明かすとしよう。


 寝るプロ。それが私の肩書だ。


 どういうことなのか説明しよう。私は「自分の快眠を見てもらうこと」を生業としている。具体的に言うと自分が寝ている様子をネットで生配信しているのだ。


 男の寝姿なんて誰が見るんだ? そう思われる方も多いだろう。しかし私の放送は意外と好評なのだ。なぜなら私は徹底的に眠りにこだわった番組内容を考えているからだ。


 それはベッド、寝具に始まり、寝る時の服装、果てはアロマ、照明など、快眠するためのグッズや環境についてリサーチし、実際に私が寝ることでその効果を検証しているのだ。


 眠りというのはどんな人間でも例外なく行うものであり、だからこそ悩みを持つ者も多い。


 そのため「寝るプロ」となった私の放送は注目を集め、最近ではアドバイザー的な仕事も舞い込むようになってきた。


 学生時代に思い付いた私のアイディアは成功したといえるだろう。


 ただ、最近、私にはある悩みがある。


 ネットでこんな中傷を受けるようになったのだ。


 あの「寝るプロ」とか言っている奴、寝顔が笑えるんだよなあ。


 寝顔なんてどうすればいいのか。その悩みのストレスのせいで私は不眠症になってしまった。


 なんということだ。プロ失格ではないか。


 寝るプロの眠れない日々はしばらく続きそうである。





                 (了)





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