ぴったり




 ホント、お似合いだよね。「ぴったり」って感じだよ。


 よくそんなことを言われる。


 いつ結婚するの?


 そんなことも言われるようになった。


 でも私はひどく困惑している。


 なぜならみんなが口をそろえて言う「私にぴったりの彼氏」が、肝心の私には見えないからだ。


 それが始まったのは三年くらい前だった。街に買い物に行った私は女友達とばったり会った。その時、彼女は私の横をちらりと見てこう言ったのだ。


「ねえねえ、彼氏さん?」


 私は「えっ?」と言って彼女の視線の先を追った。しかしそこには誰も居なかった。


「えっ、そうなんですか。へえ、街で見かけて一目惚れ。わあ、ロマンチックですね!」


 彼女はきょとんと見つめる私を無視するように隣の空間に向かって話し掛けていた。


「ちょ、ちょっと、誰に向かって話してんのよ?」


 私がそう言うと逆に彼女は不思議そうな顔をして眉間に皺を寄せた。


「はあ? 彼氏さんだよ。なに、ひょっとして照れてんの?」


「違うって! 誰も居ないじゃ……」


「あ、もうこんな時間! ごめん、わたし、約束があるからさ。じゃあ、デート、楽しんでね」


 そう言うと彼女は呼び止める私に笑顔で手を振りながら走り去ってしまった。


 それからというもの私は事あるごとに知人や家族から私には見えない「彼氏」の存在を指摘された。


 私にだけ見えない彼氏。私にだけ聞こえない声。


 しかし周りの評判を聞いているとその「彼氏」とやらがどんな人物なのかなんとなくわかってきた。


 彼は某有名企業で働いている男性で私の二つ年上であり、学生時代はサッカーをやっていて今もその当時の友人とフットサルのチームを作って楽しんでいるスポーツマンらしかった。


 人柄的には明るくおしゃべり好きらしく、知識も豊富なようで、彼と話した人たちはみんなよく笑うのが印象的だった。(もちろん私だけが仲間外れだったわけだが)


 両親はもう彼の虜というか熱心に結婚を勧めてくるようになっていた。


 もちろん私は「そんな彼氏は存在しておらず自分にはその人の姿が見えない」ということを両親を含め周囲に何度も主張してきた。


 しかしなぜか私の意見は照れ隠しの冗談のように受け取られてしまい、全く真剣に取り合ってもらえず、ズルズルとここまで来てしまった。


 そして不思議なことに彼の姿は見えないし彼の声も聞こえないのだが、彼から贈られたと思われるプレゼントだけがいつの間にか私の部屋に出現するようになっていた。


 こうなってくるとやはりおかしいのは周囲ではなく私自身なのではないかと思わざるを得なかった。


 彼はちゃんと存在しているのに姿も声も私が認識できていないということだ。


 そう思うと私は見えない彼が可哀想になってきた。自分の声に反応してくれない相手とどうやって愛を育んでいるつもりなのだろう? それとも彼から見れば私はものすごくおとなしい恥ずかしがり屋ということで納得してもらえているのだろうか?


 次第に彼のことを考える時間が増えていった。


 そして、こんなことを言うと、馬鹿みたいに聞こえるだろうが。


 気付いた時には私は彼のことが好きになっていた。


 今思えばやはりみんなが言うように彼は私にぴったりの人だったのだろう。


 それからまた何年か過ぎ、私と見えない彼は一緒に生活をしている。


 姿が見えなくても声が聞こえなくても触れられなくても彼の愛情は感じる。


 だから私は幸せだ。


 ただ、ひとつ、恐れていることがある。


 最近、私のお腹が膨らんできたのだ。


 もちろん産むつもりだ。愛する彼と私の子供なのだから。


 でも。もしも。


 この子の姿が見えなかったら。


 この子の泣く声が聞こえなかったら。


 愛する我が子を抱くことすら出来なかったら。


 そうならないことを神に祈るばかりである。




                (了)






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