ダイイングメッセージ



 最初に殺されたのは資産家として有名な加藤会長だった。我々を招待した人物であり、この三日月型をした奇妙な館「月の館」の持ち主である。


 今思えば8人の招待客たちは年齢も職業もバラバラで、確かにそれぞれ何らかの形で加藤会長と顔見知りではあったが、決して特別な理由もなく招待を受けるほど親しい間柄ではなかった。


 その8人が半ば脅迫に近い強引な招待をされてここに集められたのだから皆、顔合わせの時点で訝しく感じていたはずだ。


 豪華な夕食も砂を噛むような感じがして、それぞれが部屋に戻った直後、あの悲鳴が起きた。


 私は職業柄、只ならぬ声に素早く反応した。自分の部屋を飛び出し、声のした方、三階に向かって階段を駆け上がった。


 大きく開いたドア。中には頭から血を流し倒れた加藤会長と青ざめた様子でうろたえる秘書の鈴木さんの姿があった。


「あ、ああ、探偵さん」


 鈴木氏は私に気付くと震えた声でそう言った。


「どうしました? いったい何があったんです? そうだ、救急車は?」


「あ、そ、そうだった! で、電話してきます!」


 鈴木氏はようやく我に返り、スイッチが入ったおもちゃのように突然動き出すと、階段を駆け足で降りていった。


 私は倒れている加藤会長の脈や呼吸を確認したが、すでに彼は死んでいた。


 こうして最初の事件が起きたのだ。


 それから私の調査の結果、様々なことがわかった。


 屋敷の電話線が何者かによって切られていたこと。(無論救急車は呼べなかった)


 屋敷に通じる唯一の道である吊橋が何者かによって壊されていたこと。


 屋敷のある場所は山中で携帯電話は繋がらない。


 そう、我々は巨大な密室に閉じ込められたのだ。


 その後、私は鈴木氏からある興味深い話を聞くことが出来た。彼が会長の悲鳴を聞いて駆け付けた時、犯人の姿こそ無かったものの加藤会長にはまだ息があったというのだ。


 そして加藤会長は最後の力を振り絞るようにこう言ったのだという。


「八本足の……」


 いったいどういう意味だろう? 鈴木氏には全く心当たりがないという。ひょっとしたら似た言葉と聞き違えただけなのかもしれないが、まずは「八本足」という言葉だと仮定して考えてみなければならないだろう。


 八本足といえば真っ先に思い浮かぶのは蛸である。しかしそれが事件とどう関係するのか。


 人間が何者かに危害を加えられて自分の命が消えようとしているのを感じた時、自分の最期の言葉として残したい言葉はなんだろう?


 そう、犯人を示す言葉だ。


 一般的にはダイイングメッセージなどとも言われるその言葉。


 きっと加藤会長の「八本足」という言葉には犯人に繋がる秘密が隠されているのだ。


 ひょっとしたら加藤会長は自分の運命を心の何処かで予測していたのかもしれない。だから私が呼ばれたのだ。彼の期待に答えよう。私はそう誓った。






 それから私の奮闘虚しく第二、第三、第四の事件が起きてしまった。


 そしてなんとその全てで何らかの形のダイイングメッセージが残されていたのだ。


 二番目の毒殺事件では「青い肌」、三番目の刺殺事件では「三つの眼」、四番目の絞殺事件では「柔らかい」という言葉が残されていた。


 そうか、そうだったのか。時間は掛かってしまったが、私はついにこの連続殺人事件の真相に辿り着くことが出来た。






「どうしたんです、探偵さん? こんな時間にみんなを呼び出して」

 

 イライラした様子でそう言ったのは自称アーティストの近藤だった。


「わかったんですよ。今回の事件を起こした犯人が」


「な、なんですって! 会長や皆さんを殺した犯人がわかったんですか!」


 いつになく鈴木氏は興奮した様子だった。


「はい。この連続殺人事件を起こしたのは……、あなただ!」


 そう叫んで私はある人物を指差した。彼は全く驚く様子もなくちらりとこちらを一瞥しただけだった。


 火星人のオリュグッホフィ氏である。


「ほお、面白い。私が犯人だという証拠でもあるのかね?」


「三つの目を持ち、青い肌で蛸のような柔らかい身体をしている人物。死んでいった皆さんのダイイングメッセージは全てあなたを指し示しているのです!」


「くっ……、まさか、私の完全犯罪を見抜く人間が現れるとは。完敗だ」


 こうして謎多き事件は幕を閉じたのだった。





                 (了)









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