現実味
違和感に気付いたのはその時付き合っていた彼女と食事をしている最中だった。
笑顔で仕事の話をしていた彼女に対してなぜか現実味を感じなかったのだ。
夢を見ているというか、映画とかテレビの画面を見ているような、そんな感覚に近かった。
どこか上の空になってしまい彼女に怒られた、そんな記憶がかろうじて残っている。
しかしそれは始まりに過ぎなかった。
僕の現実味の喪失はどんどん悪化していったのだ。
会う人、見る風景、やったこと、五感で感じるもの、体感しているもの全てが少しずつ現実感を失っていった。
見るもの全てがモノクロの錆びついたガラクタにしか見えない、あえて言葉にするならそんな感じだった。
僕は仕事を辞め、あまり外に出なくなった。どこに行っても虚無しか感じないのなら見慣れた我が家という廃墟に居る方がまだマシだったからだ。
当然、恋人とは別れることになり、友達も離れていった。
鏡に映る自分さえ雑な線画にしか見えなくなり、いよいよ目の前に永遠の暗黒という最期の時がちらつき始めた。
そんな時、偶然出会ったのが君だった。
どうしようもない用事があって数週間ぶりに行った街。相変わらず自分の目に映るのは鉛筆デッサンのような世界だった。
その中でなぜか君だけに色が着いていた。
茶系の上着にインディゴデニム、決して目立つような派手さはなかったかもしれない。
それでも久し振りに色のあるものが見えた僕は興奮してしまった。
我を忘れて、君の元に駆け寄り、自分でもよくわからないことを一生懸命話し掛けたと思う。
普通なら怖がられても仕方がないような状況だったろう。でも君は真剣に僕の話を聞いてくれた。
そして僕たちの付き合いが始まった。僕の打ち明けたこの奇妙な症例を君は馬鹿にせず理解してくれた。
未だに僕の目に映る世界はモノクロで最近は形すら崩れ始めている。
それでも君だけは出会ったあの日と同じようにはっきりと姿が見える。この無味乾燥な世界の中で君だけが僕に現実味を与えてくれる。
だから僕はまだ生きていける。君は僕の命の恩人であり命綱のようなものだ。
ただ、最近気付いたことがある。どうやら君の姿は僕以外の人間には見えていないということに。
でもそんな些細な事はもう気にしない。
僕のただひとつの現実は君なんだから。
(了)
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