軍手
あなたは軍手を知っているだろうか?
そう、作業時に手を守るために付けるあの手袋である。
これまでの人生で一度も使ったことがないという人はさすがにいないだろう。
それだけ人間の社会で当たり前のように生息している代物だ。
生息。そう、私は存在ではなくあえて生息と言った。
やつらは生きているのだ。
待って欲しい。そんな目で見ないでくれ。
頭がおかしい。そう思っているのだろう。
無理もない。私だって昔はそんなこと思いもしなかったからな。
順を追って話そう。そうすればあなただって私の言うことを理解できるようになるだろう。
私が異変に気付いたのは五年ほど前だった。残業で遅くなり深夜に誰もいない住宅街をひとりでとぼとぼと自宅に向かって歩いていた。
街灯が照らし出す電柱の根本にそれが落ちていた。
軍手。片方だけ。
特におかしいとは思わなかった。よくある光景。見慣れた風景。そう思いながらもなぜか私の視線はそれから離せなくなっていた。
ぴくり。ぴくぴくぴくっ。人差し指に当たる部分が動いていた。
なんだ? 小さな動物か虫でも入っているのか?
そう思った瞬間、その軍手は明らかにもぞもぞと中に手が入っているかのような動きをしたのだ。
ひょっとしたら小さな悲鳴をあげたかもしれない。はっきり思い出せないくらい私はその時パニックになった。どこをどう走ったのかわからないが自宅の玄関で汗だくになりながら息を切らし、ぜえぜえ喘いだことだけは覚えている。
それが始まりだった。
それ以来、私は時と場所を選ばず、動く軍手を見掛けるようになった。
彼らは最初、痙攣するような動きをするだけだった。しかしまるで私に見られることで少しずつ進化するかのように、目撃するたびにその動きははっきりと意思を感じるものになっていった。
時には手招きするように、時にはあっちに行けとばかりに、時には手話のような動きさえ彼らを見せてきた。
仕事場で、道端で、旅行先で、家の廊下で、私は彼らに会ってきた。
彼らが私に何を伝えたいのかわからない。わかりたくもない。
でもいつかあいつらが雨のように空から降り注ぐ日が来たとしても私は驚かない。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます