ぎくしゃく
あなたとぎくしゃくし始めたのはいつからだろう?
この時、この瞬間というきっかけは特に心当たりがない。たぶん目に見えないほどの些細な、すれ違い、思い違いの積み重ねが原因なのかもしれない。
いつしかあなたは必要なことしか話さなくなり、私の一方通行な会話が当たり前となってしまった。
そんな毎日に疲れて、ふと気がついたら私も必要最小限なことしか話さなくなっていた。
私は何かに取り憑かれた。だから口にしたのだ。
もう別れましょう、と。
あなたはもっと抵抗すると思っていた。ひょっとしたら激怒するんじゃないかとさえ思っていた。
でもあなたは淡々と理由を尋ねてきただけだった。
あなたがそんな風だったから私も淡々と理由を説明した。
生活には何の不自由もない。でも生きている感じがしないの。
あなたは少しだけ目をつむり考えた。そしてこう言った。
「わかった」
ただそれだけだった。
私の中で何かが切れた。激怒したのは私の方だった。
私は全てをぶちまけた。
なんでもっと自分のことを話してくれないの? なんで私の話に興味を持ってくれないの?
もっと一緒に出掛けたかった。もっと同じ経験をしたかった。
喚きながら次第に私は涙ぐんでいた。怒っているのか泣いているのかわからなくなった。
疲れて座り込んで下を向いてぐすぐす泣き出した私の肩にあなたがそっと手を置いた。
顔を上げた私が見たものは涙でくしゃくしゃになったあなたの顔だった。
初めて見るあなたのそんな顔。あまりにびっくりして自分の涙が引いていくのを感じた。
自分は不器用でつまらない人間だと思っている、と彼は言った。
そんな自分と一緒の時間を過ごしても君は楽しくないんだろうなと思っていた、と。
同じ空間にいると僕のつまらなさがどんどんバレてしまう。それが怖かった、とも。
だから自分は仕事を一生懸命やって君には君の楽しい時間を過ごしてもらうのが一番良い夫婦の形なんじゃないかと考えていた。
彼はそう言って泣いた。
そうか、私たちは間違った形で遠慮しあっていただけだったのか。
二人のどちらかが勇気を出して本音を打ち明けていれば。
いや、どちらかが、なんてただの言い訳だ。勇気を出さなければならなかったのは私の方だろう。
そう、今からでもまだ遅くないのかもしれない。
私は泣いている彼を優しく抱きしめた。
不器用かもしれないけど、確かに話下手だけど、あなたはそれでも一生懸命私に伝えようとしてくれるじゃない。無理に楽しくしてくれなくてもいいの。もっと一緒に歩こうよ。あなたの横顔、私は大好きなんだから。
それは私からのプロポーズだったのかもしれない。私たち二人にとっては二度目のプロポーズだ。
私たちは無器用な歯車だったのかもしれない。やっと噛み合うことが出来たのだ。
これからもちょっとぎくしゃくするかもしれないが、それでもゆっくり一緒に回っていきたい、そう思った。
(了)
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