私は子供の頃から夜の庭を眺めるのが好きだった。


 いや、眺めるという言い方はちょっと大袈裟かもしれない。庭と言ってもそれほど広いものではなく、小さな池と幾つかの樹々、その程度のものであり、なにせうちは東北の田舎の一軒家だったので、むしろ近所のお屋敷と比べれば質素な空間だった。


 それでもそこは小さな私にとって癒やしの空間だった。


 身体が弱かった私はよく寝込んでしまい大人の目が届くようにと茶の間に敷いた布団に寝かされることが多かった。そこからちょうどよく庭を見ることが出来た。


 布団から出ることを許されない子供にとって風に揺れる樹やひらひら飛び回る蝶々や時折訪れる小さな野鳥はとてもキラキラした宝物であり、そんな気持ちのせいか、私は庭という決して広くはない世界が好きになっていった。


 その後、少し成長し体力も付いてくると私は庭の新たな面に気付き始めた。


 それが夜の庭だった。


 ある時ふと夜中に目が覚めた私はお手洗いに行き、その帰りしな、なにげなく庭に目をやった。


 そこには昼間無かったものが生えていた。


 それは人の腕のように見えた。


 私が軽く悲鳴を上げるとその手はまるでおいでおいでするようにひらひらと動いた。


 私は脱兎のごとく逃げ出し両親の寝室に駆け込んだ。お父さん、お母さんと一緒に戻ってみると庭の手は消えていた。


 結局、私が寝ぼけただけだろうということになり、その日は終わった。


 しかし私がそのような奇妙なものを見たのはそれ一度のことではなかった。


 それ以来、私は何度も何度も夜の庭に現実にはありえないようなものが生えているのを目撃することとなった。


 狐の面を被った狸、左半分だけの羊の頭部、双頭の雛人形、3メートルはあろうかという巨大なカミキリムシ、毛むくじゃらな立方体、キュイキュイと鳴き続ける魚の尾びれ、あげたらキリがないほど、たくさんの異形の者たちを私は見てきた。


 ひとつひとつについてちゃんと詳しく語るべきなのかもしれない。


 私の人生に彼らがどう関わってきたのか、それで私の人生がどう変わったのか、それについて説明するのがこの物語の私の役割だろう。


 でも、もういい。何もかも面倒だ。経過を説明しても結果は変わらない。


 適当に想像してほしい。とにかく色んな事があってこうなったのだ。


 そう、私は今、夜の庭に生えている。






                 (了)





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