突然




 それは突然のことだった。


 飼っていたうちのミケが言葉を発した。


「機が熟した。おまえら人間たちの目に余る所業をもう許すことは出来ない、それが我々の総意だ。これより人間を我々の支配下に置く!」


 驚きのあまり僕は言葉が出なかった。するとそれまで芸能人の不倫疑惑を伝えていたワイドショーがニュース速報を伝え始めた。


「たった今、入ってきたニュースです。全国から当局に対して『うちのペットが人間の言葉を話し始めた。人間を支配下に置くという内容だった』という電話が相次いでいます。さらに警察、行政機関に対しても同じ内容の問い合わせ、通報が殺到しているということです」


 僕はミケの方を振り返った。


「どういうことだ?」


「聞いたとおりだ。お前ら人間はやり過ぎたのだ。もうこの世界を任せておくことは出来ん。今後は我々がこの世界を治める。おまえたちの役割は終わったのだ」


「我々?」


「総意だ。人間以外の生物の」


「猫とか犬とかそういう奴らのことか?」


「全てだ。人間に飼われている生物はもちろん、そうでないものたちも含めての総意。お前たち人間以外全ての生物の総意」


「人間以外全て? そんなものの総意なんてどうやって……」


「お前ら人間は忘れてしまったのだ。生きとし生けるものが皆加わっている総意からいつの間にか離脱してしまったことに気付いていないのだ。我々は数多の個でありながら強大なひとつでもある。かつてはおまえたちもそうだったのに自ら手放したのだ。井の中の蛙の王となるという、つまらない夢のために」


「意味がわからねえよ! 支配するって? ハハ、面白い、猫がどうやって人間様の上に立つっていうんだ?」


 その時、僕は何かの音を聞いた。何かが走っているような音だった。


 そう、何か、とてつもない大群が。


 次の瞬間、すぐそばの窓ガラスが割れた。そこから飛び出してきたのは数匹の猫だった。しかしそれは始まりでしかなかった。家中の窓や入り口からおびただしい数の猫が我が家に侵入してきたのだ。辺り一面が踏み荒らされ、そして僕も気付いた時には床に叩き伏せられていた。


 飛び掛ってくる猫たちに体中を噛みつかれ引っ掻かれ全身に痛みが走った。悲鳴を上げながら悶え苦しむ僕の耳元でミケがそっと囁いた。


「これが総意です」


 テレビからは司会者たちの悲鳴が流れてきていた。向こうのスタジオには大量のカラスが入り込んできたらしい。近所からは「蛇が! 蛇がー!」という悲鳴も上がっていた。


 しかし僕はそれどころではなかった。痛みは外側だけでなく体の内側からも襲い掛かってきていたのだ。


 人間の体内には千兆個、重さにして2キログラム近くの「細菌」が生息しているという……。


 脳に、体内に鳴り響く「総意」の合唱の歌声を聴きながら僕の意識は遠くなっていった。






                 (了)






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