うとうとびと
みんな、そういうものだと思っていた。
それが私にだけ起きる現象だと知ったのは小学生の時だ。
数人の友達と他愛もない話をしているうちに私はふとその話をしたのだと思う。
それまでニコニコと笑っていた彼女たちが急に引きつったような苦笑いを浮かべた瞬間を今でも鮮明に覚えている。
決していじめられたわけではないが、それをきっかけに私とクラスの子たちの間に目に見えない壁のような何かが出来たのは間違いない。
仕方ないことだ。だって私は知らなかったのだ。
うとうとさんが私のところにしか現れないなんて。
小さい頃の私はどこにでもいるお話し好きの子どもだった。
寝る時間になるといつも眠くないと駄々をこねて父や母に絵本を読んでとせがんだものだ。
両親が読んでくれる物語に耳を傾けながらいつの間にか眠りの世界に落ちていく、それが私の日課だった。
毎日毎夜繰り返される日常の出来事。自分にとっては呼吸のように当たり前のことだったから不思議にすら思わなかったのだろう。
ふと気付いた時、物語を語ってくれるのは両親ではなく「うとうとさん」になっていたのだ。
おまえは何を言っているんだ、と言われそうだが、そう言うしかないのだ。幼い頃の記憶を辿ると寝ている私の横に座って絵本を読んでいるのは確かに父か母だった。しかしその役割はいつの間にか、うとうとさんにバトンタッチされ今も続いているのだ。
そう、私が大人になった「今も」なのである。
彼は目に見えない。でも声で男の人だということがわかる。とても物知りで毎晩違うお話をしてくれる。そんな存在だ。
順序良く説明しよう。
私が布団に入り眼をつむり暫くするとそれは現れる。挨拶などは特に無く、急に物語が始まるのだ。耳元で囁く優しい声。集中しないと聞き取れないくらい音量は小さいが滑舌はよいので聴きやすい。
年齢的には若い男性。子どもの頃はお兄さんという印象だったが今となっては同世代かもしれない。声を聞く限り彼が歳を取ったような感じはなく私が彼に追い付いてしまったようだ。
私が目をつぶったまま、おとなしく話に集中している限り彼の話は続く。いつも私はいつの間にか眠りに落ちてしまうので話を最後まで聞いた覚えがない。
姿はわからない。もちろん彼の存在をはっきり認識してからは気になって何度か目を開けて確認してみようと思ったことはある。
しかし眼を開けるとそこには何もいないのだ。そして物語は終わってしまう。そうなると私はなかなか寝付けなくなり次の日ひどく眠くて大変な思いをした。
だから今はもうどうでもいいと思っている。彼が何者か、どんな姿をしているか、そんなことは些細な問題だ。重要なのは彼が私のために物語を語ってくれること、それだけだ。
私は彼に親しみを込めて「うとうとさん」という名前を付けた。自分がうとうとしている時にしか会えない人だから。
今日も彼は何かお話をしてくれるだろう。この前してくれた空を飛びたいと奮闘するカモノハシとナマケモノのコンビの話の続き? それともすでにシリーズ化している百人兄弟のネズミの六十七番目の子の話だろうか?
こうしてまた私にとって大事ないつもの夜がやってくる。
(了)
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