鬱蒼とした嘘
最初は些細な嘘だった。
社会人になってから知り合った友達と話している時にちょっとした見栄を張りたくなった私はつい自分の過去を偽って話した。
昔の私は今の私が知っている本当の私よりも賢くて良い子の私になった。
そこから私の地獄が始まった。
嘘を本当にするためには新たな嘘で塗り固める必要があった。
過去の私はだんだん私でなくなり、さらには今の私にすら侵食してきた。
いっそのこと嘘がばれて批難されれば例え全てを失ったとしても楽になれたかもしれない。
しかしなぜか私の嘘は誰にもばれず私は手放しに賞賛され続けた。
私の周りには噂を聞いた人々が自然と集まるようになり、いつの間にか私は賑やかな集団の中心となった。
偽りの繁栄と反映。
私はいつしかそれに溺れ自分がついた嘘の波に飲まれて、それに身を任せるようになった。
ところがついにその日はやってきた。
昔の私、本当の私を知る者が私の前に現れたのだ。
それは学生時代のクラスメイトだった。
格別仲が良かったわけではないが、それなりに私のことを知っている存在。
私はついに自分が築き上げてきた虚構の城が崩れ落ちる瞬間を覚悟した。
しかし思いもよらないことが起きた。
なぜか彼女は私の嘘のとおりに笑顔で思い出話を始めたのだ。
ふざけて私の嘘に話を合わせてくれているだけなのかと最初は訝しく思った。
けれどそれにしては彼女の話には迷いがなかったし表情も懐しそうでとても演技には見えなかった。
考えられることはただひとつ。
私の嘘は何者かに許され真実となったのだ。
私は真実とは何かということについて思考の旅に出た。
もし私だけが知っている真実があってそれを声高に叫んだとしても私以外の全員が信じている真実が違うものだったとしたら私の信じている真実は真の真実となりうるのだろうか。
私の信じた嘘が疑いなくみんなを信じこませたのならば、それはもう真実と同じ力を持つ限りなく真実に近い無垢な何かになったのではないだろうか。
嘘も方便、誰も傷つかないのならば私が嘘の真実に拘る必要などないだろう。
私の迷いの振り子はゆっくり止まった。
やがて私はみんなから「◯◯様」と呼ばれる存在になっていった。私を信じれば病気が治り恋が実りどんな悩みも解決する、そんな噂が広まっていた。
誰が言い出したのかわからない非科学的でオカルトめいた出所不明の噂。
しかし私が会った記憶すらない証人たちは我が奇跡を涙ながらに証言し噂を真実へと変えていった。
我が家には貢物が溢れ人々がごった返しマスコミがひっきりなしに取材に来るようになった。
恐らく私を怪しんでいた者も少なからず居たと思う。
しかし事実として起きてしまう奇跡の前に彼らの疑いは刹那に泡の如く消えていった。
世界が私を必要としていた。
私は世界の平和の願い、争いのない社会を人々に説いた。
私を信じればそれが実現するのだと嘘をついた。
そしてそれは実現された。
世界各地で平和的な条約が締結され、ニュース番組が血生臭い話を伝えることも少なくなっていった。
医学の世界では次々と新しい発見がなされ不治の病は過去の物となった。
私のために作られた宮殿に住み、世界中の賞賛を受けながら私は世界に対して嘘をつき続けた。
最近一人になるとふと思うことがある。
この偽りの祝福された世界はいつまで続くのだろう?
永遠に? 私がそう言えばそうなるのか?
しかしそうは思えなかった。そうはならない予感がした。
どんな物事にも必ず終わりが来る。それは嘘偽りのない、私にも曲げられない神の作った真実だ。
鏡を見れば青褪めて震える私の後ろに鬱蒼とした嘘の世界が広がっていた。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます