代替
前略。
突然こんな手紙が届いて君はびっくりしただろうね。
直接会って話すべきだということはわかっている。でも僕が口下手なのは君も知っているだろう?
手紙なんていまどき古臭いけど、こうやってゆっくり手書きした方が考えをまとめるのには良いかもしれないと思ってね。
今、君の顔を思い浮かべながらこの文章を書いていたら、あの日のことを思い出したよ。
君に会ったのはちょうど一年前だったね。
君みたいな美人が僕なんかに声を掛けてきたんだからとてもびっくりしたっけ。
「前から何度かあなたを見掛けていて気になっていたの。付き合ってくれませんか」
そう言われて僕は誇張でもなんでもなく「生まれてきて良かった」と心の底から思ったよ。
君と付き合い出してからの毎日は本当に楽しかった。
でも交際経験が少なかった僕は君にリードされっぱなしだったね。
あの遊園地が面白いらしい。あのレストランが評判みたい。
いつも君がそうやってデートの計画を提案してくれた。
あなたにはこの帽子が似合う。この服、かっこいいよ。
僕が着る服もいつの間にか君がコーディネートしてくれるようになった。
男としてはちょっと情けない感じだったかもしれないけど僕はそれでも良かったんだ。
あの話を聞くまでは。
つい先日、僕は道端である女性から声を掛けられた。
彼女は僕のことを別の名前で呼んだんだ。人違いだとわかってからも彼女は「似ている」を繰り返していた。
その彼女から君の名前が出てきた時は思わず声を出してしまうほど驚いたよ。
彼女は昔の君を、つまり僕が知らなかった頃の君を知っている娘だったんだ。
ここまで書けば、僕の言いたいこと、もうわかったろう?
彼女は僕を最初こう呼んだんだ。
「えっ、ヒロシ君?」
そう、君の元カレの名前だよね?
もちろん僕だって子供じゃない。君みたいな美人なら元カレが何人いても驚きはしない、そう思っていた。
でもそうじゃなかった。自分でもどうしようもない感情が襲ってきたんだ。
嫉妬って奴なんだろうね。
男の嫉妬なんて見苦しいだけだってことはわかっている。でも抑えられない感情が溢れてきた。
だから僕は内心ドキドキしながらも何食わぬ顔をして「元カレってどんな人?」とその娘に聞いてみたんだ。
君と彼が結婚の約束までしていたこと。その彼が自分の夢のために君を捨てて遠く離れた地へ行ったこと。周りが心配するほど君が落ち込んでいたこと。色々な話を聞いたよ。
「そんなに、その『彼』って僕と似ているんですか?」
僕がそう聞くと彼女は携帯で撮った昔の写真を見せてくれた。
複数の男女が写った楽しそうな飲み会の写真。その中に君と、そして「彼」がいた。
確かに彼の顔はちょっとだけ僕に似ていた。でもショックなのはそこじゃなかった。
彼の着ている服に見覚えがある。そのことの方がショックだった。
オシャレな人だったらしいね、彼は。
僕は気付いてしまったんだ。
僕は君にとって彼の「代替品」でしかないんだって。
君の色に染められる。そんな表現だったら喜んで受け入れられたかもしれない。
でもその色は君じゃなくて彼の色だったんだろう?
そんなの耐えられない。
こんな僕にだって多少はプライドがある。
つまらないことを気にしている、小さい男だ、そう思われるかもしれないけど。
バカみたいと思うだろうけど。
一度、君とは距離を置きたいと思う。
君が好きなのは本当に僕なのか? それとも……。
ゆっくり考えてみてくれないか?
僕もゆっくり待つことにする。
気持ちが固まったら連絡ください。
草々。
手紙を出してから一ヶ月が過ぎた。彼女からは何の連絡もなかった。
終わったんだな。
僕はそう思っていた。
そんなある日、僕の部屋のチャイムが鳴った。
ドアを開けたら「君」が立っていた。
見覚えのある君、ではなく、初めて見る君が。
「!? そ、その髪、どうしたの!?」
一ヶ月ぶりに会えたというのに僕はそんなことしか言えなかった。
「……切っちゃった。生まれて初めてだよ、こんなに短くしたの。えへへ、どう、似合うかな?」
一番の自慢だった長い黒髪をバッサリ切ったベリーショートの君がちょっと涙ぐみながら照れくさそうに僕に微笑み掛けた。
思わず僕は抱き締めた。「彼」の知らない君を。
君の代わりなんていないことを僕は知った。
(了)
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