犬同士の会話
「ういーす!」
「おはよー! 寒いねー」
「ああ、ホントしんどいよー。ほら、うちのご主人って『犬には服着せない主義』だろ? いいなあ、ショコラちゃんはいつも綺麗な服着せてもらって。今日も可愛いよ~、えへへ」
「えっ、も、もう! 急にそんなこと言われたら照れるじゃない。ゴン君はいつも口が上手いんだから!」
「本心なんだけどなあ……。あーあ、俺のご主人も女性が良かったなあ」
「ゴン君のご主人も良い人そうじゃない? いつもニコニコしているし」
「……あのさあ、ショコラちゃん。ここだけの話だけど、こいつがニコニコしているのはこの公園にいる時だけなんだぜ?」
「えっ、そうなの?」
「いつもはムスッとしててさ、愛嬌の欠片もない奴だよ、こいつ」
「ふーん、そうなんだ」
「陰気というか、覇気がないっていうか、口癖も『あーあ、つまんねえなー』なんだよね。『つまらないのはおめえだよ!』っていつも言いたくなるよ。人間の言葉を喋ることができたら説教してやるんだけど」
「アハハ、そうだね」
「それに、こいつ、飼い主のくせに散歩に付き合ってさえくれなかったんだよ? ついこの間までは」
「えっ、でも、ずっと一緒にこの公園に来ているじゃない?」
「最近はね。でもほんの一ヶ月前までは部活が忙しいとか言い訳ばっかで全然俺に構ってくれなかったんだ」
「じゃあ、散歩は?」
「こいつじゃなくてこいつの父親と来てたんだ。ここじゃなくて向こうの河原の方に」
「そうだったんだ」
「うん。あのさ、実はそのことでちょっと話したいことがあるんだけど」
「えっ、なになに?」
「一ヶ月前の話さ。いつも散歩に付き合ってくれていたこいつの親父が風邪を引いて寝込んじまったことがあったんだよ。その時にこいつが代理で俺を散歩させたわけ。そして初めてこの公園に来たんだ」
「へえ」
「その時に俺たちは君と君のご主人様を偶然見掛けたんだ。それがきっかけだった」
「きっかけ?」
「一目惚れって奴さ。この無愛想な純情男子は君のご主人に惚れちゃったんだよ」
「わあ! そうなの? 知らなかったわ! じゃあ、一ヶ月前から毎日この公園へ散歩に来ているのは……」
「そう、君のご主人に会いたいからという実に不純な動機なのさ。俺の散歩はあくまで口実というわけ」
「そうか、麻衣ちゃんにねえ」
「そういえば君のご主人の麻衣ちゃんは確か高1だよね?」
「うん。君のご主人の佑樹さんと同い年のはずだよ」
「そうか……。あの、それでさ、聞いておきたいんだけど、どうなの? 麻衣ちゃんは佑樹のこと、どう思っているのかな?」
「えー、どうって、うーん、そうだなあ、印象は良いと思うよ。ここで佑樹さんと喋った時は家に帰ってからも機嫌がいいからね。でも、ゴン君、なんでそんなこと聞くの?」
「こいつ、麻衣ちゃんに本気で惚れているんだ。俺はそれを応援してやりたくて」
「……」
「あれ? どうしたの、ショコラちゃん? 急に黙って……」
「偉い!」
「うわあ、びっくりした」
「ゴン君、偉いよ! 忠犬だよ! 感動して一瞬無言になっちゃった」
「いやいや、そんなんじゃないよ。俺はこいつに恩があるんだ。昔、捨てられていた俺を拾ってくれたのは小学生だった頃の佑樹なんだ。親には随分反対されたよ。でもこいつは飼ってもいいと言ってもらえるまで飯を食べないって宣言してさ。本当に丸一日何も食わなかったんだ。それでこいつの両親は根負けして俺を飼うことを許してくれたのさ。まあ、今じゃどっちかっていうとこいつよりもおやじさんおふくろさんの方が可愛がってくれるけどね」
「そんなことが……」
「確かに愛想は悪いし面倒くさがり屋だけど良い奴なんだ、佑樹は。あれからもう何年も経つけど、それだけは今も自信を持って言える。だから不器用なこいつが初めて経験する恋を俺は応援したいのさ」
「わかった! 私も出来るだけの協力をするよ」
「ありがとう、ショコラちゃん」
「大丈夫。たぶんうまくいくよ。ほら、今も二人、楽しそうに話しているみたいだし」
「うん、そうだね。しかし人間って奴は無知だよな。俺たちが人間の言葉をちゃんと理解しているとも知らないで勝手なことばかり喋って」
「私たち犬同士がテレパシーで会話しているなんて思いもしないんだろうね」
「聞いているこっちが恥ずかしいじゃないか。『この子たち、仲良いよね』なんて目の前で言われたら」
「……ゴン君」
「えっ、なに?」
「……嫌なの?」
「えっ!」
「……私と仲良しだと嫌?」
「しょ、ショコラちゃん!?」
「私はもっとゴン君と仲良くなりたいけどなあ」
「は!? そ、それは!」
「ゴン君は?」
「な、なりたいです! 仲良くしてください!」
「フフ、良かったあ。じゃあ、ご主人の恋の応援、一緒に頑張ろうね。それから、私たちも」
「はっ、はいっ! 頑張ります!」
寒空の公園は今日からほんの少しだけ暖かくなるようだ。
(了)
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