第13話 冒険者協会

「イクベに行く前に、冒険者協会に行って二人の冒険者カードを作る必要があるぞシバタ」


 トゥリンが言うには、冒険者カードというのは旅をするのに必要な身分証みたいなもので、冒険者登録をすれば仕事も受けられ、旅の資金を稼ぐのに役立つのだという。


「なるほど。じゃあ、明日にでも早速行ってみよう」


 俺は感心してうなずいた。


「トゥリンは物知りだし、しっかりしてる。一緒に来てもらって良かったよ」


 トゥリンはパァッと顔を輝かせる。


「そ……そうか!? いやー、そうなんだよ。こう見えて、昔から私は良妻賢母タイプだと評判で」


 何やらモニョモニョ言うトゥリンの横で、俺はお皿を片付け立ち上がった。


「よし、そうと決まったら、風呂でも浴びてとっとと寝るか」


「そ、そうだな。ちょっと待て、今風呂を沸かしてくる」


 顔を真っ赤にしてパタパタと駆けていくトゥリン。


「どうも最近トゥリンの様子がおかしいな」


 俺はサブローさんの背中を撫でた。

 触った箇所からふわりと毛が舞う。


「む?」


 よく見ると、太もものあたりに白い毛の塊が浮き上がっている。浮いた白い毛を引っ張ると、ゴッソリと毛が抜け落ちた。


「なんてことだ。石鹸も買ったし、本格的な換毛期になる前に、そろそろサブローさんもお風呂で洗ってやらないと」


 俺が「お風呂」と言った瞬間、サブローさんはビクリと体を震わせて変な顔をする。


「ボクもご主人とお風呂入る」


 モモはお風呂が好きなようで嬉しそうに尻尾をバタバタと振っている。

 そう言えば、モモも犬の姿の時、毛がボサボサだったな。


「よし、じゃあ二匹まとめて洗うか」


「シバタ、お風呂の準備ができたぞ」


 いそいそとトゥリンが駆けてくる。


「そうか、ありがとう。今日はトゥリンが先に入ってていいぞ」


「そ、そうか?」


「ああ。俺はモモとサブローさんと一緒に入るから」


 俺が言った瞬間、トゥリンはドサドサと着替えを床に落とす。


「な……な……破廉恥な! や、やはりその胸か? 太ももがいいのか!? それともそのケモ耳と尻尾!?」


 ブツブツ呟くトゥリン。


「いや、何か勘違いしてるようだけど、もちろんモモには獣の姿になってもらうから」


「な、何だ、そうだったのか! いや、そうだと、私も初めから知っていたさ! ハハハ」


 しばらくしてトゥリンが風呂から上がる。やけに早い。


「次、入ってもいいぞ!」


「ああ」


 顔を上げると、トゥリンは何だか見慣れない白のスケスケのネグリジェみたいなのを着ていた。


「じゃあ、寝室で待ってるからなっ。安心しろ、私が色々教えてやるぞっ!」


「? おう」


 あんな服、持ってたっけ。


「よし、じゃあ俺たちも行くか」


「はい、ご主人」


 モモがポン、という音とともに犬の姿に変身する。


「あれ? サブローさんは?」


 俺は部屋を見渡したが、どこにもサブローさんの姿はない。


「サブローさん、どこだ?」


「クンクン」


 モモも匂いを辿ってサブローさんを探す。


「あ、いた」


 よく見ると、押入れの中に光る眼が見えた。


「サブローさん、こっちにこい」


「ウー」


 鼻に皺を寄せて牙を見せるサブローさん。どうやらお風呂が嫌らしい。


「こいこい」


 俺が押入れの戸を少し開けると、サブローさんは今度はその隙間からダッシュで逃げ出した。


「モモ、捕まえて」


「ワン!」


 モモが人間の姿に戻り、サブローさんを抱き抱える。


「捕まえたですっ!」


「よし、そのまま浴室に連れていくぞ」


「はいです!」


「きゅーん……」


 哀れっぽい鳴き声を出すサブローさん。こうしてサブローさんは捕獲され、無事お風呂に入れることが出来た。




「はあ、疲れた」


 春になったせいか、最近サブローさんは抜け毛が多い。


 毛だらけになった浴室を洗い寝室に向かうと、ベッドにはネグリジェを着たトゥリンと裸のモモ、そして二人の間にサブローさんが眠っている。


「……おやすみ」


 白く輝くサブローさんのお腹を見て満足した俺は、二人と一匹に布団をかけてやると、昼間買った寝袋にくるまり床で寝た。



◇◆◇



「おはよう、シバタ。今日は冒険者協会に行くぞ!」


 ニコニコとベッドの上の俺を起こすトゥリン。


「あれ? 俺、いつの間にベッドで」


「モモが運んだんだ。床の上で寝てて可哀想だったから」


「モモが?」


 いくら異世界に来てから痩せたとはいえ、大人の男を抱きかかえて運ぶなんて、そんなこと出来るものなのか。


「獣人はヒトよりも腕力が強いんだ」


 トゥリンが教えてくれる。


「そうなのか」


「ご主人、おはようございます!」


 麻のシャツと短パンを着たモモがやってくる。


「モモ、トゥリンから服を借りたのか」


「はいです! ちょっと胸のところとか、お尻のところがきついですが大丈夫です!」


 クルリと回るモモ。トゥリンは渋い顔をした。


 昨日洗ったばかりのフサフサ尻尾が揺れる、石鹸の匂いがする。



 そして俺たちは、朝ごはんを食べると早速冒険者協会とやらに向かった。



「おお、ここが冒険者協会か」


 木造の三階建ての建物を見上げ、目を丸くする。


 昨日見た奴隷ショップも中々デカい屋敷だったが、冒険者協会はそれ以上に大きい。普通の民家五軒分くらいの敷地はありそうだ。


「ほへー、何だか緊張するです!」


 ブルブルと震えるモモ。

 トゥリンもあんぐりと口を開けて大きな建物に魅入っている。


「トゥリンはここに来た事があるんじゃないのか?」


「来たことはあるけど、200年前だし、その頃はもっとボロい小屋みたいな建物だったぞ。人間社会の発展はすごいなあ」


「そうなのか」


 さすがエルフ、時間の感覚が違う。

 とりあえず三人で「新規冒険者登録」というブースに並ぶ。


 トゥリンは自分の冒険者カードを持っていたのだが、200年前に作って以来更新してなかったので、俺たちと一緒に新しく作り直すこととなった。


 申請書類に必要事項を記載する。


「住所……」


「それは確か適当でいいはずだ」


 とりあえずトゥリンの実家の住所を書いた。


「生年月日……今って何年だ?」


「聖暦877年だ」


 俺が悩んでいると、トゥリンが助言してくれる。


「職業……」


 勇者という欄は無い。

 俺は悩んだ末、「魔物使い」の欄に丸をした。サブローさんは魔物じゃないが、他に当てはまりそうなのがないので仕方がない。


「次の方、どうぞー」


 受付ブースに呼ばれる。

 俺はサブローさんを抱き抱えてブースに腰掛けた。


「あらまぁ、可愛いキツネね」


 受付のお姉さんが言うと、サブローさんはヘッヘッヘッ、と舌を出して笑った。

 やはり普通の人にはキツネに見えるらしい。


「適性検査のため、少し血を採りますね」


 お姉さんは俺の親指に小さな針を指すと、羊皮紙の上に血を一滴垂らした。羊皮紙が白く光り出す。


 ふと隣を見ると、トゥリンも同様の検査を行っている。


「まああ!! 素晴らしい魔力値! それに光・水・風の三種複合属性だなんて。あなたならすぐにA級に上がれますよ!」


 トゥリンの能力値を見て声を上げる受付のお姉さん。


 へー、トゥリンて凄いんだな。


「まー、一応エルフだし?」


 照れたように笑うトゥリンの周りに、ドヤドヤと人だかりができる。

 受付のお姉さんは叫んだ。


「なるほど! 魔力は年とともに体に蓄積されるので、子に魔力を分けないまま高齢になってしまったエルフには強大な力が宿ると聞いたことがあります!」


「だ、誰が高齢処女だ!」


 トゥリンは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「し、失礼しました!」


「全く、子供はこれからシバタと作るんだよ!!」


 俺はその言葉を聞かなかった事にし、反対側を向いた。


 するとモモの周りにも人だかりができている。


「凄いです! 新記録!!」


 見ると、モモが握力計を握っている。しかもよく見ると針は振り切れ、バキバキと変な音まで立てている。


 どうやら獣人は人間より力が強いというのは本当らしい。


 俺も一応目の前のお姉さんに聞いてみる。


「俺はどうでした?」


 受付のお姉さんは真顔で答える。


「至って普通ですね」


「そうですか」


 もしかして……俺、一番弱い??




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◇柴田のわんわんメモ🐾


◼犬の毛


・犬の毛には皮膚を保護する役割を果たすオーバーコート(上毛)と体温調節の役割を果たすアンダーコート(下毛)の二種類がある。

・上毛と下毛の二種類が生えている犬をダブルコート、上毛のみの犬をシングルコートと呼ぶ



◼換毛期


・春と秋、犬の毛が生え替わる時期を換毛期と呼ぶ。

・特に毛が抜けやすいのは柴犬などの日本犬、レトリーバー系、ハスキー、コーギー、シェルティーやコリー、ビーグル、ジャックラッセル、ポメラニアン、ブルドッグ系など

・逆に毛が抜けにくいのはプードルやヨークシャーテリア、マルチーズ、シュナウザー、シーズーなど

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