第12話 獣人モモ
「うおおおっ!」
思わず叫んで飛び退く。
寝て起きたら、隣に裸の美少女がいる。
なぜ。どうして。
……怖い!!
「どうかしたのです? ご主人」
首を傾げる犬耳少女。
「どうしたんだシバタ!」
「ワンワン!」
トゥリンとサブローさんも部屋に飛び込んでくる。突然現れた見知らぬ裸の少女に、驚きの色を顔に浮かべるトゥリン。
「だ、誰だこいつは」
「知らん。いきなり起きたら隣に」
「なんて破廉恥な! いくら私より胸も大きいし背も高いからって。夜這いにはまだ早いぞ!」
確かに、体が大きく発育のいい種族だからなのだろうか、顔は幼く子供っぽいが体はトゥリンより発達しているように見える。
って、問題はそこじゃなくて!
犬耳少女はワタワタと慌て出す。
「ち、違うです!ボクは――」
「ワンワン!」
サブローさんが犬耳少女の股ぐらに潜り込む。
「ひゃあ!」
慌てる犬耳少女に、トゥリンが指示を出す。
「サブローさんが挨拶してるぞ! 早く四つん這いになるんだ!」
「へ? はい!」
「これはイヌーの挨拶だ! もっとお尻を高く上げろ!」
「は、はい、こうでしょうか!」
サブローさんに、必死でお尻を向ける犬耳少女。何やってるんだ?
というか、早く服を着ろ!!
◇◆◇
「皆様、誤解です。ボクですよ、モモです!」
乾かしておいた俺のジャージをワンピースみたいに身にまとった犬耳少女が訴える。
「まあ、薄々そうじゃないかとは思っていたが……」
やはり、この犬耳少女の正体は、俺が奴隷商から買ったあの犬らしい。
せっかく可愛い犬を買ったと思ったのに、女の子になってしまうなんて残念だ。
俺は小さくため息をついた。
「とりあえず飯でも食おう。せっかく作ったのに冷めてしまう」
とりあえず三人と一匹で鍋を囲む。
トゥリンはモモをじっと見つめた。
「ってことはモモは獣人なのか?」
「はい、多分」
トゥリンが尋ねると、モモは頷いた。
よく分からないが、この世界には、人と獣の混ざったような未知の種族も居るのだな。
「んまい! ぅんまいですぅ! こんなに美味しいご飯、ボク今まで食べたことありません!」
「それは良かった」
ガツガツと美味しそうにご飯を食べるモモ。
もしかして、奴隷ショップでの待遇は相当酷かったのだろうか。
スプーンの持ち方もかなり雑だし、今まで犬のエサしか与えられてこなかったのかな。
嬉しそうにパタパタ揺れる尻尾。
初めは犬じゃなくてちょっとガッカリしたけど、ここに連れてきて良かったのかもしれない。
トゥリンはモモにおかわりをよそってあげながら首をかしげた。
「モモはなんという種類の獣人なのだろうか。一番近いのはワーウルフだが、今日は満月じゃないのに変身したし、コボルトでもないし」
「飼育係さんもよく分からないと言ってたです。ここより南の町で、親とはぐれた所を拾われたらしいですが、ボクも小さかったし、ほとんど記憶はないです」
口の中一杯に野菜や肉を詰め込みながら言うモモ。
そう言えば、奴隷商も今まで見たことが無いって言ってたような。
「新種の獣人だろうか。ワーウルフとコボルトの合いの子だったりして」
首をひねるトゥリン。
トゥリンによると、ワーウルフは狼男みたいなもので、コボルトというのは、犬の頭をした小人みたいなやつらしい。
俺はトゥリンに尋ねた。
「ワーウルフとコボルトは交配できるのか?」
「たぶん、できると思う。姿の似てないエルフですらワーウルフやコボルトとの間に子を成せると聞いたことがあるし」
「そうなのか」
エルフはワーウルフやコボルトとの間に子を成せる?
とすると、エルフとコボルトはイヌとオオカミのように近い種なのだろうか。
「でも実際には交わるのは禁忌とされているからどうなのか分からない」
「そうなのか」
「だからエルフが同じエルフやヒト、ドワーフ以外の子を宿すことは殆ど無いんだ」
「人間やドワーフとの子供は結構いるのか?」
「エルフとヒトとの子供は割といる。ドワーフとはあまり仲良くはないが、交流自体はあるから、いてもおかしくない。噂によると、ドワーフは頭がでかいから、母親がエルフだと産む時苦労するとか」
「なるほど」
そこまでトゥリンの説明を聞いて、俺の頭にはある一つの考えが浮かんだ。
「もしかしてだが、例えばエルフとオークとの間には子供ができたとしても、その子供には生殖能力が無いのではないか?」
トゥリンは頷く。
「ああ。そういう『呪われた子』は大抵は病弱で長生きできないし、子供も残せないと聞いている」
なるほど、ライオンとトラの間に出来たライガーやロバとウマの間に出来るラバと同じパターンだな。一代雑種というやつだ。
ライガーやラバのように異種交配で産まれた生物には生殖能力がない、若しくは極端に低い場合が殆どだ。
エルフは長命だと言っていた。それ故きっと生涯に一人か二人しか子を残さないのだろう。
そのたった一人の子供に生殖能力がないと困るから、きっとそんな掟が有るのだろう。ただの推論ではあるけど。
「エルフと人間の間に生まれた子供は普通に子孫を残せるんだな?」
「ああ。人間とエルフの間に生まれた子供にはそういうことはない」
トゥリンは答えてから、顔を真っ赤にする。
「なんだシバタ、もしかして、お前は赤ちゃんが欲しいのか?」
俺は考えこんだ。
その理論でいくと、ヒトとエルフ、ドワーフの三者は限りなく同種であるということになる。
そもそもエルフやドワーフにも遺伝子があるかどうかが不明だし、考えても無駄かもしれないが。
神様や魔物や妖精が存在する世界だし、もしかすると、世界樹の下で祈りを捧げれば子供の入った果実が実るとかそんな世界観かも知れない。だとしたら遺伝子なんて関係ないからな。
「なぁトゥリン」
「ん? 何だ?」
「子供って、どうやればできるんだ? もしかして、畑でキャベツから生まれてきたりコウノトリが運んできたりするのか?」
俺が言うと、トゥリンは雷に打たれでもしたかのような顔になった。
「シバタ……お前ってやつは!」
ワナワナとトゥリンの手が震え出す。
「は?」
「私に手を出してこないからおかしいと思ったら、そういう事だったのか。そこまで世間知らずだとは思わなかったぞ!!」
「あ、いや」
「……ここはピュアで純粋なシバタのために交換日記から始めた方がいのだろうか。それとも思い切って私から」
ブツブツ呟くトゥリン。
いや、単にここは剣と魔法のファンタジー世界だから違う仕組みなのかな、と思っただけで!
別に子作りの仕方を知らないわけじゃ無いんだけどな。犬の交尾だって見たことあるし。
ミアキスもここがどういう世界なのかよく説明してくれなかったし。
「あ」
「どうした、シバタ」
ミアキスで思い出したが、俺にはスキルがあったのだった。
「モモ、ちょっとそこに」
「はいです」
俺は立ち上がり、モモに向かって叫んだ。
「
これでモモの正体が分かるかもしれない。
緑色の光が巻き起こる。
そして光が収まると、半透明の
--------------------------
■
◇モヌモシュナ オブ イクベ
◇獣人・雌
生年月日:聖暦876年8月3日
毛色:シルバー&ホワイト
主な病気:なし
◇所有者:柴田犬司
◇父親:センネルルス
◇母親:ナナイスタ
--------------------------
モモの情報が開示される。やはり「獣人」としか記載が無い。
が、その他にも色々と分かった。
「どうしたんだ? シバタ。何か魔法を使ったような気配がしたが」
トゥリンが心配そうに俺を見上げる。
もしかして、他の人には見えていないのか? 面倒くさいな。
「トゥリン、何か書くものはあるか?」
「うん」
俺は読み取ったモモのデータをメモした。
「今のは相手のデータを調べるスキルだ。モモの正体はやはり『獣人』としか書かれていなかった」
「そうか」
「でも、他にも色々と分かった。モモの本当の名前は『モヌモシュナ』だ」
モモの顔がぱあっと輝く。
「ボクにそんな立派な名前があっただなんて!」
「良かったな」
トゥリンも微笑む。
「それだけじゃない。誕生日に、両親の名前も分かった。それに出身地も」
「出身地? モモにも故郷があるのです?」
聞けば、モモは物心ついた頃からあそこにいたから、故郷が分からないのだという。
「ああ、この名前の後についてるイクべというのが恐らくモモの出身地だ」
犬の場合は名前の上の「オブ」以下は犬舎の名前になることが多いが、この場合はモモの出身の村を指すのだろう。
「イクべ……聞いたことのない地名だ」
トゥリンが考え込む。
「でもそこに行けばモモの家族にも会えるかもしれないんだな」
モモの尻尾がピクリと動いた。
「モモの……家族! イクベというところに、ボクの故郷があるですか!?」
モモがパタパタと尻尾を動かし目を輝かせる。
「うし、じゃあそこに行ってみるか。南に向かえばいいんだろ?」
俺が言うと、トゥリンは大きなため息をついた。
「まぁ、仕方ない。鬼ヶ島も南の方向だし、ついでに寄ってみるか」
「ありがとう、トゥリン」
トゥリンはドテッと横になっているサブローさんのお腹を撫でてため息をついた。
「それで、モモの故郷に行くのはいいのだが、シバタは冒険者カードは持っているのか?」
「冒険者カード?」
俺とモモがハモる。
トゥリンはまたしても盛大なため息をついた。
--------------------------
◇柴田のわんわんメモ🐾
◼狼と犬
・イヌとオオカミは99.6%の遺伝子が同じで、交配もできる。ハスキー、シェパードなどの犬種と狼を交配した犬はウルフドッグやハイブリッドウルフと呼ばれ飼育も可能だが、厳しい躾や広い敷地が必要。日本には500頭程度しかいない。
・米コーネル大学の研究チームが五千匹以上の犬を対象に遺伝子検査をしたところ、一番狼に遺伝子が近いのは柴犬だったという
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます