二人とゆっくりして、今後の話も少しずつはじめて。
結局、リッチの件はアインが一人で終わらせてしまった。
城にいる者たちがその連絡を聞いたとき、驚いた者はほとんどいなかった。
いても城での経験が浅い騎士たちで、アインをよく知る者たちはシルヴァードと同じく苦笑したくらいだ。
そんなアインが、ようやく王都へ帰ってきた。
当初の目的であったクローネのための栄養剤も満足できるものになったから、そちらも抜かりはない。
「あらら、本当にリッチと戦ってきたのね」
城に帰ってすぐのアインを迎えたオリビアが言った。
彼女はアインの隣を歩き、城内を歩いて自室へ向かうアインの供をする。アインが手にしていた麻袋から覗く素材を見て、彼女は濃艶に微笑んだ。
「魔石を貫いてしまったので、他に残っている素材はこれだけだったんです」
「お味はどうでしたか?」
「……なんというか、可もなく不可もなくなワインという感じでした」
リッチの魔石の味をどうにか表現しようと思ったのだが、どれも微妙な表現になってしまう。
他には妙に味が濃くて若干腐りかけの香りがする果実そのもの、というものや、樽の木の香りが移った苦い果汁という言葉しか思い浮かばない。
それらと可もなく不可もなくなワインの味に共通点があるかと聞かれたらアインは自分でも首を捻るところではあるが、本当にそうした言葉しか浮かんでこない、表現に困る味だったのだ。
「あらあら、それじゃ今夜はみんなで美味しいご飯にしましょうね。お父様がせっかくだからって、イストから食材を取り寄せてくださってますよ」
「やった。いまから夕食が楽しみです」
と、気分を変えたところで、
「ところでリッチの素材って何かに使えるでしょうか」
「それならお姉様がさっき――――」「おっ、アインじゃないかニャ!」「――――ちょうどいらしたみたいですね」
徐々にお腹が大きくなりつつあるカティマがアインの傍にやってきた。
近くには念のために給仕が付き添っている。
「それが例の素材かニャ?」
「うん。何かカティマさんが欲しそうにしてる~……みたいなことをお母様から聞いてたとこ」
カティマが嬉しそうに頷いた。
「そうなのニャ。魔道具を作ろうと思って、リッチの素材はちょうどいいからニャ」
「へぇー、どんな魔道具なのさ」
「ランタンだニャ。リッチの布は燃えても燃え尽きニャいのと、その炎に照らされたものがアンデッドに関係があると炎の色が変わるのニャ」
また妙な性質を持ってるのだな、とアインが「ああ」とも「おお」とも聞き取れる中間の声で返事をした。
ついでに、黒剣イシュタルに似た性質なのだなと頷く。
「じゃあ丸ごとあげる。俺はいらないから好きにしていいよ」
「ありがとニャ! 今度何かでお礼するからニャ!」
「別にこのくらいいいよ。ってか、アンデッドに関係あることを調べてどうするのさ」
「特定の魔石炉は魔石の種類を厳選することがあるニャ。そのときにアンデッドは避けたいってことがあるから――――って感じかニャ」
別に今日まで魔石を選別する魔道具がなかったわけではないが、カティマが作ろうとしているランタンは使い勝手がいいのだとか。
前まで使っていたものがつい最近壊れたから、ということのよう。
「もちろん、ランタン以外にも有効活用させてもらうのニャ!」
「うん。だからカティマさんに任せるよ」
するとアインは手にした麻袋をカティマに手渡そうとした。
しかし、解任した彼女に重いものを持たせるなど言語道断である。彼がどうしたものかと思って辺りを見渡すと、近くに給仕たちは控えているものの、女性に任せるのもアインには抵抗があった。
どうしようかと迷っていたら、ちょうどディルの姿が見えた。
「ディル!」
アインの呼び声を聞き、ディルは慌ててアインの傍へ足を運んで片膝をついた。
いつものように流麗な所作である。
「お帰りなさいませ。ご活躍の件は私も聞いております。しかしながら、お傍にいられなかったことに何とお詫び申し上げればよいものか……」
「大丈夫だって。ディルもカティマさんが心配だろうしさ」
アインはそう言って、手にしていた麻袋をディルに預けた。
預けられたディルはカティマと目配せをして、その麻袋を地下研究室へ運ぶことに決める。彼はアインにもう一度深く頭を下げてから、この場を後にした。
「また後で話を聞かせてもらうニャ!」
つづけてカティマもアインの傍を離れ、アインはオリビアと二人で自室を目指す。
再びアインの部屋を目指すようになって間もなく、オリビアが「ふぅ」とどこか艶やかに吐息を漏らした。
「厄介な話に変わりはありませんね。おかげでルギス殿一行はまだイストにいるんですもの。予定されていた謁見が延期になっちゃいましたから、これからどうなるのかしら……」
「あ、やっぱり延期になってたんですね」
「ええ。アインは確か……ルギス殿が一度イストに残ることだけ聞いていたはずですよね。あの後すぐ、どうしようもないから延期になったんですよ」
「仕方ないと思います。この状況でお爺様と会うのは色々と無理がありますし」
ダークエルフの里へ人を派遣しての調査をはじめ、アインが知らないところでも動きがあった。
イシュタリカ側でも此度の一件の諸々について、調べている。
なんだかんだ先日はルギスたちが仕込んだわけではないとアインが調べ、それは間違いないだろうと言う状況になったものの、動かないわけがなかった。
「お父様が仰っていましたよ。鉄の国から移された技術の中に、今回のような騒動を引き起こしかねないものはなかったか、エオーラ殿に尋ねるんですって」
エオーラと言うと、鉄の国の元女王の名だ。
イシュタリカでは別の観点から調査に乗り出しているという。
(なるほど)
アインとしても頷ける話だったが、一つだけ気になる。
それはエオーラに尋ねたところで意味を成さない気がするということ。
「リッチは誰かの命令を受けていなかった。そこで鉄の国の技術を気にする理由ってなんですか?」
「この話の発端はお姉様なんです。お姉様が言うには、古い魔道具の中にはいまと違ってわざと魔力を放つようなものがあるから、それがリッチをおびき寄せたのかも――――って」
「あっ、確かに。濃密な魔力は魔物をおびき寄せますからね」
そういうことなら話は別だし、エオーラに尋ねることも理解できる。
また、元は鉄の国だった場所は現在、イシュタリカの統治下にあるため、かの地へも騎士や研究員を派遣することで、過去の情報を漁っているのだとか。
彼らドワーフとしてもいまはイシュタリカに友好的だし、裏切った王族を探るためならいくらでも協力しよう。
「そこら辺の調査が落ち着いたら、ようやく謁見……するんでしょうか?」
「どうでしょう……一度騒動が起こっちゃったので、あまり勧められないかもしれません。お父様もそれをわかっているから悩んでいるのだと思いますよ」
せっかくの融和ムードに水を差すような話だが、事態が起こってしまったのだから仕方ない。
後はまた一つ、話が落ち着くのを待つしかないようだ。
◇ ◇ ◇ ◇
――――という話をしてから自室に着いたアインは、クローネと再会した。
彼女は苦笑しながらも「話、全部聞いてるからね」と、アインを窘めるような、それでいて包み込むような穏やかな口調で言った。
するとクローネは、「こっち、来て」と言ってベッドの傍にアインを手招く。
アインが傍にやってくると、
「お帰りなさい」
彼のことをぎゅっと抱きしめたクローネが、彼の胸板に顔を埋めた。
そのまま背中に手を回してもらい、髪も優しく撫でてもらう。そうしているだけで、言葉に言い表せない幸せな気持ちが彼女の心を満たした。
「ただいま。体調はどう?」
「平気。もうずっと楽になってきたし、アインが帰って来てくれたもの。また一段と元気になっちゃった」
「良かった。――――あっちでも色々あったけど、俺なりに頑張ってきたよ」
「うん。わかってる。アインらしいなって思ったけど、やっぱり心配になっちゃうのは我慢できなかった」
「はは……ごめん……」
クローネも怒ったり不満そうにしているわけではなく、言葉にしたすべてが本心であるだけ。
抱擁を終えると、アインはベッド横に腰を下ろしてクローネを見た。
「ほんっとーに色々なことがあったんだけどさ、まずはこれを」
アインは懐から小瓶を取り出してクローネに渡した。
ガラス細工が施された、美しい小瓶だった。
「例のお薬?」
「薬と言うか、栄養剤かな。ここに来る前にシルビアさんにも確認してもらってるから、中身も大丈夫だよ。……というか、原材料が俺の分身みたいなもんだから、毒が入ってるわけないんだけどさ」
「もう、アインったら……それじゃ、いただくわね」
アインが手渡した小瓶を手に、クローネがその中身をゆっくり嚥下していく。
飲む際に恐る恐るな様子は一切なく、アインに渡されたのだから、と全幅の信頼の下で小瓶に口を付けていた。
飲み干したクローネは、何度か瞬きを繰り返し、
「……飲む前よりも身体が軽くなったみたい」
「も、もう? 気のせいじゃなくて?」
「ほんとだってば! 子供が出来る前よりはまだ重いけど……も、また楽になったわ」
最近のクローネは体調が落ち着きつつあったし、シルビアのおかげもあって随分と身体が軽くなっていた。
自分で歩いて部屋を出ることも珍しくなかったものの、今回はそれ以上に身体が軽く、活力を取り戻していると言い張った。
アインは一応、「ちょっと待ってて」と言ってクローネの傍を離れる。
城内にいるシルビアを呼んで、クローネの体調を診てもらった。結果、クローネの言葉は気のせいではなく、事実であることがわかった。
二人を邪魔しないようにとシルビアが席を外してから、クローネはベッドから立ち上がる。
アインの手を取り、彼を見上げて、
「もうちょっとだけ、一緒にゆっくりできる?」
「もちろん。というか今日はもうすることがないし、ずっと傍にいられるよ」
「ふふっ、陛下にご報告しなくちゃいけいないんだから、嘘はダメよ」
二人は寝室を離れ、リビングスペースに向かった。
隣り合ってソファに座ると、クローネはアインの腕にひしっと身体を預け我慢することなく甘えはじめた。
「アインがいない間に嬉しいことがあったの」
「俺がいないから息抜きできたとかじゃないよね?」
「ばか。ほんとにいいことなの。シルビア様に定期的に身体を診てもらってわかってきたんだけど……あのね」
どこか昔と違う、大人っぽく艶っぽく。
だけど、アインがよく知るクローネの可憐さを讃えたままに、彼女が嬉しそうに唇を動かす。
「お腹の中の子が、少しずつ魔力を増してるんですって」
つまり子供が順調に成長しているということだ。
アインもそれを聞いてより一層頬を綻ばせ、クローネの髪を愛おしそうに優しく撫でた。
またクローネと同じで、嬉しさと安堵で心を満たしていた。
いまの報告に胸を撫で下ろしたアインがクローネを見ると、彼女は頬を少しだけ赤らめて、幸せそうにアインを見上げている。
「いつか、生まれる時期もわかるようになるのかな」
「私も気になったからシルビア様に聞いてみたの。でもやっぱり、種族がいままでにないからわからないんですって」
「お腹の子の魔力でもわからないのかな」
「そうみたい。ふふっ、でもそれはアインの影響かしら」
「え? 俺?」
唐突な言葉に小首を捻ったアイン。
そんな彼の仕草が面白くてクローネがくすっと笑う。
「アインが強すぎるから、私のお腹にいる子を他の種族の例に照らし合わせられないみたいよ」
「――――まさかこんなところで、俺が成長したことの弊害が現れるなんて」
若干項垂れか掛けたアインの頬に、クローネの唇がそっと触れた。
アインが同じように彼女の頬へ口づけを返すと、二人は次に唇と唇を重ね合わせて再び微笑む。
「うん?」
ふと、アインがソファ傍のテーブルに置かれた本の山に気が付いた。
そのうちの一冊を手に取ってみると、表紙には『血統記』とある。
表紙をめくってみれば、最初のページには初代国王の名が記されており、更にその隣にはラビオラの名が記されていた。
「それ、私が最近勉強するのに使ってる本よ」
「勉強って?」
イシュタリカの歴史なんてクローネはアイン以上に知っているだろうに。
何かと思っていたら、彼女が楽しそうに言う。
「私たちの子供に付ける名前のためよ。アインが忙しいのはわかってるから、その間に私が頑張っておこうと思って」
だからといってアインが無関係でいるはずもなく、彼は申し訳なく思いながらクローネとその本を読みはじめた。
それにしても古い本だ。背表紙なんかぼろぼろで、扱いを間違えたらあっさり崩れてしまいそう。
それをどうしてだろうと思ったアインがその言葉を呟いた。
「あっ、背表紙が気になってるのね」
「さすが、よくわかったね」
「だってアインのことだもの。ボロボロなのは、その血統記が代々受け継がれてきた本だからよ。よく見れば字も特徴が違うでしょ? 代々の宰相がその都度、書き足してるんですって」
紙そのものが古い魔道具であるため、古臭くてもいまでも残されているそう。
一方で背表紙などは時折修理されているらしい。
「ってことはもしかして……」
アインが初代国王に連なる、すぐの子孫についてまとめられたページに目を向けた。
そこには、他のページと違う真新しいインクで文字が書かれていた。
ヴィルフリート・フォン・イシュタリカ。初代国王の子にして、その血統を隠してエルフの里に預けられたもう一人の王族の名である。
(……どっちも同じ人の字だな)
当然と言えば当然だ。いまの宰相と当時の宰相は同じウォーレンだから。
ただ、あのウォーレンなら自分が書く地の特徴を隠すことくらい造作もないはず。普段、狐ですから化かすのが得意なのですと言っているあの男なら、想像に難くない。
それが、その特徴を隠さず――――しかも、
「ウォーレンさん、きっとこの字を書ける日を楽しみにしてたんだろうな」
「私もそう思ったわ。……だって変だものね。無駄な余白を設ける必要はないはずなのに、ヴィルフリート様の名前を書き足す場所があったんだもの」
それは当時からわざと余白を設けておかなければ不可能なことだ。
彼はきっと、いつかヴィルフリートの名を記せるようにとずっと思っていたのだろう。
アインは胸が熱くなる思いに駆られ、その指先を思わずヴィルフリートの名の傍に滑らせた。
同じようにクローネも指先を伸ばして、それに倣う。
特別な紙だから文字が記された面に触れてもインクがにじむことはない。それを思ってか、あるいは無意識に二人の指先がヴィルフリートの名に触れた。
◇ ◇ ◇ ◇
ダークエルフの里に派遣された者たちは以前以上の調査にあたった。
ブラックフオルンの一件からイシュタリカは強気に、メリナスたちは神樹の中も調査されることに何ら抵抗を示さなくなったからできたことだ。
これにより、アインが想像する以上の速度で多くが進んでいるようだ。
――――アインが帰ったのと同じ日の夜だった。
夜、クローネが寝ている寝室の隣の部屋で仕事をしていたアインの下を、ウォーレンとシルヴァードの二人が訪ねた。
日付が変わってから、一時間後のことである。
「お爺様? それにウォーレンさんまで」
机に向かっていたアインは席を立ち、二人の傍へ向かった。
すると、二人はアインを手招いたため、アインはそれに従い自室を出る。
「早速、何か見つかったのですね」
「うむ」
シルヴァードがつづける。
三人は謁見の間を目指しながら会話した。
そこではロイドも待っているそうだ。
「神樹を調査しているうちに、その根の下にメリナス殿も知らぬ空間が見つかった。魔道具が放つ特有の魔力を発見し、研究者たちが確認した結果だ」
「それが、リッチをおびき寄せるような力を秘めていたのですね」
「そのようだ。つづきはウォーレンに頼むとしよう」
「はっ。発見された地下空間はダークエルフの王族はおろか、里の文献にも残されていない空間でした。それを真であると断ずるは愚策――――普段の私ならそう考えますが、此度は違和感がございます」
「もう調査が入ってるってことか。そこで何があったの?」
「風化した二つの遺体にございます。一つはドワーフで、もう一つはダークエルフのそれでございました」
「……まさか」
こくり、と頷くウォーレン。
その隣で深くため息をついたシルヴァード。
その反対を歩くアインは眉をひそめていた。
「恐らく、鉄の国を裏切ったという過去のドワーフ王と、その者を誘惑したと言われるダークエルフの女王でしょう」
「まるで王家墓所だ。それを現代の王族たちが知らないとは思えない」
「同感です。だからこそ隠していたか、そもそも知らなかったのいずれかになるのです」
「ウォーレンさんの意見は後者だって?」
「はい。我らの調査により、その地下空間にある墓所が特殊技術により封印されていたことがわかりました。その地下空間は、内部から魔道具により封印されたのですよ」
「だとしても、まだ隠していた可能性は捨てきれない気がするんだけど……」
「もちろんです。メリナス殿が知らなかった説を推す最たる理由ですが――――」
ウォーレンの声音がやや強張った。
「地下空間の中には争った跡があったのです」
アインがハッした表情を浮かべて立ち止り、ウォーレンを見た。
それを見て、ウォーレンも足を止めて目を向ける。
「中にいた二人以外、外から人が入れる状況ではなかった?」
「ご賢察でございます」
「なら鉄の国を捨てたドワーフ王と、彼をたぶらかしたダークエルフの女王が戦ったのか」
「恐らく」
簡潔なやり取りを重ねるうちに、簡潔ではない考えをアインがその頭の中で張り巡らせる。
彼はすぐに、見つかった地下空間で何が起こったのか予想した。
「……鉄の国を捨てたドワーフ王は、最後の最後に女王の魅了から逃れたのか。それで地下に用意した空間におびき寄せて、女王を殺そうとした」
「アイン様のご想像が確かかどうかは不明とだけ。ただ、争った跡は相当なものです。そこにあるのは痴情のもつれと言うよりは、間違いなく怨嗟と、それに抗う力の応酬にございます」
「なら裏付けがないだけで、確定したも同然だ」
きっかけは、たぶらかされたドワーフ王の恨みといったところか。
騙した方も騙された方も互いに後ろめたさがあるため、話を聞くアインにしてみればそれもまた一つの歴史と割り切るしかない。
どちらが悪いか論ずる気はなく、素直に事実だけ受け止めていた。
「互いに互い、相応しき末路であろう」
と、シルヴァードが。
「さぞ魅力的な女性だったのだろうが、だからといって王族の責務を捨てていい理由にはならん。聞けば、その色香は多少なりとも惹かれる心の弱さがなくば、相手のダークエルフも力を発揮できんと言う。そもそも栄華を誇った一時代の技術大国ならば、抵抗の術はあったはず。故に鉄の国の男に同情はできん」
「ついでに、ダークエルフの女王にもですか」
「無論。戦を仕掛けたも同然の方法で技術と王を奪ったのだ。その王が正気を取り戻してやり返されようと、こちらも同情はできん」
国を捨てた鉄の国の王も、そこからダークエルフの下を脱して祖国に帰るなど言語道断。誰がそんなドワーフを受け入れるだろう。ダークエルフの里を飛び出すことも容易ではなかったろうから、ならば、と当時の女王を嵌めて共に死ぬことを選んだことが想像できた。
「話を戻そう。地下空間に用いられた魔道具だが、汚染された魔力をわざとまき散らすよう設計されていたそうだ。これもかのドワーフの恨みによるものだろう」
「ですね。おかげで地下空間で何があったのか、更に論ずる必要が消えました」
「だがドワーフ王は神樹の力を読み違えたようだ。溢れ出るはずだった汚染された魔力は、神樹が死にかけるまでは神樹が抑えていたのだ」
当時、いくら栄華を誇った鉄の国の王族だったといえど、やはりイシュタリカは広大な大陸だ。
いまでもわからないことがいくつも見つかっているというのに、あの時代に神樹の力を完全に理解するなど到底不可能だった。
そうした事実を理解しつつ、アインはいまのことに目を向けることにした。
「時代が変わっていまはよくない状況ですね。神樹は調子を取り戻しはじめていますが、いつその魔力が大地や森を汚染するかわかりません」
汚染が広がり、森を出てイシュタリカの国土に届くことは何が何でも避けなければならない。
恐らくアインの力で除染できるが、除染するまでに受ける影響は計り知れない。
自然に与える影響は最小限に抑えなくては。
(――――にしては、俺をすぐに派遣するって感じじゃないな)
それならそうとこれほど悠長な話はしていないからだ。
内容そのものは緊急のためこんな時間に話をしに来たのだろうが、二人には何か考えがあるようだ。
「謁見の間で、お二人がこれからどうするつもりなのか聞けると思って構いませんか?」
シルヴァードが「構わん」と言った。
謁見の間が近づく中、三人の会話は更につづけられた。
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