ドワーフとの対面で。

※切りどころの関係で、少し短めです。



 大監獄の中は、アインがこれまで目にしたことのない異様さを誇った。

 じめっと薄暗い空間は、天井、壁、床、これらすべてが灰色の石材に覆われていて、魔道具による灯りがうっすらと辺りを照らしている。



 鉄柵の奥には囚人が一人ずつ収監されており、いずれも、鎖を模した強固な魔道具により、その身柄を拘束されていた。

 一瞬、アインが顔をしかめる。

 同行したクリスはそれに気が付き、彼を「大丈夫ですか?」とねぎらった。



「大丈夫。あんまり見たことのない光景だから、ちょっと驚いただけ」


「……無理はしないでくださいね?」



 気遣わせたことを情けなく思ったアインが頬を掻く。

 それから、一行は責任者の後についていくつもの階段を下りた。やがて魔道具の昇降機にたどり着き、一直線に地下への道のりを進んでいく。



 すると、最下層について間もなくのことだった。

 そこにあるのは上層階と違った、たとえるならばイストの研究施設群を思わせる空間だ。

 白い廊下がつづくこの場所も、当然のようにいくつかの部屋に分かれていた。

 更に先へ進むアインは、最奥に鎮座した扉の前にカインを見つける。



「父――――カインさん?」



 一瞬、父上と呼びかけようになった。

 カインはそれに気が付き苦笑。マルコはアインの背後で若干悲し気な嘆息を漏らす。残るクリスは言いかけた言葉に気が付いておらず、そもそもカインが居ることに驚いているだけだった。



「俺は暇だったから来ただけだ。シルビアが調べ事に忙しいようだから、邪魔をしてもなんだしな」



 そう言うと、カインは奥の部屋を指さした。

 彼はこれまで背を預けていた壁から離れると、そのままアインが近づくのを待った。



「一足先に顔だけ拝んできた。万が一にも知った顔だったらと思ったが、ま、そんなことはなかったな」


「生きてたら長生き過ぎませんか?」


「まぁな。ドワーフもエルフに並んで長寿だが、無理があったらしい。――――ところで、」



 カインがふと、アインが連れてきたムートンに目を向けた。



「逆にそちらのドワーフだが、どこかで見た気がしなくもない」



 すると、ムートンが「あん?」と言って前に出た。

 しかし普段の態度が鳴りを潜め、カインの前に立つと同時に態度を改めた。



「……俺ですかい?」



 ムートンが丁寧な口調で話すのは珍しい。

 驚いたアインは思い出す。確かムートンがそんな口調になるのなんて、シルヴァードやララルア以外にはなかったはず。

 大胆不敵なあの男も、魔王城の者を前にしてはそうせざるを得なかったのだろうか。



「ああ、お前だ。昔、俺の息子が連れてきたドワーフとよく似ている。生まれはどこだ? 大陸南部なら関係があるかもしれん」


「す、すみませんで。俺はどこで生まれたかも覚えてないんでさ。ってのも、バルトに流れ着く前に魔物と戦い、頭を打ったせいでそれ以前の記憶がないもんで」



 なんでも、その頭を打った際に出会ったのがエメメであるとか。

 怪我をしたムートンが起きるまで、エメメは彼女が住んでいた山小屋で彼を療養させたそうだ。



「それからなんだかんだあって、バルトに行ってみるか! って話になっただけですんで……」


「ん? なんだかんだ、とは?」


「エメメが興味を持ったんで、エメメの小屋に、小さいながらも炉を作って鍛冶を教えたんでさ。けどアイツ、うとうとしながら頑張りやがったもんで、小屋を全焼させちまいまして。せっかくなんで、立て直すよりは町に行ってみるか――――ってわけです」


(すっげぇ力技だ)



 アインは内心でそう思いながらクリスを見た。



「あはは……」



 そのクリスも苦笑していた。

 二人は気持ちを共有し、肩をすくめる。



「カインさん。早速ですけど、そろそろ話を聞きに行きましょう」


「ああ。しかし、口を割る様子はないぞ? ……ああ、同じドワーフに期待をして、この者を同行させたのか?」


「それもありますけど、後はあの力、、、を使います」



 意図を察したカインがふむ、と頷く。



 一行はそれをきっかけに最奥の扉に近づき、大監獄の責任者が扉に手を伸ばす。

 扉に施されたいくつかの魔道具に対し、ある魔道具には番号を入力し、ある魔道具には顔を近づけて何かを呟いた。

 これらの手順をいくつも踏み、十数個分をこなしたところで扉が開く。



 扉の奥に広がっていたのは、これまでの通路に劣らず白い空間。

 奥に置かれたベッドの上へと、目的の人物と思しきドワーフが寝かされていた。



(すごいな)



 多くの魔道具がドワーフの周りに置かれ、数多の管と繋がっている。

 白衣を着た幾人かの男女が、部屋の片隅に置かれた魔道具の傍で仕事に励んでいた。



「諸君。奴の様態は?」


「良好です。全治までほど遠くとも、命の危険はありません」


「それは何よりだ。では、しばし退室したまえ」



 責任者の声に応じて白衣を着た者たちが退室する。

 皆、アインたちをすれ違う際に深々と頭を下げてから。



「王太子殿下。私も退室した方がよろしいでしょうか?」


「ああ、悪いがそうしてくれると助かる」



 つづけて責任者にも退室するよう頼んだ。

 これから使う力もそうだし、もしも情報を聞き出せた場合、その情報をどこまで共有していいか判断できないためだ。

 アインはその退室を見届けてから、コツン、と足音を上げてベッドに近づく。



 ベッドに寝て、上半身だけを起こしていたドワーフがアインを一瞥する。

 どうやらアインの服を見て、どういう立場の者が現れたか察したらしい。

 しかし、決して口を開こうとはせず、妙に不敵に、ふてぶてしく笑って見せた。



(こりゃ……シャノンの力を借りないと難しそうだな)



 心の中で、彼女が「好きに使って」と言ったような気がした。

 アインはそれを受け、でも、一応尋ねる。



「素直に答える気があるのなら、いまここで頷くんだ」



 が、ドワーフは何も言わない。

 ふてぶてしく笑うままだ。



 ――――しかし、それは急変した。



 アインに倣い、ベッドに近づいてきた者の一人を見て。

 寝ていたドワーフはふと、目玉が飛び出そうなくらい目を見開いた。

 そして、震える唇を開いたのだ。



「わ、我らが王……ッ!?」



 一行はアインを見て口にしたのだと思った。

 けど、それでは整合性が取れない。

 さっきまでの態度が一変したことの意味が分からない、そう思っていると、ドワーフはムートンを見てつづきを口にする。



「ああ偉大なる王よッ! まさか貴方が、大地の王となっておられたのですか!?」


「あ、あン……? 何言ってんだお前……王って言えば、こっちにいる殿下に決まってんだろ」



 あくまでも即位してではあるが、言い切ったムートン。

 合点がいかず眉をひそめ、あるいは首を傾げたアインたち。



 だが、カインだけが違った。

 彼は「やはりか、、、、」と呟き、



「アイン。妙なことになって来たぞ」



 と、何やら面倒くさそうに言ったのである。




◇ ◇ ◇ ◇


 


 ※私の予定に問題が無ければ、来週中にもう一話更新して参ります。

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