大陸の深き場所へ。
気が付けば、飛行船は以前から何隻か追加で造船されていた。
――――最初は『騎士級・初号』という名だった。
アインに用意されていた当初の船はその上の近衛騎士級とのことだが、ロランが気合を入れていたため、近衛騎士団級と改めたことがある。これはセレスティーナの一件があり、王都を発つアインが乗った飛行船がそれだったが、今、王都近くの丘陵に泊まる飛行船はあのときより更に大きい。
ついでに、その周囲を取り囲む飛行船も洗練された見た目と装備に包まれていた。
「アレがアイン君が乗る飛行船だよ! この夏に完成した、一隻目の将軍級のね!」
言われるまでもないが、ロランにこう言われてはっきりした。
なるほど、あれが近衛騎士団級を超えた将軍級なのか。
「…………」
「大きくなった分、魔石炉を増築できたから全体の出力も上がってる。以前から、陛下には定期的に予算を頂いてるのもあってね」
「…………」
「そうだ! 勿論、最新の技術も積んでるよ!」
「…………」
「まだ消費量は多いけど、魔石炉で生まれた魔力で船全体を覆うこともできるんだ。そこいらの炸裂弩の攻撃を受けても、かすり傷一つ着かない障壁を張れるはずで――――アイン君、どうして黙ってるの?」
楽しげに説明をつづけるロランのその横で。
一昨日、やっと身体が元に戻ったアインが、宙に浮かんだ新たな飛行船を見上げてまばたきを繰り返していた。
「おーい……!」
目の前で手を振られ、遂に口を開くアインが言うのは。
「でっか」
感嘆の一言である。
それほどまでに、宙に鎮座する『将軍級』が大きすぎたのだ。
以前乗った近衛騎士団級も相当だった。だけど、これはもう別格だ。ロランが平然と語るには違いが大きすぎて、自分の感覚が間違えってるのかと錯覚してしまう。
「え、でかすぎでしょ。何アレ?」
「ちょっと大きくなっちゃったね。まだ王族専用船よりは小さいけど」
「海と空じゃ話が違うって。いや……海に浮かべるのも大変なのは知ってるけど、ロランはいきなり大きな船を浮かべ過ぎだから。バハムートもあるのに、色んな仕事しすぎじゃない?」
「こっちは片手間の作業だし、設計も寝る前にベッドでしてたから大丈夫だよ」
「――――あ、そう。へぇ……そりゃすごい……」
アインはつっこむ方が負けと悟り、諦めた。
集まった騎士たちも一目見て大いに驚いているのが分かるが、皆、物資を詰め込む仕事もあって、組み上げられた鉄塔の階段を上り下りするうちに慣れていく。
「ちなみに、さっき言ってた障壁って?」
「この前来てもらった研究所で生まれた技術だよ。実はあれに関してはボクも良く分かってないんだ」
理由を尋ねようとしたところへ、ロランを呼ぶ研究員の声が届いた。
彼はアインに許可されたところで傍を離れ、指示を出しに行く。すると、残されたアインの下へ、背後から白衣を手にした美丈夫が足を運ぶ。
「ご機嫌うるわしゅう」と、丁寧に言った彼はルークだった。
「教授にそう言われるのは慣れないって言ったじゃないですか」
「元、教授だ」
アインの願いを聞き入れはルークが口調を
「あの障壁のことが気になるようだな」
「新技術って聞くと、つい」
「いいことだ。こうして王族が興味を示してくれるのなら、我々も仕事がしやすい」
眼鏡を人差し指でくっと持ち上げ、涼し気な横顔に薄く笑みを浮かべる。
そのまま、あれは――――と語りはじめる。
「魔石のエネルギーを用いる炸裂弩の技術と近い。ただ、こちらの技術では抽出された魔力を船の外装に用いた特別な塗料に反応させ、一時的な皮膜を作り出すことが目的なのだ。そのため、研究において最も時間を割かれたのは塗料の開発となる」
「久しぶりに授業をしていただいてありがとうございます」
「構わん。説明するのも義務だ」
「それにしても、ルーク教授はお詳しいんですね」
「ああ、作ったのは私だからな」
思えばこの男も化け物だった。
研究者の中では有名で、だからこそシルヴァードに誘われて王立キングスランド学園の教員を務めていたのだから、ロランの陰に埋もれるような存在ではない。
「暴走の心配もない。塗料に反応できなかった魔力はやがて、宙に溶ける。だから安心して使いたまえ」
言い終えたルークは去り際に頭を下げ、来たとき動揺爽やかに去っていく。
てっきり、同行するのかと思っていたアインが振り向くと。
「最近はまた学園に顔を出している。――――アインたちのような世代は中々見ないが、あの学園はいつも賑やかなところだ。以後、何か質問があれば、研究所か学園まで連絡をしなさい」
背中越しに片手を振り、丘陵を一歩ずつ後に。
(ほんと、学年が上がるごとに生徒から懐かれる先生だったな)
入学して間もない生徒には怖がられるが、最高学年に近づくにつれて人気が上がるタイプの先生だ、とアインは口ずさむ。
アインも、学生時代は何度世話になったか分からない。
教えてほしいことがあれば、冷静沈着に。でも、確かに見え隠れする愛情を以て、聞く者が分かりやすいように質問に答えてくれるだろう。
それは卒業したアインに対しても例外ではない。
「さて」
自分もそろそろ、船に。
一足先に向かったクリスたちを追い、足を進めたのである。
◇ ◇ ◇ ◇
「そろそろですね」
王都を発ってから、数時間と経たぬたぬうちにディルが言った。
あと少しで目的の駐屯地へ到着するそうだ。
「騎士の様子を確認して参ります」
「りょーかい」
アインのために設けられた部屋をディルが出て行けば、残されたのはアインただ一人。
城の自室と比べて特に大差ない広々とした部屋は、それでも城の自室と違い武骨だ。しかし、機械的な魔道具がいくつも設けられていて、これはこれで雰囲気があって悪くない。
その中でも、椅子やベッドはいい物をという考えらしく。
身支度を整えるアインはソファに腰を下ろし、魔物の革で作られた靴の紐を結んでいた。
『私です。入ってもいいですか?』
片方結び終えたところへ、ノックの音と共にクリスの声が届く。
彼女は返事を聞いてから中に入ると、軽快な足取りでアインのそばへやってきた。そして、アインが目の前のテーブルに置いていた剣――――イシュタルを見た。
「ムートンさん、本当に数日で仕上げちゃったんですね」
「ガルムの魔石を持ってきてくれたら、もう一度手直しするって言ってたよ。どうも牙だけじゃ足りなかったらしくて、最初に話してたような力は出せないらしい」
すべてシャノンが教えた通りだったのだ。
だが、今でも十分な炎を扱えると聞いている。
「我ながら、これ以上の強化が必要かどうか気になってはいる」
「お強くなれる分、いいと思います。今のアイン様がお強いのは重々承知してますが、
「まぁ……その通りか」
炎と言えば、セラの姿が頭に浮かぶ。
彼女が使う炎ぐらいの力を使えればいいのだが、どう考えても不可能であることはわかる。
「お城を出る前にクローネさんも言ってたように、無茶な戦い方のために使うのはダメですからね!」
「分かってる。クローネが王都で待ってるからって、無茶な戦いはしないよ」
残る穴に靴紐を通し終え、仕上げにぎゅっと締め上げた。
「よしっ、と」
支度を終えたアインが立ち上がる。
クリスはイシュタルを手にして彼へ渡し、窓の近くへ歩いていった。
「お外はご覧になられましたか?」
「実はついさっきまで寝てたんだ。ここ最近、仕事詰めであんまり寝られてなかったからさ」
「あはは……分かります。私もちょっと寝ちゃってました」
頬を掻き、ころんと可憐に首を傾げたクリスが頬を赤らめた。
金糸の髪を優雅に揺らして、咳払いをして切り替えるとアインに「見てください」と告げ、彼を手招く。
隣に立てば、心が落ち着く甘い香りが髪が揺れるのに従い漂った。
「見えてきましたよ。アイン様」
窓の前に立つ彼女の隣に立ち、自然とその手が窓に伸びた。
(すごいな)
想像以上に荘厳な光景を前にして言葉を失い、月の女神と称した彼女の言葉を待った。
「あれが――――人寄らずの幽谷です」
険しい山岳は青々と。
各所に散見される鋭利な岩肌は刃のようで、立ち込める濃霧を切り伏せる。
目を見張る高低差であるが、向かう先は飛行船を寄せられるだけの余裕があって、奥に向かうにつれて
最奥にある深い霧と雲に覆われた大山の上からは、薄明光線が降り注いでいた。
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