船の上で。

 真昼間、天球の頂点から降り注ぐ陽光が眩しい。

 アインは昨日に引きつづき、南の島での生活に身を投じていた。

 が、楽しさの中でも、群島を見ていると気になってしまう。



「やっぱりなー…………」



 朝に感じた違和感は既に確信に変わり、その生前の姿を想像させて止まない。

 砂浜に座り、辺りを見渡していると。



「どうかしたの?」



 何処かきょとんした顔で、クローネが隣に腰を下ろした。



「おっきいなーって思ってさ」


「おっきい……?」


「何でもない。――――それにしても、この島は日差しが強いね」


「ふふっ、そうね。もうこんなに日焼けしちゃったわ」



 クローネはそう言って、水着の肩ひもをそっとずらす。

 露になった柔肌は白磁のようで透明感に溢れ、薄い小麦色に焼けた肌との対比が蠱惑的にすら見えてしまう。

 すると、そのことに気が付いたクローネがハッとして咳払い。

 恥ずかしそうにしながらも肩ひもを戻した。



「は……はしたないって思わないでね……」


「大丈夫だから気にしないでいいよ」



 短めに言葉を返して海原を見ると、楽しそうに遊ぶ双子の姿が見えた。

 双子はというと、アインが懸念していることに対し、何か特別な反応をしているようには見えない。無邪気に遊んでいるだけだ。



(気にし過ぎか)



 懸念が正しかったとして、もはや死んで風化したほどのこと。

 何の心配もいらないのかもしれないと。



「それにしても南の島だね」


「もう、なーに? 急に当たり前のことを言って」


「この景色と双子が遊ぶ姿を見てたらついね」



 クローネが言うように当たり前のことを口にしていると。



「ほんっとーに南の島ですよねー……」


「はいはい、クリスったら何度目かしら」



 同じようなやり取りをしていたクリスとオリビアが近づいてきて、アインの傍に腰を下ろした。



「…………」


「アインとクリスさんって、意外と似た者同士ですよね」


「へ、私ですか?」


「ええ、今さっきのお話でそう感じました」



 その意図を察したオリビアが笑って、アインが額に手を当てて苦笑。

 アインは履いていた短パンに付着した真っ白な砂を見て、浮かべた表情のままに付着した砂を払っていく。

 腰を下ろした四人はおもむろに海原を眺めて、口を閉じる。



 波の音、そして島の方から聞こえてくる鳥の声。

 燦燦と降り注ぐ陽光が心地良く、このまま眠ってしまいたくなる陽気だった。それは決してアインに限らず、三人の佳人もまた同じである。



 特に昼寝を好み、愛していると言っても過言ではないアインが目を伏せようとしたのだが。

 ――――その刹那のことだった。



「あれ……?」



 クリスが突如立ちあがり、目を凝らしたのだ。



「ん、どうかした?」


「ずっとあっちの方角に何か見えませんか?」



 遊んでいた双子もまた気が付いたらしく、海面に浮上して顔を伸ばし、クリスが口にした方角をじっと見つめる。

 片やアインも、時を同じくして異変に気が付いた。



「魔物か」


「何かが襲われてるようですね。船だとは思うのですが……」


「あり触れた漁船だ。幾分か装甲はあるように見えるけど、劣勢だよ」



 アインはそう言いながら立ちあがり、クリスを驚かせた。

 クローネとオリビアには全く見えない距離のことを、エルフの自分が何とか目を凝らして気が付けたというのに……。

 まさかそこまで、詳細に様子を確認してしまうとは……と。



「クリス、剣を」



 砂浜に突き立てておいた剣を取ってるうように頼んで、近くに置いていたシャツを手に取ったアイン。

 もはや当然と言わんばかりに言われてしまい、止めることが憚られる。ただ、すべては本当に今更であろう。



 黄金航路の件然り、それ以前の活躍然り。

 アインはそういう男であると。



「私はここでオリビア様とクローネ様、そしてカティマ様をお守りいたします」



 であれば、クリスに出来る最善はこれだろう。

 アインの傍に居たいと願う女性として、そして一人の騎士として、二人を守ることこそが彼のために出来る、一番の助力だと信じて口にした。



「助かる。それじゃ二人は――――」


「私たちはシュゼイドに連絡を取るわ」


「ええ、アインが見つけたって言う船はシュゼイドの物だと思います。だから念のため、ね」



 すぐさま役割分担が終わり、アインは皆と顔を見合わせて頷いた。



 ――――そして。

 忽然と、前触れも海上に現れた数多の木の根。

 海上を進むのにこれ以上の手段はない。また双子もその様子に気が付いて、アインの共をする構えである。

 全てを確認し終えたアインはクリスから剣を受けとって、腰に携えた。



「行ってくる」



 そう言ったアインは駆けだして、群島の様子をもう一度見直した。

 船は群島から離れているが、この周囲はリヴァイアサンが進むのに狭い印象がある。他にも漁船が襲われてるのに、ゆっくりとしていられないという理由があり、アインは自ら動くことを選択したのだ。



 リヴァイアサンを動かす前に漁船がやられてはもともこもない。

 双子だけを向かわせれば、更に混乱させてしまうこともあったろうからだ。



「キュッ!」



 沖まで駆けたところで双子と合流し、更に速度を上げる。

 もはや海面を駆け抜けるその瞬間だけ、木の根が海面に姿を見せるほどだった。



(色々いるな)



 漁船を襲っている魔物は一種類だけではない。

 巨大な魚のようなそれや、少し大きめのクラーケン。

 ごった返す様子が少し不思議ですらある。

 双子はクラーケンを見つけて気をよくしているようだったが、親のアインからしてみれば、様子が気になって仕方がない。



「グゥッ……ガゥッ!」



 弟のアルが楽しそうに声を上げて、心なしか目が輝いているように見えた。



『おいッ! あそこだ! クラーケンの眉間を貫けって言ってんだよッ!』


『船長! もう武器が……ッ!』


『だったらマストでも叩き折れやッ! タコの弱点は眉間って相場が決まってんだ、突き刺ささないと俺らが食われるぞッ!』



 中々に豪快な声が聞こえる中、アインは双子に目配せを送る。

 双子はアインの考えを理解して泳ぐ速度を上げ、瞬く間にクラーケンとの間合いを詰めた。

 やがて。



 ――――ッ!?



 クラーケンの眉間が双子の放った海水により貫かれ、一瞬で卒倒して海に沈む。

 それは間もなく他の魔物たちにも波及していく。



『今のはいったい…………』



 船長と呼ばれた男が船尾に立ち、突然の出来事にまばたきを繰り返す。

 するとそこへ、少し遅れて到着したアインが船長の傍に降り立った。



「無事ですか?」


「あ、ああ……無事だが……お前はいったい……」



 アインは冷静に船員たちの様子を窺った。

 見る限り、死者は居なさそうだ。

 恐らくけが人はいるだろうが、ひとまずはといったところ。



「どうやら助けてもらったようだが、状況が分からん。そちらは高名な冒険者殿と言ったところか?」


「違います。俺は――――」



 アインが名乗ろうとすると同時に、船尾の下から姿を見せた巨大な魔物。

 サメのような外観に、分厚い鱗が特徴的な魔物であった。

 船長はアインがその咢に食い殺されそうになったのを見て、雄々しくもアインを庇おうと、慌てて腕を伸ばした。

 けれど、アインは「大丈夫」と唇を動かすだけで伝え、次の瞬間には。



「ッ――――!」



 魔物は縦に真っ二つ。

 そして、海原も。

 切り裂かれた魔物の巨躯が割れた海中に沈んでいき、やがて蓋をするように海面が戻る。

 水飛沫が宙を舞い、船に海水の雨を降らせた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 名乗るより先に船の様子と、魔物の相当を優先した。

 そうし終えたところで、ディルが小船に乗って到着する。



「申し訳ありません、こういう事態を想定して動くべきでした」


「いいよ、カティマさんを守ってくれてたんだし」



 彼は島で必要な作業もしてからここに来てくれたはず。そもそも、アインが何も言わずに出発したのが悪いのだから、謝らないでと言葉をつづける。

 漁船に上陸したディルがアインと言葉を交わしていると、そこへ船長が足を運んだ。



「先ほどは本当に助かった。俺はシュゼイドの漁師にして、この船の船長を務めるラジードだ」



 彼は浅黒い肌に短く整えられた黒いヒゲ。

 筋肉質な体躯を誇る、精悍な男であった。頭を覆う青いバンダナと、白い歯のコントラストが陽光の下によく映える。



「そちらは高名な冒険者殿だろうか、いや先ほどは本当に助かった」


「いえ、さっきも言いましたが、俺は冒険者ではありません」


「む……では何だ、先ほどの戦いっぷりは俺も見たことがない」



 するとアインは居住まいを正した。



「俺はアイン、アイン・フォン・イシュタリカです」



 やっとの名乗りを聞いた船員が湧いた。

 どうしてここにあの王太子が、その疑問はすぐに解消する。確か近々、王都から行幸に来るという連絡が来ていた、と船員たちが語りだしたのだ。



「……なるほどな、王太子殿下でございましたか」



 ラジードはそう言って屈託のない笑みを浮かべ、歩き出す。



「ではそちらのケットシーは騎士殿と言ったところですかな。失礼、殿下のお傍に行っても構わないだろうか」



 ディルはすぐにアインに確認を取り、構わないと言われたところで身を引いた。

 一歩、また一歩と二人の距離は詰まって行く。

 やがて、膝をついてあり触れた挨拶がされようという距離にまで。



「王太子殿下」



 ラジードはアインの前で立ち止った。



「今日のことは感謝しております……が、これは別でしてね」


「別……?」


「ええ、別なんです…………よぉッ!」



 ラジードはそう言うと、アインの頬に向けて強く拳を振り上げる。

 対するアインは冷静に見つめ、眉をひそめたのだった。

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