島に残されたモノと、群島と。【7巻が来月10日に発売します!】

 船内で一夜を過ごし、朝日が昇ってすぐに船を出た。

 小船で島まで戻ってくると、上陸したところで身体をうんと伸ばす。南の島と言えど早朝の風は涼しくて、深く呼吸をすると、心地良い潮風が全身に染み渡った。



「わったしはさっいきょう研究者~……っとニャ」



 上機嫌に歌うカティマがドサッ、と巨大な鞄を砂浜に置いた。



「カティマさん」


「んニャ?」


「みんなまだ寝てる時間だってのに、どうして俺たちは二人で上陸したんだろうね」


「そんニャの、私が早く起きちゃったからに決まってるのニャ」



 まるで祭り前日の子供のように目を覚まし、その足でアインの寝室を目指した。

 そして、まだ眠っていたアインを文字通りたたき起こし、わざわざ二人だけで島までやってきたというわけである。



「でもこの方が都合がいいニャろ?」


「……どういう意味かな」


「どーせアインも気になってたは知ってるのニャ。でも皆の手前大げさにしたくニャいし、かと言ってせっかく足を運んだのに、自分でも調べられないのは耐えられニャい。私が知るアインはそんな性格だからニャー」


「ああ、気遣ってくれたんだ。それなら素直に――――」



 感謝の言葉を、と思ったのだが。



「ま、ウキウキして早起きしちゃったのは事実ニャ。んで興奮してアインを叩き起こしたのも場の流れってやつかニャ」



 首根っこをつまんで海に放り投げてやろうか。

 少しでも感謝しようとしたことを自嘲して、青筋が浮かびそうになるのを耐えた。



「とりあえず調べるのニャ」


「みんなが来る昼頃までだっけ」


「んむ! 気合入れて探索ニャ!」



 アインは今一度、島の中心部を向いて目を凝らす。

 何か、凶暴な魔物が居そうな気配はない。それは昨日、ディルがカティマと足を運んで実際に確認済みである。

 しかしながら、例の鱗については気になって仕方がない。



(それにしても焼けたな)



 今さらながら肌が日焼けしていることに気が付いた。

 特に日焼け止めもしていなかったから当然だが、一日たって、肌の色が少し落ち着いてきたからこそ分かりやすい。



 カティマは――――特に変化がなかった。

 猫も日焼けをするというが、しっかりと手入れをしていたのだろうか。



「今日も日差しが強くなりそうだね」


「探索しやすくていいことだニャ。倒れないように水はしっかり飲むのニャ!」


「りょーかい、でも日差し……日差しか」



 今日までアインはつぶさに確認していたわけではないが、周囲の群島が上ったばかりの朝日に照らされて、何か昼間のそれとは違った光景に見えた。



(なんだろ)



 群島と言うが、こうしてみると繋がっているようにも見えた。

 例えば、今いる島だ。この島から一番近い小さな島を見ると、表面のなだらかな斜面が繋がっているように見えるのだ。

 だからどうしたと言われればそれで終わるが……。



「なんか既視感があるような」


「どうかしたかニャ?」


「や、群島が繋がってるように見えて、何か見たことあるような姿だなって」


「ニャニャニャ? 言われてみれば確かに繋がりはありそうニャけど、良く分かんないニャ。見たことあるって、どこで見たのかニャ?」


「それもわかんない」


「カーッ! つっかいものにならない手掛かりだニャアッ!?」



 それを聞いたアインは何も答えず、無言で周囲の木々を見て回る。

 唐突な振る舞いを見て、カティマが目を点にした。



「何してるのニャ?」


「ひっかけておける場所がないかなって思って」


「……何を、ひっかけるのかニャ?」


「カティマさんを。天日干ししとけば、少しはまともになるかと思って」



 ふと、立ち止った二人。

 互いにザッ、と砂浜に足を踏み込んで構え。

 やがて――――。



「ウニャニャニャニャニャッ!」


「あっ、逃がすかっ!」



 隙を見計らって走ったカティマを追って、アインは密林地帯へと足を踏み入れた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 手つかずの密林は鬱蒼としていて、獣道すら見つからない。

 四方八方から聞こえてくる鳥たちの声も王都のそれとはまったく違い、鳴き声はあまり聞きなれないものばかりであった。

 まだ朝早くだからか、強い暑さは感じない。

 とは言え、木々を押しのけるアインの額には、少しずつ汗が浮かびつつある。



「お、また見つけたのニャ」



 眼鏡型の魔道具を装着したカティマが地面に何かを見つける。



「こうして調べるとたくさんあるもんだニャー」


「また鱗の欠片?」


「なのニャ。ニャハハ……もう数える必要がないぐらいだニャ―……」



 鱗の欠片はすでに数十個も見つかって、実は地面を掘っても見つかるほど希少性がない。

 魔道具のおかげで探しやすくなった事実はあるものの、それにしても、何のありがたみもないぐらい見つかっていた。



「ヴィルフリート様が書いてた印は、その鱗についてなのかな」


「かもしれないニャ。あのご時世に、エルフの里からここまで遠出してた事実は驚くばかりだニャ」


「――――今拾った欠片、ちょっと貸してよ」


「ん? ほいニャ!」




 受け取ったアインは欠片を木漏れ日にかざした。



(やっぱり、風化してる)



 表面は汚れて、一見すれば鱗には見えない。

 偶然にも表面が磨かれたものを見つけたときか、今みたいに、魔道具が無ければ見つけることはなかったろう。



「俺が昨日見つけたのもあったと思うけどさ」


「お、海にあったやつだニャ?」


「そそ。この辺りってもしかして、海龍の住処だったのかな」


「そーなのかもしれんニャ。ゆーて断言はできニャいけど、もしかしたらまだ住んでるかもしれニャ……ってのはあり得ないニャ。だったら双子が大いに反応してるはずニャし」


「だったら、ただ残されてたってだけか」


「だとしても、気になる情報に変わりはないのニャ」



 今後の為の参考資料としても、この調査は有意義であるとカティマは言う。



「ちょっと休憩するかニャ」



 もう数十分は歩きつづけたこともある。

 手ごろな岩を見つけたカティマが腰を下ろし、背負っていた鞄を地面に置く。

 鞄から水筒を取り出して、アインと共に喉を潤す。



 息をついていると、辺りの環境音がより一層耳に届く。



「鳥の声がすごいね」


「私、昨日の調査中に糞を落とされたのニャ」


「やるじゃん、鳥」


「…………私を憐れむべきなのニャ」


「ごめん、つい」



 取り留めのない話をしていくうちに、ふと――――。

 カティマの鞄の中から、不快な警戒音が響いた。



「ニャニャ?」



 カティマがゆっくりとしていたこともあり、アインは特に警戒していない。

 だが、彼女は鞄から取り出して、手帳に似た姿かたちをした魔道具を開いたその瞬間、表情を一変させたのだ。



「ど、どこからの反応なのニャ!?」


「何かあったの?」


「ちょっと待つのニャ! むむ……この近くから強力な反応が……ッ!」



 これは予想だが、魔力か何かの波長を調べる魔道具のようだ。

 アインは言われた通りに待機して、カティマが辺りをうろつく姿を見守った。何も知らない自分が手伝うと言っても邪魔になるだけなのは分かり切っている。

 故に、固唾を飲んで見守った。



「こっちじゃニャい……あっちも……じゃあ……ニャ、ニャニャニャ?」


「急にこっちを向いてどうかした?」


「そっちから反応があるのニャ、ってことはもしかして」



 彼女はアインが座る岩まで戻ってくると、頷いた。



「アイン、この岩を削って見てもらえるかニャ」


「……りょーかい」



 立ちあがったアインは剣を抜き、岩に向けて何度も振り下ろした。

 目にもとまらぬ神速の剣戟があっという間に表面を削り、隠されていた姿をさらけ出す。



「まさかこんなものまで残されてたとはニャ」



 現れたのは、真っ白な塊である。

 正体がわからぬアインが眉をひそめていると、カティマは真っ白な塊に何度も触れた。



「風化して形が変わってしまってるけど、これは海龍の牙なのニャ」


「驚いた。まさかそんなものまであったなんて」


「どうやら地図の印は海龍のことで間違いなさそうだニャ」


「価値のある物に違いはないからね」


「んむ。……さて、これを運んだりなんだりもしたいことニャし、一度船に帰るかニャ」



 その言葉に応じたアインはカティマと共に歩き出した。

 だがその足は不意に止まり、先ほどの牙があった方角に戻される。

 じっと見つめ、周囲の地形を見て思う。



「――――まさかね」



 そして群島の様子を思い返し、あり得ないと思いつつ。

 彼は自分の予想が正しかったら、生前はどれほど大きな海龍だったのだろうと考えて、先を進むカティマの下へ急いだのだった。


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