攻められると弱い。
ベッドに入り、意識を手放したのはすぐだった。
今日も賑やかな一日で、セラに会いに行ける件が決まったことに加え、エルフの長から贈られたという宝箱の錠を外したりなど、話題に事欠かない一日だった。
――――辺り一帯は小高い丘陵と、全体を覆う青々とした芝生。
寝たはずなのに、どうしてこんな所に?
疑問符を浮かべたアインだったが、この光景に覚えがあることに気が付いた。
「ここって…………」
遥か昔、大戦より更に昔にさかのぼった古代。
イシュタリカがまだ統一国家となる以前の時代、現代における王都がまだ手つかずで、一帯に草原が広がっていた時代の景色である。
あの世界で見たときと同じ、でも駐留していた皆のテントは見えない。
振り向いてみると、一つだけ。
アインが使っていたテントだけがそこにある。
「…………なんでさ」
あれはシルビアが作った魔道具だから、現代の一般的な住居に比べても高性能だ。
田舎町に行けば、あのテントに劣るような屋敷だってあるだろう。
で、そのテントが一つ、どうして残されているのか。
そもそも、どうしてこんなにも現実味に溢れた夢の中に居るのかもだが。
取りあえず行ってみよう。
どうせ元は自分のテントだし、と遠慮なく足を踏み入れると。
「静かでしょ、ここ」
中に置かれた丸テーブルの傍の椅子に腰を下ろしていた、シャノン。
何故かエルフの長が贈ってきた宝箱もそこに置かれ、頬杖を突いた彼女は空いたもう一方の手を伸ばし、指先でツン、と箱をつついていた。
「ここは?」
「貴方が自分で使ってたテントじゃない、忘れたの?」
「知ってるけど、この空間は何かなって意味だよ」
「私の家に決まってるじゃない」
なるほど、簡潔で分かりやすいじゃないか。
ここがアインの精神の内側であるからだ。
「ダメだった?」
「そんなの思うわけがないって」
好きにしてくれて構わないが、果たして生活環境的にはどうなんだろう。
恐らくこの世界はシャノンが構築した世界で、ようは、魔石を吸収されたことによりアインに宿って、眷属スキルにより彼の傍にいるからこそ、精神の内側に造られた環境であるはず。
だったら、もっと近代的な暮らしをして、便利さを追求できそうなものだが……。
「私はここが良いの」
シャノンはアインの考えを悟って口を開く。
「ここが私の家……私がはじめてそう思えた場所なんだから」
セラが作り出した世界で、シャノンははじめて
弱さをさらけ出し、恨みよりも温もりに絆され。
共に足を運んだ過去のキングスランドに作った住処にて、はじめて居場所を得たと言っても過言ではない。
「じゃあ、俺が提案するのは無粋か」
「そ、無粋なの。どうしてもって言うのなら、お城にあるアインの部屋を見立ててもいいのよ?」
「正直、好きにしてくれていいって思ってるんだけど、とりあえずさ」
アインはシャノンの真向いの席に腰を下ろした。
「考えてみたら、シャノンのテントはすぐ傍に立ててた気がするんだけど、ここって、俺のテントじゃなかったっけ?」
「…………そうだったかしら?」
「まぁ、俺が帰ったら毎日のようにラビオラと入り浸ってたし、似たようなもんか」
「言っておくけど、あの子もアインのベッドを勝手に借りてたんだからね」
俺が留守の最中にも賑やかだったらしい、とアインが苦笑する。
何度も言うが、好きに使ってくれて構わないのだ。
それはあの世界でも言っていたから別にいいが、留守中、思いの他、シャノンとラビオラの二人の間には触れ合いがあったらしい。
「ついでに二個くらい聞いていい?」
「ええ、どうぞ」
「どうして俺がここにいるのかと、この箱が何でここにあるのかが知りたい」
「前者なんて、私が来てって願ったからに決まってるでしょ」
「…………ちなみに後者は?」
「私だけ蚊帳の外なのが気に入らなかったから、外見だけでもって思って造っただけ。……なによ、そのもの言いたげな顔!」
むっとした様子で机の上で勢いよく身体を起こし、両腕を立ててアインを見る。
嫣然とした容貌とは裏腹に、どこか少女らしい。
それでいて、感情の起伏に富んだ姿には彼女の素の表情が垣間見えた。
「ん」
ふと、アインが手を伸ばした。
「何よ」
「だから、手」
きょとんしたシャノンの返事を待たず、アインは半ば強引に彼女の手を取った。
目の前の箱は実物と違い錠も付け直されていた。
「ちょ、ちょっと!」
「いいからいいから、すぐ終わるって」
「だから! 急すぎるのッ!」
錠に触れてみるが何も変わらず、外れる気配は少しもない。変わったことと言えば、シャノンが首筋から頬まで真っ赤に上気させていたことぐらい。
つまり、特別な変化はない。
「ッ~~!」
突然のことに身体をばたつかせるシャノンだが、その実、手元に込められた力だけは緩い。
まるでアインに離されないように、そこだけ素直でいたかのように。
「取れないじゃん」
「当たり前でしょっ! これは偽物なんだから……同じなのは外見だけなの!」
「ああ、そういう感じなんだ」
と言っても、外れるかどうかも確定ではないのだが。
「……むかつく」
「急にどうしたのさ」
「むかつくの! もー! どうして急に……!」
「いや、むかつかれても困るんだけど」
でも相変わらず、自分から手を離す気配がない。
錠が外れなかったことでやがてアインから手を放すが、彼女はすぐに不満げに唇を尖らせて、席に座り直すも、つん、とそっぽを向いてしまう。
また、最初のように頬杖を突いた。
「錠の仕組みを教えてあげようと思ったのに、知らないんだから」
もしかして、この宝箱の情報を知っている?
文脈から察するにそのようだ。
(どうしよ)
妙に不貞腐れた彼女を前に、アインは椅子の背もたれに深く身体を預けた。
テーブルの下から見え隠れしたシャノンのつま先が、表向きの様子と正反対に、楽しそうに揺れ動く。
それを指摘しようものならば、今度こそ機嫌を損ねるだろう。
――――テントの入り口から涼しい風が舞い込んできた。
草花の香り。微かに入り混じる潮の匂い。
静かで、目を閉じれば寝てしまいそうなほど穏やか。
思い返してみると、セラが作った世界でも昼寝に勤しんでいた気がする。
――――サァァ……と、草原を風が撫でる音。
こうして静かにしているだけでも、ここは居心地が良かった。
何分、それともなん十分だろうか?
互いに何も語らないでいること、しばらく。そっぽを向いていたシャノンもいつしか顔を戻し、指先を遊ばせて静かな時間に身を投じる。
アインもアインで、たまにテントの外を見たりと特筆すべきことはしていなかったが、それでも、ゆっくりと進む時間に逆らわずに過ごしていた。
「古い仕組みよ」
ふと、彼女が仕方なそうに言う。
「昔、ドライアドの根付きを参考に開発されたの。男女一組の魔力を併せて、それが淀みなく、互いの魔力が反発し合っていなかったのなら開くっていうものよ」
「へぇ……そんな魔道具が……」
「きっと、持ち主だった彼が娶ったっていう、エルフと一緒に錠を付けたんじゃないかしら」
「かもしれないね、そうなると開けていいのか迷うけど」
「触れて欲しくなさそうな物があったらしまえばいいのよ」
アインはその返事を聞いて「そうかもね」と短く返した。
語り終えたシャノンの顔は若干、寂しそう。
蚊帳の外、確かにそう言っていたはずで、指先はいつの間にか錠に伸びていた。
……彼女の境遇を思えば、蚊帳の外という言葉はアインの心にも深く、強く突き刺さる。
「この錠って開かないの?」
「さっきも言ったでしょ、これは偽物だから無理」
「ま、いいや。試しても損はないし」
先ほどのように承諾を得ずに、シャノンの手をおもむろに握った。
今度は何か言葉を発するより先に手を重ね、錠まで運ぶ。
「私の話、ちゃんと聞いてた? 何度試しても開かないんだからね?」
しかし彼女はさっきと違って落ち着いていた。
一瞬ビクッと身体を揺らしたが、今はアインの手に逆らわず、むしろ強引にされていることをよしとしている風にも見える。
(開かないか)
蚊帳の外、疎外感を覚えた事実が脳裏に浮かんで離れない。
不憫に思えた、同情的だったとは言わない。
ただ単に彼女のため、出来ることがあればしてあげたいと思ってしまう。
しかし錠は開かず、外れない。
……というのは、普通にしていたらの話である。
たとえば……アインが別の方法を思いついていたとしたら……。
「や、開くよ」
錠を外すための都合のいい手段何て存在していない。結局はこの宝箱が偽物で、外観だけを同じく模しただけの存在だからなのだ。
けれど、それは普通の方法では外れないと言うだけで――――。
「ほら」
「…………嘘」
「外れるじゃん」
「ど、どうして外せたのよ!」
我ながら脳筋だが、力技である。
錠が引っかかった部分に指を回し、手の甲で隠してねじ切っただけだ。なんてことのないただの力技ではあるが、開いたことに変わりはない。
実物では魔道具だから固かったが、別に苦労するほどではなかった。
シャノンが欲しかったのは、アインと魔力が反発していないという保証である。
反発している場合は立ち直れないぐらいの衝撃だったかもしれず。
セラが作った世界で告げられた、絶対に味方という、自分を救った言葉に縋っている今、その絶望は言葉に表せなかっただろう。
故に偽物だから試せなかったことに、安堵していた自分も居たぐらいだ。
「でも二つは一緒に外せないみたいだけど、なんで?」
「きっと厳重に守るために、後から追加してたからだと――――じゃなくて! どうして錠を外せたのって聞いたの!」
「俺たちの魔力が反発してなかったからでしょ、詳しくは分からないけど」
「……錠、見せてよ」
「え、やだ」
「いいから見せてってば!」
「無理だって、もうこんなんなっちゃってるし」
強く強く握りしめられ、錠としての形を失ったモノを見せつける。
「――――嘘つき」
目を細め、また唇を尖らせたシャノン。
宝箱を生み出した張本人からすれば、落ち着けばすぐに解除した手段が分かる。
自慢の艶めく赤髪が、豊かな胸元をそっと撫でた。
両手を膝の上でぎゅっと握りしめ、じとっ、とした瞳をアインに向けていた。
でも、喜色を隠しきれていない。
尖らせた唇の端は緩んでおり、目じりも微かに下がっていた。
「生まれてこの方、嘘をついたことなんてないけどね」
「はいはい、もうそれが嘘ってことに気が付いてるかしら?」
「俺は本気だけどね」
「はぁ…………もういいわ、アインらしいって思ったらどうでもよくなっちゃった」
シャノンはテーブルに両肘をつき、身体を預けてアインを見上げる。
「この前のご褒美の使い道に迷ってるの。何かいい使い道がないか一緒に考えてくれる?」
突然の提案だったが、ご褒美という名のお礼は二つ分溜まっていることを思い出す。
出来れば早くお返しをしたいと思っていたアインは、シャノンの提案へすぐに頷いて返したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、目を覚ましたアインはいつの間に眠っていたかを思い出せなかった。思い出せたのはシャノンと、あの精神世界で夜になるまで話をしたということだけだ。
時間間隔が良く分からないが、寝起きは良い。
睡眠も十分足りていて、目がはっきりと開いていた。
「よっし」
時刻を見ると、朝の十時頃。
いつもより遅めの起床ではあるが、やることは決まっている。
まずは身支度をして、軽く喉を潤わせてから部屋を出た。
その際、テーブルに置いていた宝箱を持つことを忘れずに。
アインはそのままの足で階段に向かい、すれ違う近衛騎士や給仕とあいさつを交わしながら下に向かい、やがてカティマの地下研究室への階段に差し掛かる。
昨夜の騒動もあり、研究室の中を見るのが怖い。
だが、宝箱を開けられるとあって気分が高揚していた。
「カティマさん、いる?」
ノックをして声を掛けた。
『足の踏み場を気にしないのなら入っていいニャ!』
「……お、おう」
扉を開けてみると、そこはマーサが言っていたように確かに掃除する以前よりひどい。
しかし部屋の中央に鎮座したソファの上で、何故かふんぞり返って得意げな様子のカティマ。
「ここまで来るとだニャ、もう色々とどうでもよくなってくるのニャ」
諦めの境地であった。若干、遠い目をしているようにも見える。
アインはそんなカティマへと、喜べる報告をするのだ。
まずはソファの前にあるテーブルへ近づき、宝箱を置く。
「錠、二つとも開いたよ」
そう言うと、彼女は目を輝かせて飛びついた。
「魔道具を爆破させた甲斐があったのニャ!?」
「違う。関係ない」
「とーにかく開けてみるニャ! ほりゃほりゃ! さっさと見せるニャ!」
アインは警戒をして、気を付けて開けるべきと思っていたのだが……。
残念なことに、あるいは大丈夫と踏んでなのか、カティマは気にすることなく宝箱を開けた。
すると――――中にあったのは。
「……ニャんだニャ、コレ?」
姿を見せたのは、一枚の古い羊皮紙であった。
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