アフターⅠ 黄金航路

招待状。

今日からアフターストーリーとして更新します。


現状、できれば日曜日を更新日にしたいと考えています。


個人的な事情などもあり出来ない週or曜日がずれるときもあるかもしれないので、その際はtwitter等で告知をご覧いただけますと幸いです。




それでは引き続き、どうぞよろしくお願い致します。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 商人の町バードランド。

 ここ数年、この地は以前にも増して金の流れが増えている。今でも傷跡の残る悲惨な出来事――――ハイム戦争によるものだ。

 多くの資金が投入された結果に比例して、今では以前より更に発展した姿を誇っている。



 大国イシュタリカの影響も少なくない。

 ハイムがイシュタリカの自治領となった今、イシュタリカとの距離は更に近くなったからだ。



 ――――そのバードランドはここ数か月、更なる賑わいの中にある。



「宰相は民に寄り添うお方だ」


「民に寄り添うだけが君主の器にあらず! かの将軍こそ国を率いる器であろう! ハイムに攻め入られたとき、彼は死を覚悟しながら一歩も引かぬ勇猛さをみせたのだから!」


「君たちは間違えている。真の君主はこの地とも縁の深い元商会長だ。誰がロックダムを立て直したとお思いなのだ。誰が金を出したと思う――――ッ」



 街行く豪商や資産家たちの注目はただ一つ。近づきつつあるロックダムの国家元首選定の儀についてであった。



 金の匂いに敏感な者たちバードランドには大勢いる。彼らはロックダム国家元首の強権とお近づきになりたい。そして次期国家元首となる候補者たちもまた、バードランドの豪商たちが持つ影響力が欲しかった。彼らの影響力があれば支持率にもつながり、国家元首への道が近づくからだ。



「賑わってますな」


「ええ、以前にも増した賑わいだ」



 ある老商人たちが大通りの脇で口ずさんだ。



「これもハイム凋落による余波でしょう」


「その通りですな。たとえイシュタリカの庇護下にあろうと、彼ら自身は以前ほどの影響力がない。影響力があるのはイシュタリカの声だけだ」


「おっと、ロックダムと言えば候補者の宰相殿が躍起になっているとか」


「さもありなん。大陸の覇をハイムから奪えるのは、これが最後の機会でしょうからな」


「もはや崩壊したと言ってもいい、覇、ではありますが」



 彼らはほくそ笑んだ。

 今は亡きハイム国王による暴走だったことは周知の事実で、ここにイシュタリカが介入した今では特に喧嘩を売る気もないが、過去のハイムの振る舞いには目をつむっていたこともあり、今では苦言を呈することも厭わない。


「だがロックダムの思惑は不思議だ。エウロ然りハイム然り、イシュタリカと縁がある国である。事実上、大陸の覇を得られるか否かは無意味であろうに」


「ふむ。武力なくしての覇に意味はないと?」


「そんなのはただの意地ではないかと。意地に金を払うのは無意味ですぞ」


「確かにそうかもしれん。ですが私は思うのです。どのような事情があれ、ロックダムは大陸の覇を唱えられる事実が欲しいのでしょう。さすれば国力は増す。景気に影響が出ないとは言い難い称号を得るのだから」


「一理ある話ですなぁ……。つまりロックダムとしては――――」



 イシュタリカに喧嘩を売ることなく、彼らの影響を受けることなく国力を高めたい。武力を使わず大陸の覇を得られる最後の機会を逃すまい。この一心であったのだ。



 ふと、大通りがどよめいた。



「おや」



 一方の老商人が目を向けると、そこには「号外!」と叫んで紙をばらまく者の姿がある。やがて近づいてきてばら撒かれたそれを見たところ、目を見開いて驚いた。



「驚いた。あの男が次期国家元首に立候補したそうだ」


「あの男……まさか、マダムを裏切った彼が? これはこれは、何とも愉快な話になってきましたなぁ!」


「しかし人望、資産、頭脳。多くのことにおいて彼は適任だ」


「国家元首選定の儀は一荒れしそうだ。どれ……静観するつもりだったが、稼がせてもらうとしよう」



 老商人たちは空を見上げると、眩い朝日に目を細める。やがて来る国家元首選定の日へと想いを馳せ、朝日に劣らぬ眩い黄金の光を夢見たのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 同じ頃、イシュタリカが誇る王城の渡り廊下。

 左右に庭師の業が光る美しい庭園を臨むこの場所で、金色の鬣を風に靡かせる男と、燕尾服の男が肩を並べて歩いていた。



「先ほどの件ですが、陛下はアイン様に任せると仰ってまして」


「ふむ、あの陛下がそのようなことを?」



 燕尾服を着た男、マルコは今の言葉を聞いて驚く。

 これまでアインを律してきた彼が、いったいどうして、今回は一任することにしたのか興味を抱いて。



「招待状の送り主は確かレンドルと言いましたな」



 その名を持つ者と直接のかかわりを持っていたのはロイドだ。

 ハイム戦争がはじまってすぐ、イシュタリカが上陸したのはロックダムである。上陸した彼らを迎えた者こそが、当時のロックダムで軍部の司令官を務めていた、レンドルという男だった。



「聞いたところによると元帥殿もご招待されているとか」


「そうなんです。とは言え父も招待状を受け取っているものの、すでに断りの返事を認めております。陛下のお傍を離れるわけには参りませんから」


「つまりアイン様がどう返事をするか、これが将軍殿のご懸念ということですね」


「……話は変わりますが、今でも将軍と呼ばれるのは慣れません」


「いずれ慣れます。アイン様のご婚約と二十歳での即位が発表されてもう四か月と少し。その後間もなく任命されたのですから、良い頃合いでしょう」



 ディルは若くしていくつかの席についていることになる。

 一つは兼ねてよりアインの護衛であり、もう一つは彼の周囲の警護をするために作られた黒騎士の団長、更に今は将軍という地位が追加される。



「だとよいのですが……っと、話がそれましたね」



 ディルは歩きながら咳払いをして佇まいを改めた。



「昨年、アイン様の下に二通の招待状が届きました」


「一通は近日中に退く現国家元首殿。もう一通がレンドル殿、こういうことですね」


「そうなります。ですが先日、父上の下にも招待状が届きました。これは王家を急かすことが出来ない彼らとしての、間接的な促しに間違いありません」



 だから二人はこうして肩を並べて歩いていた。

 遡ること数時間ほど前、ディルはウォーレンに呼び出されていたのだ。

 そこで告げられたのは「そろそろロックダムを待たせるのも悪い」という話である。イシュタリカはアインの件で忙しかったという理由はあるが、そろそろ返事をするべきだろう。

 故にアインに伺いを立てる必要があると、ウォーレンはそれをディルに頼んだのだ。



「将軍のお考えを聞いておきたく」


「私は反対です。アイン様がいかれる必要はありません」


「理由もお聞かせ願いたい」


「足を運ぶことへの意義が感じられないのです。国益になるか、これを思うと是非を問うまでもございません」



 率直に言うと、ロックダムに王族を向かわせることに大した意味がない。それこそ国益もだし、今後の友好関係も更なる仲を望んでいるわけでもないからだ。

 ディルは最後に「仮に父上やウォーレン様が行かれるのなら分かりますが」と添えた。



「しかしアイン様は何事にも意欲的な方ですので、間違いなく行きたいと仰ると思います」


「意欲的、とは良い言葉だ」


「マルコ殿」


「いや、失礼。私も他人事ではありませんよ、少しおどけてみただけです」



 無理やり止めるようなことでもない。

 結局のところはアインの選択次第である。

 シルヴァードも判断を委ねたのはこうした面が強く、他の重鎮たちも口を挟まないのはこれまでのアインの振る舞いゆえだ。

 自由に振り切っているわけではないが、やはり、意欲的という言葉が正しいのだろうか。



「着きましたね」



 ――――やがて中庭に差し掛かり、ディルがそう言って足を止める。



 一際目立つ生垣の奥を見た。この先は他の場所からは決して見えることがないよう調整され尽くした、庭師の技巧の賜物だ。

 いわば、王族の寝室と同じように特別な意味を持つ空間である。



「失礼」



 と、ディルは入り口の前に立っていた給仕に声をかけた。



「ウォーレン様に頼まれて、アイン様にこちらを」



 そう言って懐から丸められた紙を取り出した。紙は紐で閉じられていて、中にはロックダムの件について記載がある。

 だが、給仕は申し訳なさそうに首を横に振る。

 ここで「そうか」と、マルコは空を見て察したのだ。



「確か午前中のアイン様はご公務をされていた。そして今は、陽光降り注ぐ暖かな昼下がり。……ディル殿、出直したほうが良さそうです」



 遂にディルも理解して肩をすくめ。

 丸めた紙を懐にしまい込もうとした瞬間だ。



『――――フゥ』



 生垣の隙間から現れたマンイーターが紙を掠め取り、勝ち誇った顔を浮かべていた。

 慌てたディルが腕を伸ばすも、遅い。

 マンイーターはすぐさま生垣の中へと姿を消してしまう。



 ……伸ばされた腕を力なく垂らしたディルの肩へ、マルコの手が音もなく乗せられた。





 ――――さて。

 一本の木に背を預け、木漏れ日を浴び、心地良い微睡に浸る一組の男女が居た。

 傍から見れば絵になる光景だろう。男の肩に女の頭が載せられて、仲睦まじく隣り合っている姿は誰しも見守りたくなる。



 そこへマンイーターが現れて、男の膝に紙を置いて姿を消す。



「……ん?」



 男はすぐに気が付いて目を覚ますと、紙に気が付き手に取った。自身の肩口に女性の穏やかな寝息を感じながら、書かれていた文字に目を通していく。



「ああ、そろそろだと思ってたんだ」


「アイン……?」


「ごめん、起きちゃった?」


「ううん、大丈夫。……何かあったの?」


「ちょっとウォーレンさんからね。クローネはまだ寝てていいよ」



 アインは顔を紙に向けながら、流し目で彼女へ微笑みかける。

 すると彼女は素直に甘えて目を閉じた。

 以前にも増して随分と素直になってくれたものだ。アインはそれをひしひしと感じてから、書かれていた内容へ意識を向ける。



(正直、あんまり行く気はしなかったんだけどね)



 次期イシュタリカ国王が足を運ぶことの意味はよく知っている。行き先が国内であるならいざ知らず、次期国家元首の選定に際する場に向かうことは良しと思えない。



 しかし――――。



(どうしたもんか)



 クローネと反対側の地面には新聞があった。

 それに書かれていたとある記事がアインの興味を誘い、形はどうあれ、ロックダムではなくバードランドへ足を運びたいという想いが駆り立てたのだ。



 しかし新聞はここ数日のものではなく、もう一か月も前に発行された古いもの。

 だから少し遡らねばならない。



 ――――どうして。

 何故アインがバードランドへ行きたいと思ったのかを。

 

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