【SS】クリスマスをぶっ壊したい猫とひらめいた王太子。あとは少しの甘い感じ。

 魔石グルメを投稿しだしてから三度目のクリスマスSSです。


 最近はSSを妙にたくさん投稿してる気がしますが、そうしたイベントごとが多かったという事で大目に見て頂けますと幸いです。



 例によって時系列や、細かな事情はスルーしていただく方向でお楽しみくださいませ。



◇ ◇ ◇ ◇



 城内に設けられているラウンジには、バーカウンターが設けられた一席がある。

 以前、カティマの婚儀の際に男連中が使い、夜が更けるまで語り合った時にも活躍した場所だ。

 そこに今、一組の男女が腰を下ろしている。



 今宵は王都中にしんしんと降り積もる雪で情調深い。

 クリスマスイブの前日である今日は、城下町が大いににぎわっていることだろう。

 しかし、しかしだ。

 この場に腰を下ろした二人の間には、そうした喜びや楽しさが感じられない。というのも、女性が纏った空気に問題があり。



「どーせ毎年やってるんニャから、今年のクリスマスは破壊してもいいんじゃないかニャ」



 これだ。

 荒んだ言葉と荒んだ口調。おまけに皮肉的に笑い、世の中の賑わいを嘲笑しているようにも見える。



「急に呼ばれて何だよって思っていたんだけど」



 アインが不意に今日のことを思い出す。



「もしかして、喧嘩した?」



 そう、ディルの機嫌もまた悪かったような気がしたのだ。

 表向きはいつも通りだが、少しそわそわしてるような。

 だがそれでいて、いつにも増して足取りが穏やかではなかった気がしたのだ。



「ニャッハッハッ! そんなわけないニャ!」


「あー……だよね。二人に限ってそんな――――」


「あれは全部ディルが悪いから、これは喧嘩とは言わないのニャ」


「喧嘩してんじゃん」



 アインの言葉にむっとしたカティマだが、すぐに笑みを取り繕う。



「ふっ、ふふふっ……大人には色々あるのニャ」


「何で喧嘩したの?」


「ま、アインもいずれ分かるのニャ。もっと歳をとれば考えも変わるはずニャ」


「何で喧嘩したの?」


「はぁー……やれやれ、私も罪な女なのニャ」


「何で喧嘩したの?」



 互いに譲らず、特にアインは他の言葉を発さずカティマを見た。

 ワインが入ったグラスを口元へ優雅に運ぶ姿は元・王女らしさに溢れているが、そんなことはどうでもいい。いい加減に喧嘩した理由を教えろと、アインはため息交じりにグラスを呷った。



「しつこいニャア」


「そりゃ、近しい人たちの問題だからね」



 しかしカティマはぷいっとそっぽを向いて。



「――――言いたくないのニャ」



 唇を尖らせて、ワインを一気に飲み干したのだ。

 仕方なそうに目を細めたアインが頬杖をつき、二人が仲直りするにはどうするべきかと頭を悩ませた。

 とは言え口を出すべき話かという疑問ある。

 何だかんだと二人ともいい大人だし、夫婦なのだから喧嘩の一つぐらいあるだろうと。



「で、アインの明日の予定はどうなってるのニャ」


「……なんで俺のを聞くのさ」


「いいから言うニャ」


「別にいつも通りだけど。朝から昼過ぎまでお母様と外に出て、それから休憩とかパーティの支度……そのあとは、クローネとクリスの二人とお話でも、って約束してたぐらい」


「カァーッ!」


「威嚇しないでくれない?」


「いま威嚇しないでいつ威嚇するのニャッ!?」


「いや、今もする必要はないと思うよ」



 フーッ! フーッ!

 呼吸を荒げたカティマが席を立ち、窓の方へ向かって歩く。

 彼女がおもむろに窓を開けると、雪交じりの風がラウンジに吹いてくる。

 風に揺れる彼女の白衣。

 そして、何故か腰に手を当て悪役のような立ち姿から、表現に困る威圧感が漂っていた。



「ふっふっふ……私を舐めたこと、後悔させてやるからニャ!」


「誰も舐めてないんだけどなぁ……」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 ――――ってことがあったと、アインは自室に戻ったところでオリビアに伝えた。



「お姉さまったら、どうしたんでしょう」


「長引きそうだったらディルに聞いてみます」


「ええ、そうした方がいいかもしれません」



 ところで、オリビアがアインの部屋にいる件については今更だ。

 それこそ城にいる皆にとっても今更であろう。

 ちなみに今日は、入浴を終えたオリビアがアインと話したくて足を運んだだけであり、特に理由らしい理由は存在しない。



 故に、例によって目に毒、、、なネグリジェ姿の彼女がいるわけだ。

 彼女の楽しみと言えば、寝る前のアインの髪をすくこと。他にないわけではないが、この時間を楽しんでいた彼女へと。



「カティマさんのことはさておいて」



 アインがそっと立ち上がって離れると、机の影に隠しておいた花と贈り物がはいった箱を取り出す。

 すると、急なことに驚いているオリビアへ手渡した。



「俺からの贈り物です」



 今までだって、何回もアインから贈り物を受け取ってきた。

 でも慣れることはないし、喜びは増す一方だ。

 贈り物を受け取ったオリビアはそれを丁寧に置くと、対照的に勢いよくアインを抱きしめる。



「ッ――――本当に本当に素敵なんだから」


「お、お母様……いつもながら、呼吸が……」


「どうしましょう、どうしてアインはこんなに素敵なんですか」



 アイン全肯定オリビアは留まることを知らず、抱きしめ方にも力が入る。

 頬をくすぐる彼女の髪の毛。ネグリジェの肌触りに混じる脳を溶かしてくる香りと、豊かで包容力に富んだ魅惑的な柔らかさ。

 何より暖かく、彼女の愛を感じて止まなかった。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 翌日、オリビアとの外出から帰ったところでアインがハッとした。

 執務室にて、何の気なしに手に取って資料を見ているときのことだった。



「もしかして、これかも」



 というのはアインに近しい者や黒騎士、そして近衛騎士を含んだ全員の予定が書かれた資料で。

 当たり前だが、これに名前がある者たちは常に多忙だ。だが休みはしっかりとれるし、何なら有給と酷似した休日を得ることも可能だ。

 そこでアインが気が付いたのは、ディルの予定である。



「…………なるほど」



 ここ数か月、休みと言っていい日が皆無だったのだ。

 既定の休日もあるが、ディルに至っては当たり前のように登城しているようで、しっかりと勤務時間まで記録されている。



 ここでアインの名誉のために記載するならば、彼はディルに対し「ちゃんと休んで」と告げている。

 城にいるときは特別護衛が居る必要もないわけで、そういう日は城に来る必要はおろか、カティマとの新居でゆっくりしてくれと頼むこともあるほどだ。

 だが仕事人間のディルだからか、どうにもその言葉に従う様子は見えない。

 それを考えていたアインだったが。



「これは言い訳か」



 結果を言えば、ディルを強引にでも休ませなかった自分が悪いのだと。

 休むことも大切な仕事であるとディルは理解しているはずだが、そこに対して、彼にとってもそれが重要な仕事であると理解させられなかった、仕えてもらっている王太子の自分の失態だと頭を抱えた。



 それからのアインは早い。

 机に置いていたベルを鳴らしてマーサを呼んだ。



「お呼びですか」



 あっという間に現れた彼女にアインが尋ねる。



「新婚なのに働きすぎってどう思う?」


「…………私が同じ状況だった際には、夫に寂しい思いをさせておりました」


「それ詳しく聞きたいけど今は違うんだ」


「分かっております。ディルのことですね?」


「ん、そうなんだ」



 するとアインは机から羊皮紙を取り出して、さらさら……と文字を書いていく。

 そうしながら口を開き「クローネはどうしてる?」とマーサに尋ねた。



「クローネ様でしたら、クリス様と共に港の方へ向かわれました」


「分かった。じゃあ伝言を頼みたいんだけど――――」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 数時間後の夜、アインは城の柱頭に立っていた。



「時間だ」



 腕時計で日付が変わったのを確認する。

 これで今日は二十五日。クリスマス当日になったばかりである。



「というわけでディル、行くよ」


「まさかとは思いますが、この格好はもしや」


「例のあれだよ」


「……ですよね」



 二人の服装は例の赤い服装だ。

 アインは背中に真っ白な袋を背負っている。一方のディルと言えば、何故かソリを背をわせれている。



「トナカイの服が小さいのしかなかったから……」


「ではソリはいらなかったのでは……」


「い、いいじゃん! 一応はクリスマスなんだし! 飾りも大事だよ!」


「なるほど、気分に作用するといった感じですね」



 ディルにとって必死のフォローであった。

 ところで、小さな服しかなかったとアインは言ったが、トナカイの服を着る人物には一人しか心当たりがない。それを察したディルは心の内でため息をついて、かげりのある表情を一瞬だけ晒した。



「大丈夫だよ」


「……大丈夫、ですか?」


「うん、色々とね」



 よし、アインが詳細には応えず足を動かす。



「プレゼントを配りにいかないとね」



 夜も更けた城の中に、二人は密かに足を踏み入れたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 今年はいつもと違うのだなと、連れ添ったディルが少し気になっていた。

 なぜならアインが城を出てプレゼントを配っていたからだ。まずはオーガスト紹介に足を運び、他にはマジョリカ魔石店にも足を運んだ。



「クローネ様、そしてクリス様への贈り物はよろしいのですか?」


「ちゃんとするよ」


「……お二人への贈り物が先だとばかり思っておりました」


「それは心配しないでいいよ。…………外で配るのはあと一軒だけだから」



 それを聞き、ディルは分かりましたと頷く。



 ところで二人は城下町を普通に歩いていたわけではない。

 言うまでもなく目立つし、王太子がそんなことをしてはならない。今更ではあるが。

 だから家々の屋根の上を駆けたり、隠密のように潜みつつ進んでいた。

 ディルにとって歩きなれた道だったのに、近づくまで気が付かなかったのはそのせいであろう。



「あの屋敷にプレゼントを届けて終わりだよ」


「――――あれは」


「返事は?」


「アイン様、あれは私の屋敷ですが」


「そりゃ、ディルとカティマさんの新居だってことは知ってるよ。だから間違ってない



 ですが! 少し大きな声を出したディルが一歩前に進む。

 これが命取り……ではないが、油断だった。

 彼が抵抗する暇も無い速度で、身体が縄で縛られていった。

 いや、意味が分からない。呆気にとられたディルはもはや成すがままで、時折目の前に現れるアインを呆然と眺めているだけだ。



 やがて、カチャン……と。



「完璧だ」


「最後に錠まで付けられたのはどうしてでしょうね……」


「受け取りに来た人が取り外しやすいようにだけど」


「説明になっておりません」



 やれやれと肩をすくめたアイン。

 一方、いつの間にか取り外されていたソリの上に乗せられたディル。彼の胸元の縄に、アインが大きめの封筒を差し込んだ。



「これは俺からの贈り物兼命令書ね」


「……今日ほど理解に苦しんだ日はございませんが、ご命令については拝命致します」


「あ」


「あ、とは?」


「拝命するって言った?」


「勿論です。アイン様からのご命令とあらば、どのようなご命令であろうと私は従いますので」


「まさか言質まで取れるとは……」


「……何をご命令なさったのですか」


「秘密。ってなわけで、そろそろ届けて帰ろうかな」



 そう言うと、アインはこれまでプレゼントを入れていた白い袋をディルにかぶせた。

 もがくディルに対して「少しだけ我慢してね」と申し訳なさそうに言うと、ゆっくりとソリを動かす。

 屋敷に立っていた門番と目配せを交わすと、いともたやすく敷地内に足を踏み入れた。

 ここまでくれば、計画は達成されたも同然だ。



「頼むよ」


『アイ』



 ディルの耳に届いたマンイーターの声。

 何をするつもりなんだと、少し困惑した様子で待っていた。

 いつの間にかアインの声が聞こえなくなって、それどころか、隣に誰かが立っている気配もない。

 自分の力で拘束と解いてよいのかと迷っていたところで。



「――――まぁ、本当に大きなプレゼントですのね」



 妻の声が目の前から聞こえてきたのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 堂々と城門から帰ったアインを迎えたのはマーサだった。



「お帰りなさいませ」


「ただいま。マーサさんが話を通してくれてたおかげで、随分と楽だったよ」


「滅相もございません。殿下のお慈悲を賜り、感謝すべきは我らグレイシャー家でございます」


「世話になってるのは俺も同じだよ。……ってわけで」



 アインは自室へ向かいながら言う。



「二人にもプレゼントを渡し終わったよ。ディルには年明け前の休暇と、カティマさんにはその休暇を得たディルをね」


「……息子は素直に認めるでしょうか」


「それは心配だったけど、言質もとれたから大丈夫じゃないかな」


「アイン様、重ねて感謝申し上げます……なんとお礼を言ってよいものか……」



 ここまで感謝されてもこそばゆい。

 アインにとっても責任を感じているからだ。



「着替えたらクローネとクリスの部屋にも行かないと」


「着替えなくてもよろしいのでは?」


「どうだろ、とりあえず部屋に戻ってから考えようかな」


「畏まりました。ではそのままのお洋服でとのことですね」


「……ん?」



 何やら会話がかみ合っていないが、何はともあれアインの寝室に到着だ。

 共に部屋に入ってくる様子のないマーサと別れ、ふぅ、ため息をついたアインが部屋に入る。

 するとそこにいたのは。



「お帰りなさ……あ、手が冷たくなってるわよ。温めてあげる」



 待ち受けていたクローネが右腕に抱き着いて。



「アイン様アイン様、お待ちしておりました!」



 左腕をクリスが控えめに掴んできた。



 気になるのは二人の服装だ。

 二人とも例の赤い服に身を包んでいて、アインと違い、短いスカートからは白磁のような肌を露出させている。というか上も半袖で腕を見せつけていた。真っ赤なふわふわのケープを羽織ってはいるが、確実に室内向けの服装だった。



「今から二人の部屋に行って、プレゼントを置いてこようかと思ってたんだけど」


「それならここで交換しましょう」


「ですです! 私たちもプレゼントを用意してるんですから!」



 少し刺激的な恰好の二人の挟まれるままにソファへ向かう。

 天井のシャンデリアを見上げると、クリスマス仕様に飾り付けられている。よく見れば窓も、そしてプレゼントが置かれたテーブルもいつもと様子が違っていた。



「――――これだけでも十分なプレゼントだけどね」



 クスッと笑い、心に宿った暖かさを茶化す。



「アイン? 何か言ったかしら?」


「ううん、楽しそうだなって」


「私たちも楽しみにしてたんですよ! ずっと前からクローネさんと考えていたんです」


「ぜんっぜん気が付かなかった……」



 二人が少し強引にアインを座らせると、彼女たちはテーブルに置いていた箱を一緒に抱き上げる。そのまま両手を伸ばして、どんな宝石も霞むであろう零れんばかりの浮かべて。



「クリスさん」


「はい。……せーのっ」



 メリークリスマス、と言葉を添えたのだった。



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