何かありそう。【5巻は2月10日発売です!】

 アインからしてみればマルコは当然の実力だ。勿論、ディルが見ても同じことではあるが、やはり実力の差をまざまざと見せつけられたからか、彼は少し苦笑している。

 そしてクリスは自分でもあの魔物は倒せそうだと冷静に強さを図り。

 最後にマジョリカが「お見事ね」と口にして口笛を吹いたのだ。



「お仲間の元に行くと良いでしょう」


「えっ……あ……ああ! すまない、恩に着る!」



 戻って来たマルコがすれ違いざまに冒険者に微笑みかけた。

 つづけての優しい言葉に、冒険者たちが一斉に大部屋の中へ駈け込んでいく。彼らの後姿を見送ったところでアインが口を開く。



「さすがマルコだ」


「お褒めに預かり光栄でございます。見ての通りですが、この階層の魔物はアイン様が危惧するような力は持っていないようですね」


「うーん、ここはそうみたいだね」


「何か気がかりでしたか?」


「気がかりって程じゃないけど、何階層かごとにあるかも――――って感じの部屋は気になってるかな」


「恐らく十階層ごとにあるのだと私は考えておりますが」



 思えば下の階は十層にあたる。

 ここは十一層で、次に強力な魔物が現れるのは二十層にあたるわけだ。

 ただ、現状では仮定でしかない。

 けど十層から十一層での魔物の強化具合を思えば、決して無視できない話だ。



「――――とりあえず大丈夫そうね。私たちも探索してみていいんじゃないかしら」


「マジョリカさん」


「私は問題ないと思うわよ。ねぇ、クリスも安心したでしょ?」


「それは……ええ。私でも対処できそうな魔物でしたし」



 しかし、ディルが異を唱える。



「私も同じ感想を抱きましたが、今日はやめておきましょう」



 というのも理由があり。



「本日は用意が足りているとは言えません。決して不足しているわけではありませんが、探索のための支度をしてからの方がよろしいかと」


「ええ、私も団長に同意いたします。明日からでもこのダンジョンは逃げませんから」


「……そうね、私も少しワクワクしすぎてたみたい。確かに一度帰った方が良いわねぇ」



 一同がディルの言葉に同意した。

 クリスは隣に立つアインを見上げて、彼と目配せを交わす。

 俺もそれでいいよ、微笑を浮かべての答えに対し、クリスもまた目を細めて答えたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「へぇー……殿下って本当に強いんだね」



 ギルドの片隅の席に腰を下ろしたアインの元に、例の治癒魔法の使い手の少女が足を運んでいた。

 この場にいるのは、アインとディル、そして少女の三人だ。残る仲間たちはアインの言葉により一足先に船に戻っている。



 二人がギルドに来たのは何てこともない。

 ただ報告がてら、何か情報がないかと足を運んだだけだ。



「失礼ですが、もう少し言葉遣いを改めていただけないかと」


「ごめんね、ボクってばキミたちが求めてるような口調に慣れてないんだ。田舎の生まれで貴族とも縁が無くってね」


「ですが――――ッ」


「別にいいよ、ディル」



 気さくすぎるのも考えものだと、ディルはつい頭を抱えた。



「おや? キミの手に傷があるみたい」


「あ、ああ……大したものではありません。かすり傷ですよ」


「ダメダメ! そーゆうところから大怪我するんだよ。さぁ、もうお金は貰ってるから治してあげよう」



 すると、少女がディルの手に自分の手をかざした。

 眩い魔力が手から溢れだすのと同時に、少女が何やら厳かな声色で。



「我が祈りを以て穢れを――――」



 その声を聞いたディルは目を閉じた。

 きっと神聖な力なのだろうと。

 だがアインは違う。

 白けた声で、それでいて冷静に指摘する。



「それ、しなくても大丈夫なんだよね」



 ピタッと動きを止めた少女がアインを見た。

 仮面で隠れていて表情は窺えなかったが、声を弾ませた。



「バレちゃってたか」


「この前はそんな詠唱してなかったからね」


「へぇー、記憶力がいいね。殿下のことが更に、、気に入ったよ」


「…………どうも」


「だからね、ボクのことをセラ、、って呼ばせてあげよう」


「セラ?」


「名前だよ、なーまーえ! ボクの名前!」



 そんなの言われなくても予想がつく。

 問題はそれではない。

 急に名前で呼ぶことを許したことに加え、唐突に名乗られたことにアインは呆気にとられていただけだ。



 ところで、少女――――セラの言葉を聞いて、近くに居た冒険者たちもまた驚いた。

 はじめて名前を聞いた、こんな声がアインの耳に届く。



「あまり名乗らないんだ」


「その必要がないと思うんだ。ボクは依頼を受けて傷を治すだけだし、キズが治ったなら相手だって満足でしょ? 名乗る必要なんて無いんだ」


「だろうね。けど、どうして俺には名乗ったのさ」


「気に入ったって言ったじゃん。何かおかしかった?」



 いや、別におかしくなんかなかった。

 ただ言葉のわりに人懐っこいなって感じただけなのだ。

 何となしにディルの手元を見ると、傷が治っている。



「ギルドへの連絡も済んだし、ディルの怪我も治った。ってわけだしそろそろ帰ろっか」



 と言ってからセラを見れば、彼女も大きなあくびをしていた。

 本当に自由な魔法使いだなと、アインたちは顔を見合わせたのだった。







 ――――船に帰ったところで、アインは今日の出来事を本に記していた。ダンジョンでのことを思い返し、これからのことを考えながら静かにペンを滑らせていた。



 外で響く雷鳴の音。

 窓に打ち付ける雨の音が部屋に鳴り響く。

 嵐ではないそうだが、この辺りでは突然天候があれることがよくあるそうだ。



 ――――ふぅ。

 一息ついたアインが窓際に立つ。

 するとほぼ同時のことだ。



 コン、コン。



「誰?」


『私です。少しよろしいですか?』



 ノックにつづいてディルの返事が届いた。

 当然、アインの返事は「いいよ」の一言である。



「何をされていたのですか?」


「あの、本なのか日記なのか、自分でも良く分からないものに今日の事を書いてたんだ。もう終わったけどね」


「それでしたら、前にも言ったかもしれませんが、自伝と言うべきではないかと」


「自伝とか、そんな偉そうなものなのかなって感じだけどね」


「…………ご自身の立場と偉業を思い返していただければ、特に違和感はないと思いますが。これも言った気はしますが」



 ただ、そこで納得しきれないのがアインという少年だ。

 気恥ずかしさや、偉そうに振舞うことが苦手な性格によるものだろう。

 困ったように首を傾げたアインが頬を掻く。



「ところでさ」



 照れくさくて話題を変えようとしてるんですね、ディルが爽やかに笑った。



「頼みたいことがあるんだけど」


「私にですか?」


「そ、ディルに頼みたいんだ」


「如何様にでもお申し付けください」


「聞いてから頷いた方が――――」


「いえ、どうせ聞いてからも同じ返事をしますので」



 アインにとってありがたいこの上ない忠義である。

 玉座に腰を下ろす王に跪くかの如く作法で膝を折ったディル。それから彼はアインの頼みごとを聞いて面食らったものの。



「何かお考えのようですね。承知致しました」



 公言した通りに頷いて返した。

 その返事を受け、アインは大きく頷いて「頼んだよ」とディルの手を握り締めた。



 ◇ ◇ ◇ ◇




 次の朝のことだ。



「――――ってわけでディルが少しの間、俺たちと別行動になるんだ」



 数日間だけどね。

 こう添えられたものの、残る三人は急なことに驚いていた。



「あのー、アイン様」


「どうしたの」


「どんな命令を下されたのかは教えてくれないんですか?」


「秘密」


「…………」


「そんな子犬みたいな目で見てきても駄目だよ。また今度ね」



 軽くあしらったわけではない、が。

 クリスはアインにそっと頭を撫でられたことにより、割と他のことへの興味を失った。

 誤魔化したのか、あるいはこれはこれで良いのかとマジョリカが肩をすくめる。



「なら、この四人で行くってことになるわね」


「でも分かりません……アイン様にとってそれほど大切な頼み事だったのですか? ディルという戦力を削ってまで」


「俺にとってはね。――――よしっと」



 アインがこれまで背負っていた大きなカバンを背負いなおした。

 鞄の中には、節制すれば数か月は生存できるほどの用意が詰め込まれている。

 無論、鞄は魔道具だ。

 同じものを四人が持っているわけで、準備は恐ろしいほどに万全だ。



 これほどの装備が必要かという疑問は発生しない。

 なぜなら、一行は今日から三日間にわたりダンジョンに潜る予定だからだ。

 当初、冒険者が行ける範囲にしか行かないという取り決めはあった。しかし今では事情が少し変わっていて、制限付きではあるが自由度が増している。

 というのも、先日のマルコの件が王城に報告されていたからに他ならない。



 今のアインに許されているのは、マルコやクリスの判断を絶対とする場合に限り、冒険者に先んじてダンジョンを進むこと。

 そしてもう一つ、シルヴァードからの厳命であるが。



(…………別に魔石欲しさに暴走したりしないのに)



 これだ。

 要は未知の魔石に惹かれるままに駆け巡るなということである。

 張本人のアインからすれば不本意であるものの、残念なことに反論できるほどの説得力は持っていない。それにこの連絡を受けた際に、クローネにも同じことを言われたぐらいなのだから。



「ってか、三日分にしても多すぎない? コレ」


「備蓄が多くて困ることはございません」



 と、マルコ。



「野営用の設備も含めての荷物ですので、当然の用意でございましょう」


「そうよぉ、いいじゃないの。ダンジョンの中でちゃんとした寝床を用意できるんだから」


「言われてみればそうか……少し贅沢な気がするけど」


「一流冒険者だって似たような魔道具は使ってるわ。休むことも冒険の一部ってことよ」


「あー、なるほど。って、クリスはそんなに見上げてどうしたの?」



 ふと隣を見てみれば、神隠しのダンジョンを見上げていたクリス。

 彼女はまばたきを繰り返して、何やら疑問符を浮かべている様子だ。



「なんか……神隠しのダンジョンの様子が先日までと違うような気がして」


「様子が?」


「――――あっ、あそこです!」



 すると、クリスがアインの横顔に頬を近づけた。

 腕を伸ばして指を立てて「見てください、あれです」とアインの目線を案内する。

 アインもまた、確かな違いを視界に写す。



 それから。

 何やら楽しそうだなと、不敵に笑って足を進めたのだった。


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